2026年6月、半導体メモリ大手のキオクシアは時価総額でトヨタ自動車を抜き、国内首位に立った。ところが48日後、株価は半値になった。キオクシアはもう「オワコン」なのか。政治学者の伊藤隆太さんは「株価が下がった理由と、足元の事業が弱ったかどうかは分けて考える必要がある。4~6月期の売上と営業利益は過去最高で、一部の大手IT企業からは数年先の契約と“前払い”の提案まで出ている点は重要だ」という--。
写真=CFoto/時事通信フォト
日本のメモリチップメーカーであるキオクシアホールディングスが東京証券取引所に上場 - 写真=CFoto/時事通信フォト

■株価は半値、それでも利益は「過去最高」

2026年6月12日、キオクシアは時価総額でトヨタ自動車を抜き、国内首位に立った。半導体メモリの一社が、日本を代表する製造業を上回った瞬間である。

だが、そこからの下落は急だった。48日後の7月30日、8万1200円だった終値は3万9500円になった。下落率は51.4%。半値を割り込んだ。

ただし、この48日間だけで株価の動きを語ることもできない。東京証券取引所の株式相場表によると、1月6日の年初来安値1万945円から6月22日の高値11万2700円までは約10.3倍に上昇していた。急騰した分が大きく巻き戻された面もある。

その後、株価は反発し、9月上旬には5万円台まで戻した。それでも6月の高値は大きく下回っており、市場がAI関連株の先行きを慎重に見始めたことがうかがえる。

市場はキオクシアに見切りをつけたのか。だが、会社の業績はむしろ好調を示していた。

7月31日にキオクシアが公表した第1四半期決算短信によると、4~6月期の売上収益は1兆7671億円、国際財務報告基準(IFRS)の営業利益は1兆2700億円で、いずれも四半期として過去最高だった。会社は7~9月期についても、売上収益2兆3900億円、営業利益1兆8900億円を見込んだ。

株価が半値になる一方で、業績は過去最高を更新していた。では、市場は何を警戒していたのか。

■株価下落の理由は「客離れ」ではない

株価が下がったのには理由がある。6月26日に配信されたロイターの記事によると、6月26日にはOpenAIの上場延期観測をきっかけにAI関連株が売られ、キオクシア株も12%下落した。

7月28日にも、AIインフラ投資の資金調達、割高な株価、中国勢の技術進展への懸念から、アジアの半導体株が一斉に売られた。両日の下落からは、AI関連企業が期待どおりに成長できるかという市場の警戒がうかがえる。

個別の悪材料もあった。7月16日、米通信会社バイアサットが起こした特許訴訟で、米国の陪審はキオクシア側に2億2900万ドルの賠償責任があると認めた。評決は下落局面の後半に重なっている。キオクシアのリリースによると賠償に備えた引当金を4~6月期に計上済みだ。

当時、大株主であった米投資ファンド、ベイン・キャピタル系の持ち分縮小や、全株売却の観測も重荷になった。

たしかに、株価が下落する要因は複数ある。ここで分けて考えるべきなのは、株価が下がった理由と、足元の事業が弱ったかどうかである。AI投資の持続性や中国勢の成長は将来の収益を左右し、株価にも織り込まれる。一方、訴訟や大株主の持ち分縮小を含む今回の下落材料は、足元で顧客が離れ、出荷が落ち、開発が止まったことを直接示すものではない。顧客の動きを見ると、市場の警戒とは別の動きが起きていた。

■買い手から出た異例の「前払い」提案

その動きを最もよく示すのが、顧客から出た「前払い」の提案である。

キオクシアは2月12日の決算説明会で、2026年に供給する製品はほぼ販売先が決まっており、一部のハイパースケーラー(巨大データセンターを運営する大手IT企業)から2027~2028年を対象とする契約と前払いの提案を受けていると説明した。

キオクシアの主力は、データを保存する半導体メモリー「NAND」だ。NANDを搭載した記憶装置がSSDで、AIサーバーやデータセンターで大量のデータを保存・読み出すために使われる。

写真=iStock.com/SweetBunFactory
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SweetBunFactory

前払いでは、顧客が代金の一部を先に渡し、メーカーはその需要を見込んで設備投資や生産計画を組む。買い手側から前払い条件が持ち込まれたことは、顧客が将来の供給確保を急いでいる姿勢の表れとみられる。

もちろん、提案段階の前払いは将来の売上確定を意味しない。それでも、2月の提案後も長期契約の協議は進んだ。

6月2日のインベスター・デーで、キオクシアは2028年の予想出荷量の約50%について、複数年の長期供給契約(LTA)を結ぶ方針と、2029年以降の契約を希望する顧客が数社いることを質疑応答で説明した。

7月31日の決算説明会資料でも、50%目標に向けて協議が着実に進展しているとした。

■平均単価は3カ月で「約70%」上昇した

足元の実績も強い。7月31日の決算説明会資料によると、4~6月期のSSD・ストレージ売上は1兆1747億円で、その6割超をデータセンター・企業向けが占めた。同用途の出荷量と売上収益はいずれも過去最高だった。

全社の米ドルベース平均販売単価(ASP)は前四半期から約70%上昇し、記憶容量ベースの出荷量も1桁台前半の率で増えた。増収は値上がりだけでなく、数量の拡大も伴っている。現在の利益には、こうしたASPの急上昇に加え、円安も寄与している。

なぜ、AIの普及がキオクシアの収益機会を広げるのか。AIサービスの拡大に伴い、参照する文書や生成した画像・動画などを保存する需要が増えている。その保存先の一つがSSDだ。さらに、AIが答えを出す際の計算結果の一部をSSDに保存し、再利用する仕組みも開発されている。

大容量のハードディスク(HDD)の供給不足で、需要の一部がSSDへ移ったことも追い風だ。こうしたSSD需要の増加は、中核部品であるNANDの需要も押し上げる。NANDの需要が供給を上回れば、価格が上がりやすくなる。

もちろん、競合の増産などで価格が下がる局面はある。それでも、AIの利用拡大そのものが保存需要を増やし、NAND市場の底上げにつながる構造がある。キオクシア自身も、AI推論需要によって利益水準が底上げされ、市況サイクルによる業績変動が小さくなるとの見方を示している。

前払いの提案、数年先のLTA協議、過去最高の出荷量、ASPの急上昇を合わせると、一部の大手顧客が供給確保を急いでいることがうかがえる。

■売上の5分の1は「Apple向け」だった

キオクシアは一般消費者にはなじみの薄い社名だが、顧客には世界的なIT企業が並ぶ。

2026年3月期の有価証券報告書によると、Appleグループ向け売上は4760億円で、連結売上高の20.4%を占めた。売上のおよそ5分の1がApple向けだった計算である。

写真=iStock.com/ozgurdonmaz
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ozgurdonmaz

AI向けでも、顧客と組んだ具体的な事例がある。2026年5月、キオクシアは米デル・テクノロジーズのサーバー1台にキオクシア製SSDを40台載せ、9.8ペタバイトを収容する構成を同社と発表した。

ただし、前払いを提案した企業名は非公表で、AppleやDellが当事者だと確認されたわけではない。

こうした需要を取り込むうえで、次に問われるのは供給能力である。

■「1兆円規模の新工場」にも着手

8月27日、日本経済新聞は、キオクシアが北上工場(岩手県北上市)に投資額1兆円超となる新製造棟を建設すると報じた。1兆円超は報道値であり、会社が確定額として公表した数字ではない。

27日、キオクシアは新製造棟「Fab3」の造成などの準備作業に入り、2029年度の稼働開始を目指すと発表した。

同日、キオクシアと米サンディスクは、2032年までに日本国内へ計310億ドル超(約5兆円)を投じる見通しを公表した。両社は四日市(三重県)・北上の両工場を拠点とする合弁事業で、フラッシュメモリーを共同開発し、生産設備に共同投資している。工場での製造と生産管理はキオクシアが担う。Fab3への投資も含む見通しで、政府の支援が前提となる。

■新工場を待たず「空きスペース」で増産

ただし、新工場の発表がそのまま増産を意味するわけではない。キオクシアは、Fab3の詳しい建設日程と製造装置への投資額を、今後の市場動向を見ながら決めるとしている。

一方、キオクシアは6月の投資家向け説明会で、四日市工場第7製造棟と北上工場第2製造棟の空きスペースに製造装置を追加し、増産する考えを示した。2029年までは既存の建屋で、市場が求める記憶容量の伸びに対応できるという。

供給能力の拡大は、すでに始まっている。キオクシアとサンディスクは7月3日、北上工場第2製造棟で第10世代3次元フラッシュメモリーの生産を開始した。同棟は2025年9月から第8世代を生産しており、空きスペースへ新世代の設備を加えている。

岩手県北上市にあるキオクシアの北上工場(写真=掬茶/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

一方、競合も増産の準備を進めている。韓国のSKハイニックスは、清州(チョンジュ)の新工場M17で最初のクリーンルームを2028年12月に開設し、製造装置の導入を需要に合わせて進める計画だ。

4月14日に公開されたロイターの記事によると、中国の長江存儲科技(YMTC)の武漢第3工場は2026年後半に稼働を始める見通しで、現在は製造装置の導入が進んでいる。供給を増やそうとしているのは、キオクシアだけではない。

■分かれ目は「2027年後半」に来る

今後、キオクシアが成長を続けられるかどうかの決め手は、供給の伸びを上回る勢いで、AI向けの需要が伸び続けるかどうかである。その分かれ目がいつ来るのか、キオクシアと外部の見方は食い違っている。

キオクシアは6月のインベスター・デーで、2027年後半以降も需給の逼迫は続き、価格の急落は見込んでいないと説明した。2025~2028年のNAND需要は記憶容量ベースで年平均22%伸び、牽引役はAI推論向けだという。7月31日の決算説明会でも、2027年は需要が供給を上回るとの見方を繰り返している。

一方、台湾の調査会社トレンドフォースが2026年7月21日に公表した資料によると、2026年のNAND市場は4~5%の供給不足となる見通しだ。

また、トレンドフォースが同年7月30日に公表した資料によると、層数の多いNANDへの生産切り替えや新工場の立ち上がりによって、2027年の供給量は増える見通しだ。スマートフォンやノートPC向け需要の弱さも重なり、2027年後半には需給が緩み、価格が下がりやすくなるとみている。

■株価半減でも「成長の土台」は崩れない

価格が緩む局面が来ても、それだけでキオクシア固有の客離れを意味するわけではない。トレンドフォースが想定するのは、AI・サーバー向け需要が伸びる一方、層数の多いNANDへの生産切り替えや中国勢の増産で供給が増え、スマートフォンやノートPC向けの弱さも重なって、NAND全体の需給が均衡に近づくシナリオだ。

この場合、単価の下落で利益率は低下し得るが、企業向けSSDの市場拡大や出荷量の伸び余地まで失われるとは限らない。株価が映しているのは、客離れが確認された事実というより、現在の高い収益性がどこまで続くかという不確実性である。

AI向け需要の拡大は、NAND業界全体への追い風である。ただし、その追い風を実際の売上に変えるには、顧客基盤、製品、供給能力が必要になる。キオクシアはデータセンター・企業向けの出荷量が過去最高で、主要顧客への採用実績があり、既存棟の増強とFab3の準備も進めている。需要が増えるだけではない。その需要を取り込む成長の土台が、すでにある。

さきほど紹介した四日市工場と北上工場は、米国企業のサンディスクとの共同事業だ。重要なのは、次世代NANDを開発・量産する人材や設備、取引網が日本に残ることである。キオクシアがAI向けストレージの需要を取り込み続ければ、国内の雇用や技術者育成に加え、装置・素材メーカーの事業にも好影響が期待できる。

AI時代の「記憶」を国内産業へつなげられるか。その中心に、キオクシアがいる。

写真=iStock.com/Thicha studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Thicha studio

----------
伊藤 隆太(いとう・りゅうた)
政治学者
群馬県立女子大学・東京都市大学非常勤講師。博士(法学)。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。同大学大学院法学研究科後期博士課程修了。慶應義塾大学・広島大学助教、日本国際問題研究所研究員等を経て今に至る。Co-Chairs of the IPSA Research Committees (RC12)、APSA Committee of Best International Security Article等を歴任。単著論文はInternational Affairs誌に‘Hybrid Balancing as Classical Realist Statecraft’ (2022)、‘Hubris Balancing’ (2023)、International Relations誌に‘A Neoclassical Realist Model of Overconfidence and the Japan-Soviet Neutrality Pact in 1941’ (2023)、‘Outrage Balancing’ (2026)、単著研究書は『進化政治学と国際政治理論』(芙蓉書房出版、2020)、『進化政治学と戦争』(芙蓉書房出版、2021)、『進化政治学と平和』(芙蓉書房出版、2022)、編著研究書に『インド太平洋をめぐる国際関係』(芙蓉書房出版、2024)等がある。
----------

(政治学者 伊藤 隆太)