「すべてを教えてくれたのは夫でした…」23歳で結婚して以来、41年間専業主婦の64歳女性、69歳元銀行員の夫との〈熟年離婚〉を決めた理由
熟年離婚が増えています。熟年離婚に至るには、どのような理由があるのでしょうか。長い結婚生活があっても、許せないなにかがあるのでしょうか。事例を見ていきます。※事例の人物名はすべて仮名です。
家族のために尽くしてきた41年間
40年以上前の大学4年の秋、カズコさん(現在64歳)の手元には都内企業からの内定通知がありました。しかし、当時交際していたモトオさん(現在69歳)から「転勤族になるから、一緒ついてきてほしい」と告げられます。迷った末に内定を辞退し、23歳で結婚したカズコさんは、以来41年間にわたって専業主婦としての人生を歩んできました。
モトオさんは銀行員として順調にキャリアを重ね、給料も増えていきました。2人の子どもに恵まれ、カズコさんは子育てに専念。子どもたちが少し手が離れてからも「いまさら社会に出てもいい就職先はないし、家計も苦しくないから」と、仕事に就くことはありませんでした。夫から渡される十分な生活費で、不自由のない充実した毎日を過ごしていたのです。
社会に出た経験のないカズコさんにとって、世の中の仕組みや社会情勢、人間関係の考え方に至るまで、社会についてすべてを教えてくれたのはモトオさんでした。新聞の読み方から政治や経済への意見、言葉遣いに至るまで、カズコさんは次第にモトオさんの価値観に染まっていきました。素直に自分の意見を受け入れるカズコさんの姿は、モトオさんにとっても可愛らしく、頼もしい夫としての自尊心をくすぐる存在だったのです。
しかし、モトオさんが65歳で完全退職した直後、遠方で一人暮らしをしていたモトオさんの母親の認知症が進行し、要介護状態となったことで夫婦の関係性は大きく変化します。
長男であるモトオさんは「施設はお金もかかるし、母さんもかわいそうだ。うちで引き取ろう」と自宅での介護を決めました。そして、「お金の管理やケアマネジャーとの手続きは俺が全部やってやるから、母さんの世話はカズコ、頼んだぞ」と告げたのです。
モトオさんとしては、一番面倒な事務作業や資金繰りを自分が引き受けてやったという「大きな満足感」がありました。しかし、実際に始まったのは、カズコさん一人にすべての身体的・精神的負担がのしかかる「ワンオペ介護」でした。
義母が亡くなるまで続いたワンオペ介護
昼夜を問わない食事の世話、排泄介助、徘徊の対応に追われ、カズコさんはまともに睡眠も取れなくなっていきました。一方のモトオさんは、ケアマネジャーとの面談にはしゃしゃり出て専門用語を交えながら仕切るものの、自宅で義母が失禁した際には「カズコ、母さんが汚したぞ」と別室から声をかけるだけでした。直接的な介助には一切手を貸さなかったのです。
限界を迎えたカズコさんが「デイサービスやショートステイを増やしてほしい」と泣いて頼んだ際も、モトオさんは「あまり外部サービスを頼むと毎月の自己負担が増えるだろ。君は日中ずっと家にいるんだから、もう少し工夫してやりくりできないか?」と、家計簿とケアプランを照らし合わせながら説得してくるだけでした。
過酷な介護生活が4年ほど続いたあと、義母は静かに息を引き取りました。疲れ果てたカズコさんが葬儀を終え、放心状態でリビングに座っていたとき、モトオさんがお茶を飲みながら何気なく口にした一言によって、カズコさんは「ああ、もうダメだ」と悟りました。
「これで一安心だな。俺も最近あちこちガタが来ているし、これからは君に俺の健康管理をしっかりやってもらわないとな」
このままこの家にいれば、次は夫の介護に人生の最後の数十年を吸い取られてしまうという強い恐怖と不満が湧き上がってきたカズコさん。
「夫が正しいと思ってきたけれど、すべてがそうでないと気がつきました。気がつくのに、時間がかかり過ぎましたが……」
最後の4年間の経験から、41年間の婚姻生活に終止符を打つ決意を固めたそうです。
長年専業主婦だったシニア女性の「熟年離婚」
厚生労働省『令和6年人口動態統計』によると、2024年の全離婚件数18万5,904組のうち、同居期間20年以上の夫婦による離婚は4万684組となり、全体に占める割合は約21.9%と高い水準を維持しています。子どもが独立したあとの義父母や配偶者の介護をめぐる負担の不均衡は、長年連れ添った夫婦であっても修復不可能な亀裂を生む大きな要因となっています。
長年専業主婦(国民年金第3号被保険者)だった女性が離婚を選択する場合、経済的な再構築が最も高いハードルとなります。公的年金の分割手続き(年金分割制度)を行うことで、婚姻期間中の厚生年金記録を折半し、将来受け取る年金額を増やすことは可能です。厚生労働省の統計によると、厚生年金の平均受給額は男性平均で月額16万9,967円、女性平均で15万289円となっていますが、分割を受けたとしても専業主婦だった女性が単身で暮らしていくには、決して余裕のある金額とはいえません。
持ち家の財産分与や預貯金の折半を行ったとしても、離婚後の住居費や医療費、将来の単身生活費を考慮すると、感情だけに任せた離婚はかえって貧困リスクを高めることになります。年金分割のための情報をあらかじめ確認し、離婚後に毎月いくらの手取りが入るのかを客観的に試算したうえで、住まいの確保や必要に応じたパート勤務などを計画的に準備しておくことが重要です。
誰かの介護やケアのためだけに自分の人生を捧げるのではなく、一人の人間としての尊厳を取り戻すための熟年離婚は、いまの時代、決して珍しい選択ではないでしょう。しかし、感情だけで飛び出すのではなく、冷徹なマネーシミュレーションと離婚後の生活基盤を整えておくことこそが、本当の意味での自立と穏やかな老後を手に入れるための絶対条件となります。

