大谷翔平もすごいけど、いま日本勢がいちばん活躍しているのは競馬だ。凱旋門賞で日本馬が勝つ日は近い!?
いよいよ秋の競馬シーズン。菊花賞、天皇賞、有馬記念--注目の大レースが続くが、今年は日本のレースだけでなく、海外のレースにも目を向けてみたい。『競馬の世界史』(講談社学術文庫)の著者、本村凌二氏によれば、日本競馬はいま、世界最高峰の水準にあるという。
世界最高のレースが日本で観戦できる!
--新刊『競馬の世界史』は、10年前に刊行した本に大幅加筆した文庫版ですね。
本村:とにかくこの10年の日本競馬の躍進はすごいのです。もちろん10年前にその兆しはあったのですが…。だから、ぜひそれをしっかり書き加えて文庫化しておきたかった。
まず、2006年に引退したディープインパクトは、種牡馬としてその後の競馬界を席巻していましたが、その勢いは日本だけに収まらず、2018年にはディープインパクトの産駒2頭が、イギリスとフランスのクラシックレースで優勝しました。
2020年代に入ると、日本馬の海外遠征も増えて、昨年11月にはついに、アメリカ競馬の総本山ともいえるブリーダーズカップクラシックで、日本馬のフォーエバーヤングが勝利しました。一昔前には「夢物語」にも語れなかったようなことが実現したのです。
ヨーロッパの最高峰レース、凱旋門賞こそ2着を4回も重ねながら、まだ勝てずにいますが、いつ制してもおかしくない情勢といえるでしょう。
野球では大谷選手をはじめとした大リーグでの活躍があり、サッカー、フィギュアスケートやスノーボードなど、日本選手の躍進は目覚ましいですが、いま、日本勢がもっとも活躍している競技は競馬ではないでしょうか。
国内開催のレースを見ても、昨年のジャパンカップは、フランスの世界最強馬カランダガンが、天皇賞馬マスカレードボールとのゴール前の激しい競り合いを制しました。世界レコードのタイムで決着したこのレースは、昨年の「世界最高のレース」と評価されましたが、日本であんなに素晴らしいレースを見られるのですから、私のような古いファンには本当に感慨深いものがあります。
世界の競馬はいま、日本を抜きにしては語れない状況になっているのです。
--なぜ、日本馬がこれほど強くなってきたのでしょうか。
本村:イギリスで始まった近代競馬は、19世紀のフランス、20世紀のアメリカと、各地でその国力を反映するように発展してきました。その流れが、いま日本に来ている。
特に日本経済の国際的な競争力が強かった時代の競馬関係者たちの取り組みが、成果をあげているのだと思います。バブル経済というのは社会を傷つけた面も多く、あのとき有り余っていたおカネは一体どこに行ったんだ? などと言われますが、競馬界ではしっかり生きているんだと思いますね。
なかでも競走馬のレベルアップについては、サンデーサイレンスが種牡馬として日本に来たことがなんといっても大きい。80年代のアメリカ最強馬を、北海道の社台ファームが日本に導入し、そこからディープインパクトをはじめとするたくさんの名馬が生まれたのです。これは結局、社台ファームを率いた吉田善哉さんに「馬を見る眼」があった、ということなのですが、もちろん、その他の馬産家や関係者たちの長い取り組みで全体のレベルが上がってきたのでしょう。
こうした馬の育成や改良、調教方法の研究っていうのは、日本人の資質にあっているのかもしれません。
--競馬の世界にも、「お国柄」のようなものがあるのでしょうか。
本村:あるように思いますね。競馬の主要国のなかで後発国の日本は、先進国として仰ぎ見るばかりの欧米に対して、何とか追いつき追い越せと、真剣な研究と試行を続けてきました。これはいかにも日本人の真面目なところと思います。日本の中央競馬が関東と関西に分かれているのも、ライバルとして競うという点で良い効果があったのかもしれません。
競馬の運営のしくみとしても、日本のようにJRA(日本中央競馬会)が一元的に管理するシステムは、ある意味で世界の最先端なんですよ。
たとえばイギリスでは、レースを主催するのは各競馬場で、馬券は民間のいくつものブックメーカーがそれぞれにオッズ(賭け率)を決めて売ることが公認されている。アスコットは王立の競馬場だし、私が好きなグッドウッド競馬場はリッチモンド公爵家の所有物なので、日本のような統一ルールを作ることは難しいのです。
本村:あとは、あの「競馬新聞」ですね。日本の競馬新聞は本当に素晴らしい。出走する馬の全成績やレース情報を、ひとつの表にビッシリとまとめてあるでしょう。あの膨大な情報の整理法といい、それを真剣に読み込む競馬ファンといい、本当に日本的な感じがします。
あのスタイルは僕が競馬を始めたころから変わってないんだけど、あれをフォーマットとして欧米に輸出できないものでしょうか。海外の競馬場にはあんな新聞はないから、馬券を買う時、前走の成績とか探し出すのがホントに面倒くさくて、結局、騎手の名前だけで買っちゃったりするんですよね。(笑)
日本馬の海外GⅠ初勝利を目撃
--そもそも競馬とは、どのような出会いだったのでしょうか。
本村:学生時代に、父親から馬券を買ってくるように頼まれてね。それで府中の東京競馬場に初めて行ったんだけど、「ああ、こんなに広いんだ!」ってびっくりして。ちょうど緑のきれいな季節で、その気持ちよさにも驚いて、それから通い始めたのです。
それ以来、馬券についてはあまり自慢できるような話はないのですが、「良いレース」とのめぐりあわせということでいえば、私はとても運がいいほうだと思います。
いちばん忘れられないのは、初めてパリのロンシャン競馬場に行った時に見た凱旋門賞です。1986年の10月5日、日にちまではっきり覚えています。イギリス最強馬ダンシングブレーヴのゼッケン12番が、大外から一気に追い込んでいった時のぞくぞくするような感覚。凱旋門賞史上最高のレースといわれますが、あれを超えるレースはいまだにありません。
日本馬が初めて海外のGⅠレースに勝った瞬間も現地で見ることができました。1998年の8月、フランス、ドーヴィル競馬場のモーリス・ド・ゲスト賞。武豊騎手が乗ったシーキングザパールです。
あの頃は毎年、夏はロンドンの文書館で仕事をしていたのですが、この時はちょっと懐に余裕があったので、週末にパリ経由でドーヴィルまで足を延ばしたのが幸運だったのです。しかもこの翌週には、ふたたびドーヴィルに行き、こんどはジャック・ル・マロワ賞(GⅠ)で岡部幸雄騎手が乗るタイキシャトルの勝利を見ることが出来ました。日本馬が海外GⅠに勝つところを、2週続けてナマで見た競馬ファンって、あんまりいないと思いますよ。(笑)
やはり競馬を楽しむ王道は、競馬場で観戦することなんです。広々とした競馬場で、人間が生んだ「最高の芸術品」といわれるサラブレッドのレースをゆったりと観る。この楽しみを、ぜひ多くの人に味わっていただきたいですね。
※インタビュー前編〈競馬場では、人間の「欲望」と「文明」がせめぎあう! 古代ローマ史の第一人者による異色の「競馬の歴史」刊行。〉もぜひお読みください。
