萩本欽一〈45〉斉藤清六を全国区にした誰も知らない裏話 “弟子入りNG”から評価を一転させたんです【増田俊也 口述クロニクル「茶の間を変えたコメディアン 欽ちゃんのぜ~んぶ話しちゃう!」】
【増田俊也 口述クロニクル「茶の間を変えたコメディアン 欽ちゃんのぜ~んぶ話しちゃう!」】#45
【前回を読む】萩本欽一〈44〉松居直美の芸能界引退宣言をひっくり返した“インチキ大芝居”「社長を泣かせれば大丈夫」
作家・増田俊也氏による連載、各界レジェンドの生涯を聞きながら一代記を紡ぐ口述クロニクル。待望の第2弾は、「視聴率100%男」として昭和のテレビ界を席巻したコメディアンの萩本欽一氏です。
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増田「斎藤清六*さんのあの『村の時間』というのは?」
※斉藤清六(さいとうせいろく):タレント、俳優。1948年東京都生まれ。萩本欽一に師事し、独特のとぼけたキャラクターと語り口で人気を得る。『欽ちゃんのどこまでやるの!』のアナウンサー役で広く知られ、「ばいなら」「ラナイバ」などのギャグが流行。その後も『スター誕生!』『オレたちひょうきん族』をはじめ、バラエティー、ドラマ、舞台などで幅広く活動している。
萩本「彼はほっとくと『ああ』くらいしか言えないんですよ。それじゃ芸にならない。でも彼自身はどうしてもね、一人前をやりたいんですよ。でも、どうしても言えない」
増田「不器用というか何というか(笑)」
萩本「セリフを3つ与えると本番ですっ飛んじゃうの。それでアナウンサー役にしてあげれば、もう絶対間違えないだろうってやらせたのが『村の時間』。紙に書いてあるのを読めばいいんだから。だけど、あいつはテレビに向かって覚えた顔をしてやりたいんで、書いたものを見ないで『村の時間です』って言ったとたん固まっちゃうわけよ。だから俺言ったの。芸でも何でもないじゃんて。おそらくおまえ、原稿を縦書きにしてるからダメなんだと。横書きにして紙を見てしっかり読んでみろって。覚えられない奴が覚えたフリするのやめろっつったの。堂々と紙を見ろって。それを横書きにしろって言ったんだ」
増田「なるほど。横書きにすることで顔が横に流れる(笑)」
萩本「その通り(笑)。それで首を何度も振りながら『村の、村の、村の時間がやってまいりました』ってやったらバカ受けした」
増田「縦書きだと首の左右の動きが出ないわけですね」
萩本「そうそうそうそう。だから横書きにさせたの」
増田「それは誰も知らない裏話ですね(笑)」
萩本「はい。横書きにしたらバカ受け。俺『ああ、もうこいつ大丈夫だ』と思って」
増田「萩本さんのアドバイスすごいですね」
萩本「清六は最初、『弟子にしてください』って来たの。それで1週間付き合ったらね、頭おかしい奴だと思った。全てがおかしいんだもん。それで、これは弟子にしたくないなと思ったんで、『清六ちゃん、俺の弟子になって有名になるってのは無理だ。俺と同じように浅草行って修業しておいで。そうしたらコメディアンになれるから』って言って、あ、そうですか、って素直だったね。ほんとに浅草に修業に行っちゃった。だから、俺の弟子でもなんでもないでしょ。俺のところには1週間いただけですよ」
増田「そうなんですね」
勝手に家に寝泊まり
萩本「それから5、6年してからかな、私が映画を作って、銀座で100人ぐらいの劇場でやったんですよ。その時に家に『大将! お久しぶりです!』って言う奴がいるの。それが清六だったわけ。聞いたら、ずっと寝泊まりしてるって言うんだ。で、うちにいた車だん吉*が『大将、弟子なんですか?』って聞いてくる。『いや、弟子にしたくないんで追い出した奴なんだよ。どうしたんだ?』って言ったら『家に住んでます』って」
※車だん吉(くるまだんきち):タレント、俳優、漫画家。1943年東京都生まれ。立正大学経済学部卒業後、左とん平への弟子入りを志願し、その縁で浅井企画に入る。当初は事務員を務め、1968年に岩がん太と「コント0番地」を結成。解散後、車だん吉の芸名で活動し、『お笑いオンステージ』など数多くのテレビ番組に出演した。俳優として映画やドラマにも出演する一方、漫画を描くことでも知られ、漫画誌で連載を持ったこともある。
増田「浅草から帰ってきて、勝手に萩本さんの家に住んでる(笑)」
萩本「はい。だん吉が『お久しぶりって上がってきたんで、俺、弟子かと思って』って。それで住んでますって。清六ってね、飯を食う時にね、箸が持てないんですよ」
増田「箸が?」
萩本「うん。だからたとえば豆類があるとつまめない、ジャガイモとかも。それを刺すもんだから飛ぶんですよ。それで、だん吉が『おまえと飯食っててもおいしくねえ』って言ったらね、出てったんですよって。そのあとだよ、テレビ局の知人がある日、こう言って教えてくれたの。『清六ちゃんってのは偉いねって。大将の映画の看板で体を前後に挟んで1カ月ぐらい毎日あそこ歩いてましたよ』って言うんだ」
増田「サンドイッチマン?」
萩本「そう。『あれ大将がやらせてたの?』って言うからさ。俺、知らねえよって。あの野郎ね、半年ぐらい家にいたことに恩を感じてんのか、そんなことやってんのかって。それで俺、『清六を捜してこい』って言って連れてこさせたの。それで絶対に有名にしてやるって」(つづく =火・木曜公開)
▽はぎもと・きんいち 1941年、東京都生まれ。高校卒業後、浅草での修行を経て、66年にコント55号を結成。故・坂上二郎さんとのコンビで一世を風靡した。その後、タレント、司会者としてテレビ界を席巻し、80年代には週3本の冠番組の視聴率がすべて30%を超え、「視聴率100%男」の異名をとった。社会人野球「茨城ゴールデンゴールズ」の初代監督、2015年には73歳で駒澤大学仏教学部に入学するなど挑戦を続け、25年10月にスタートしたBS日テレ「9階のハギモトさん!」は今年4月からSEASON3に突入した。
▽ますだ・としなり 1965年、愛知県生まれ。小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が発売中。現在、拓殖大学客員教授。
