通算3085安打を放った張本勲さん(1962年撮影)

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 東映や巨人などで活躍し、日本プロ野球最多となる通算3085安打を放った野球解説者の張本勲(はりもと・いさお)さんが死去した。86歳だった。

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 東映、巨人、ロッテと渡り歩き、打数4000以上で通算打率3割(3割1分9厘)、300本塁打(504)、300盗塁(319)の“終身トリプルスリー”は張本さんだけの勲章だ。

 打率3割以上をマークしたシーズンは16度で史上最多。1試合3安打以上の「猛打賞」は251度。記録だけを並べれば、簡単にヒットが打てる天才のように見える。

 だが、バットを引く右手は幼い時のやけどが原因で自由が利かなかった。5歳の時には生まれ故郷の広島で原爆にあった。爆心地から約2キロの自宅にいたが、標高70メートルの比治山の陰となっていたため命は救われた。被爆者健康手帳を持っていた。かつてスポーツ報知の取材に、こう語っていた。

 「原爆症がいつ出るかわからないという恐怖はある。巨人時代(79年)に目を患った時(中心性網膜炎)のように、何かあるたびに、『ひょっとしたら』と思うんです。そういう恐怖を引っ張る我々にとって、戦争は死ぬまで終わらない」

 東映入団当時の松木謙治郎コーチは、張本さんの右腕の弱さを見抜き、中距離打者転向を提言した。張本さんは右腕強化と打撃力向上のため、トスされたボールを右手1本で打つティーバッティングを考案。連日、2時間以上も打ち込んだ。引退するまで、毎日300本の素振りを自らに課していた。

 努力の積み重ねと創意工夫で、NPB最多の3085安打を放った。記録にも記憶にも残る名選手が、天国に旅立った。