能登半島地震の隆起が生んだ「滝」は河口から1km近く内陸へ遡上 河川インフラへの影響は10年以上続く恐れ【東北大学などの研究】
2024年1月1日に発生した令和6年能登半島地震(Mw 7.5)は、半島北部・西部において最大5.2mという大規模な海岸隆起を引き起こしました。
それから2年半以上が経過した現在もなお、その影響は静かに、しかし確実に河川の底を削り続けています。
【図や画像でさらに深く】河口から1km近く内陸へ遡上した「滝」
能登半島西部の八ヶ川で高精細な地形計測
東北大学災害科学国際研究所の高橋尚志助教、一橋大学、東京大学空間情報科学研究センター、兵庫県立大学、福岡教育大学、北海道大学、金沢大学、岡山大学の研究グループは、地震によって4m近い地殻隆起の影響を強く受けた能登半島西部の八ヶ川(はっかがわ)を対象に、ドローンを用いた高精細な地形計測を繰り返し実施しました。
この成果は2026年9月14日、国際学術誌『Communications Earth & Environment』に掲載されました。
隆起が「滝」を生む――遷急点の形成と遡上
地殻変動によって土地が隆起すると、河川はもとの高さへ戻ろうとして下方向への削り込みを始めます。
能登半島地震では、地震の発生とともに短い時間で海岸が大きく持ち上がったことにより、河床と海面の間に高度差が生まれ、地震直後の河口付近には「滝」のような急流区間、すなわち遷急点が形成されました。
遷急点とは
遷急点とは、河床勾配が緩やかな区間から急な区間へと変化する屈曲点のことで、滝の頂部はこれにあたります。地殻変動などで形成された遷急点は、上流へと移動(遡上)することで河川の下方向への侵食を促す性質を持ちます。
研究グループが地震後から継続して追跡した結果、この遷急点は2024年7月の大雨と同年9月20~22日に発生した「奥能登豪雨」の洪水ピーク時に急激に上流へ移動し、1年未満で最大770mも遡上したことが明らかになりました。
現在は人工の堰に達して停止している状態とのことです。
縄文時代の堆積物が露出 世界初の「河岸段丘」形成観測
急速な遡上に伴う河床の削り込みは、地形学的にも重要な発見をもたらしました。
河床が侵食されるにつれ、1960年代以降に堆積した過去の河川の堆積物に加え、さらに昔の約7,400年前の縄文時代に河口付近で堆積したとみられる砂や泥からなる堆積物が露出したのです。
これは、地震隆起からわずか1年未満という極めて短い期間で、河川の堆積物が掘り込まれ、新たな「河岸段丘」が形成されたことを示すものです。
河岸段丘とは、河川が下に削り込んだことによって、過去の平坦な河原が川よりも高所に取り残されてできた階段状の地形を指します。
海岸段丘とそれに続く河岸段丘がほぼ同時期に形成されうることを高精細に観測した世界初の事例として、研究グループはその意義を強調しています。
アーマー化と側方侵食――河川形状のダイナミックな変容
河床の侵食が進む一方で、現在は新たな現象も確認されています。砂などの細かい堆積物が先に下流へ流された結果、大きな礫や人工コンクリートの破片が河床に取り残される「アーマー化現象」が発生しており、垂直方向の削り込みは一時的に抑制されている状態です。
しかしアーマー化によって下方向への侵食が抑制されると、今度は流水のエネルギーが横方向の崖を削る「側方侵食」として表れ、場所によっては川幅が60m以上に拡大する現象も確認されました。
河川の流路は、下方向への侵食によって一度細く深い形状になった後、増水を経て浅く広い形状へとダイナミックに変化していくことが実証されたかたちです。
10年以上続く二次災害リスク インフラへの長期的影響
研究グループが地震前後の標高データを解析した結果、八ヶ川の河口から約10kmの区間では、今後10年以上にわたって河床の低下や川幅の拡大といった地形変化が継続する可能性が示唆されました。
こうした激しい下刻や側方侵食は、護岸の崩壊や橋脚の不安定化といったインフラ災害を引き起こしかねません。実際に八ヶ川では、人工の堰および橋脚付近での侵食や護岸の崩落がすでに確認されています。
同様の現象は、同じく隆起の影響を受けた能登半島北部の他の河川でも進行しているおり、今後も進行する可能性が高いと研究グループは指摘しています。
この研究は、地殻隆起を伴う大地震の後には長期間にわたる二次的な河川災害リスクが存在することを明示し、将来的に侵食されうることを前提とした河川インフラの維持管理や防災・減災計画を中長期的な視点で見直す必要性を訴えるものとなっています。
研究グループは今後も数年単位で能登半島での継続的な観測を実施し、河川地形が最終的な安定状態に至るまでのプロセスとそれにかかる時間の解明を目指すとしています。

