@AUTOCAR

写真拡大 (全4枚)

本が一冊書けるくらいのハナシ

少し前に『ゴムの技術と走る実験室としてのモータースポーツ』という、ブリヂストン主催のメディア向け勉強会をレポートしました。その中で、タイヤのグリップ力に関する話がありました。

ここで、『粘着摩擦(凝着摩擦)』と『ヒステリシス摩擦』というコトバが出てきました。


今回は、無謀にも本が一冊書けるくらいの内容です。    平井大介

これがほぼタイヤのグリップなのですが、説明しようとするととても難しい。ということで、ボクの勉強も兼ねて、タイヤのグリップ(摩擦)を作り出している2大要素、粘着摩擦とヒステリシス摩擦について、改めて学習をしてみたいと思います。

実はこれだけで本が一冊書けるくらいの内容なので、そもそもコラムで解説を試みること自体、無謀な試みなのですが……。ちなみに『粘着摩擦』と『凝着摩擦』は基本同じ意味です。ここでは感覚的にイメージしやすい粘着摩擦というコトバを使います。

さて、粘着摩擦とヒステリシス摩擦です。ボクがタイヤのレポートを書き始めた当初、最初に行き当たった壁が、このふたつの摩擦でした。

「え、タイヤのグリップって粘着摩擦だけじゃないの?」と思ったのですが、モノの本を読むと、確かに「そうじゃない」と書いてある。

粘着摩擦はわかりやすいけれど、ヒステリシス摩擦が、わからない。

いろいろ調べてみると、ドライ路面でタイヤがグリップするときに働く力として大きな割合を占めているのが、粘着摩擦。雨の日にタイヤがグリップするときに大きな割合を果たすのが、ヒステリシス摩擦なのだそう。

確かに、雨の日にタイヤが粘着するイメージは、少ないけれど……?

ゴムが変形して元に戻る時のエネルギーロス

そもそも、ヒステリシス摩擦って何? という疑問が浮かびます。簡単に言ってしまうと、ゴムが変形して元に戻る時のエネルギーロス(時間差)のことです。

タイヤが路面を転がっていく時、路面の小さな突起と、そこを乗り越えるタイヤのゴムを拡大鏡で観察するイメージです。


走っていれば、必ずタイヤのゴムは変形しますよね。    平井大介

もしもゴムが完全な弾性体(弾性率100%)であれば、路面の突起を乗り越えるときにゴムが押しつぶされるエネルギーと、突起を乗り越えた後の押し戻すエネルギーが同じになって、抵抗はゼロになります。

けれどもゴムは粘弾性体といって、変形した後にワンテンポ遅れて変形が戻る特性を持っています。

突起を乗り越えるときは素早く変形しますが、突起を乗り越え変形が元に戻るときには遅れが生じます。

変形の戻り遅れはゴムの発熱となって消費(ロス)されます。このエネルギーロスがヒステリシス摩擦の正体です。

『変形エネルギー>回復エネルギー』となり、タイヤが突起を越える前後での圧力差がタイヤの進行方向と逆向きの力=グリップ力になるのです。

『ファンデルワールス力』とは?

一方、粘着摩擦はどんなグリップのメカニズムを持っているのでしょう。

粘着摩擦は、ゴムと路面の間で働く分子同士の引き合いです。『ファンデルワールス力』と呼ばれる力です。


粘着摩擦は、ゴムと路面の間で働く分子同士の引き合いのことをいいます。    平井大介

……また専門用語が出てきてしまいましたが、ちょっとだけ我慢してください。

ファンデルワールス力というコトバを調べると、『すべての原子や分子に働く非常に弱い引力(分子間力)で、例えばヤモリが、吸盤もないのにガラスや壁面にピタリと張り付くように登れるのは、足の裏と壁の分子間に働くファンデルワールス力を利用しているためです』なんて説明を見かけます。

これは微弱な摩擦力(≒グリップ力)ですが、ゴムと路面の間に起こるファンデルワールス力は、ちょっと特殊な作用が働きます。

ひき剥がす時に必要な力が、粘着摩擦の正体

ゴム分子は、とてもしなやかかつ柔軟なので、一見平らに見える路面の微小な凹凸にも隙間なく密着します。密着した瞬間、分子レベルでペタッと張り付く『結合』と、強引に引っ張られて引き剥がされる『破断』がものすごいスピードで繰り返されます。このひき剥がす時に必要な力が、粘着摩擦の正体です。

固体同士の接触と異なり、ゴムが路面に貼りつく時と剥がれる時では、エネルギーの使われ方が異なります。

張り付く時のエネルギーは分子間力で、事前にペタッと張り付きます。

ところが剥がす時には、単純に分子間力(ファンデルワールス力)に逆らうだけではありません。ゴムの分子が引っ張られて伸び、熱となってエネルギーを大量に放出(粘弾性変型)してしまうんです。

つまり、張り付くときよりも、引きはがす時の方が圧倒的に大きな力が必要になります。引きはがす時のエネルギーから、張り付く時のエネルギーをひいた差分が、『抵抗=摩擦力』となるのです。

セロテープが濡れた時と同じ

気温や路面温度が下がってゴムの柔軟性が低下すると、粘着摩擦は低くなります。

粘着摩擦を低下させるもっとも大きな要素は、雨です。


粘着摩擦を低下させるもっとも大きな要素は、雨です。    ブリヂストン

セロテープの粘着面に水を垂らすと唐突に粘着性がなくなってしまうのと同じで、ゴムと路面の分子間に水が入ると粘着摩擦はいきなり低下します。

ドライ路面の粘着摩擦とヒステリシス摩擦の割合は、うんと大雑把に言って8対2~6対4くらい。粘着摩擦のほうがグリップ成分としての割合が大きくなっています。

ところが雨が降って路面が濡れてしまうと、この割合は一気に逆転します。

しかも、ヒステリシス摩擦の絶対量は変わらないので、単純に粘着摩擦の減少分だけグリップ性能が悪くなるわけです。

これがウエットでタイヤが滑りやすくなる理由です。

欧州ではシリカ入りのタイヤじゃないと売れない

最近では、シリカ(SiO2)を配合したタイヤが増えています。

シリカは2000年代に入ってから……と記憶しているのですが、欧州でシリカ入りのタイヤじゃないと売れないというくらい、シリカ配合タイヤが求められるようになりました。


先日の勉強会では、使い捨てカイロでゴムを温めて実験しました。こういった取材も知識に繋がります。    ブリヂストン

これは、シリカ配合タイヤがウエットグリップで圧倒的な性能を示したからでした。

シリカは、カーボンに代わる補強材であり、しかも0℃近い低温でもコンパウンドの柔軟性を保つ働きを持っているため、特にヒステリシス摩擦を引き出すのに有効で、ウエットグリップ性能高める効果を持っているのです。

その結果、当時の欧州では、シリカ入りタイヤじゃないと売れないといわれるほどでした。  

シリカの『神』性能とは

もうひとつ、シリカの大きな特長があります。

それは、転がり抵抗が小さいということ。ウエットグリップの良さ(=ヒステリシス摩擦の大きさ)と矛盾していないか? と思われるかもしれませんが、ここがシリカの『神』な性能。

じつはシリカ配合コンパウンドは、10~100Hz(巡航時にタイヤが比較的大きく変形⇔復元を繰り返す領域)では、転がり抵抗が少なく、省燃費効果が期待できるのです。

そして、10kHz~1MHz(ブレーキ時やコーナリング時)では、ヒステリシス摩擦を急激に大きくしてグリップ性能を高める働きをします。

こんな具合に、ヒステリシス摩擦はタイヤのグリップ性能として案外身近なところで仕事をしているのです。

基本的な(?)グリップの仕組みがぼんやりとでも見えてくると、添加剤や分子結合技術を使って粘着摩擦とヒステリシス摩擦をどう引き出そうとしているのかがわかってくる、のではないかと思っています。もしかしたら、さらに混乱させてしまったかもしれませんが……。