転職は“片方だけ変える”とうまくいく。「軸ずらし転職」というキャリア戦略【年収アップ・未経験転職のコツ】
「異業界に興味はある。でも、これまでのキャリアをリセットするのは怖い」
転職相談の現場で、30~50代のビジネスパーソンから最もよくお聞きするのが、この言葉です。住宅ローンがある、子どもの教育費がかかる、家族に迷惑はかけられない--守るものがあるからこそ、踏み出せない。その気持ちは、私が多くの方の人生の転機に寄り添ってきた立場として、とても深く理解できます。
ただ、私は今こそお伝えしたいことがあります。
異業界へ転職することは、決してキャリアをリセットすることではありません。
今回は、これまで積み上げてきた経験を「活かしながら」新しい領域に踏み出すための戦略、「軸ずらし転職」という考え方についてお話しします。
キャリアは「業界」と「職種」、2つの軸でできている
まず、根本的な話から始めます。
皆さんのキャリアは、大きく2つの軸で構成されています。
業界(どの業界で働いてきたか) 職種(何の仕事をしてきたか)たとえば、「製薬会社(業界)の営業職(職種)」「IT企業(業界)の経理(職種)」というように、この2軸の組み合わせが、今のあなたのキャリアの"座標"を決めています。
ここで重要なのが、転職のリスクは「どちらの軸を、何本変えるか」によって大きく変わるという事実です。
業界も職種も同時に変える→リスク最大
どちらか一方だけを変える→リスク最小で変化できる
「業界も職種も変える完全転換型の転職」は、一見チャレンジングに見えますが、私がこれまで数多くの転職を支援してきた中でも、成功率が最も低く、仮に採用されても入社後の苦労が格段に大きくなります。
一方、どちらか一方の軸を維持しながら、もう一方をスライドさせる「軸ずらし転職」は、これまでの経験が即戦力として評価されやすく、入社後の活躍速度も段違いに速い。私が支援してきた方々の中でも、経験を活かしながら市場価値を高められたケースの多くは、この軸ずらし戦略でした。
なぜ今、この戦略が有効なのか
転職市場は現在、歴史的な売り手市場が続いています。「転職求人倍率レポート(doda調べ)」による2026年5月の転職求人倍率は2.44倍。転職で年収が上がる人の割合も、ここ数年で過去最高水準となっています。
ただ、私がそれ以上に大きな変化として感じているのは、数字よりも「企業側の声」です。
私自身、企業の経営者や採用責任者と日々お話ししていますが、「業界経験者が欲しい」という声よりも、 「業界は問わない。どこでも成果を出せる人が欲しい」 という声のほうが、この数年で明らかに増えました。特にIT・コンサルティング・FinTech・HRTechといった成長領域は、そもそも業界経験者の絶対数が少ない。だからこそ「他業界から来た人材の知見」を、むしろ積極的に求めているのです。
つまり今は、特定の業界経験だけにとらわれず、違う環境でも成果を出せる人材が、より高く評価される時代へ変わりつつあります。軸ずらし転職は、まさにその時代の変化に合ったキャリア戦略なのです。
企業が評価するのは、業界経験ではなく「再現性」
私が印象に残っているのは、メーカーで20年以上営業をされていた40代後半の方です。
「IT業界は未経験だから、難しいですよね」
そうおっしゃっていました。でも企業が見ていたのは、
営業組織をどう立て直したか どう売上を伸ばしたか どう人を育てたかでした。業界ではなく、「成果の再現性」を評価されたのです。結果、その方はSaaS企業へ転職し、現在は営業本部長として活躍されています。
このように「職種は変えず、業界を成長市場へスライドさせる」パターンは、典型的な成功例です。
転職前 転職後 なぜ成功しやすいか メーカー営業 SaaS企業の営業 法人提案・課題ヒアリングの手法が直結する 金融営業 FinTech企業の営業 金融知識×テック感度でダブルの評価を得られる 人材会社の営業 HRTech企業のセールス 採用課題への理解が深く、即提案力を発揮できる 製薬MR ヘルステックの法人営業 医療業界の商習慣・エビデンス訴求のノウハウが活きる同じ考え方は、職種にも当てはまります。営業からカスタマーサクセス。経理から経営企画。エンジニアからプロダクトマネージャー。業界知識を活かしながら職種だけを変えるケースも、非常に成功率の高い転職です。
では、なぜ「再現性」が業界の壁を越えるのでしょうか。
たとえば営業。会社が変わっても、扱う商品が変わっても、売れる人は売れます。それは、売れる人は「商品」を売っているのではなく、「課題解決」を売っているからです。お客様の話を聞き、本当の課題を見つけ、解決策を提案する。この力は、商材がクルマでも保険でもクラウドサービスでも、まったく変わりません。
人事が磨いてきたのは「制度」ではなく、人と組織を動かす力。経理が磨いてきたのは「仕訳」ではなく、数字で経営を語る力。企業が見ているのは、表面的な業務経験の一致ではなく、その奥にある「どこに行っても成果を出せる本質的な力」なのです。
経験は“翻訳”すると武器になる
ただし、いくら再現性のある力を持っていても、伝え方を間違えると企業には届きません。
私が支援の中でよく目にするのが、「業界内でしか通じない言葉」で職務経歴書を書いてしまっているケースです。たとえば、こんな言い換えを意識してみてください。
大切なのは「何をしていたか」ではなく「何を目的に、どんな成果を出したか」を語る こと。あなたの経験を、業界を超えて届く「市場言語」に翻訳できているか--ここが、軸ずらし転職の成否を分けます。
私がこれまで多くの方の転職を支援してきた中で感じるのは、 「自分の経験を正しく翻訳できた瞬間に、転職活動が一気に動き始める」 ということです。
「軸ずらし」は手段であって、目的ではない
ここまで戦略の話をしてきましたが、最後に、一番大切なことをお伝えさせてください。
私は、「市場価値を上げるために転職してください」とは言いません。
市場価値は、目的ではありません。
自分らしく、幸せに働き続けた“結果”としてついてくるもの です。
だから本当に大切なのは、市場に自分を合わせることではなく、自分の強みと市場のニーズが交わる場所を見つけること。その場所へたどり着く最短ルートこそが、「軸ずらし転職」なのです。
これまで積み重ねてきた経験は、ひとつも無駄になりません。
私は、「キャリアチェンジ」という言葉をあまり使いません。
キャリアは変えるものではなく、積み重ねるもの だからです。
だから私は、キャリアとは“編集”だと思っています。
経験を捨てるのではなく、組み合わせ直す。見せ方を変える。活かす場所を変える。
その積み重ねが、5年後、10年後の市場価値をつくります。
「異業界だから無理」ではなく、「この経験なら活かせるかもしれない」。
あなたが積み重ねてきた経験は、あなたが思っている以上に価値があります。
だから、自分の可能性を、誰よりもまず自分自身が信じてあげてください。
その一歩が、あなたらしく輝ける新しいキャリアにつながっていくはずです。
プロフィール
森本 千賀子
株式会社morich 代表取締役
獨協大学卒業後、リクルート人材センター(現・リクルート)入社。転職エージェントとして人材戦略コンサルティング、採用支援サポート全般を手がける。2017年に(株)morichを設立し独立。CxO等エグゼクティブ層の採用支援を中心に、スタートアップやNPOの経営アドバイスなど社外取締役・理事・顧問などを歴任。各種講演や執筆など活動領域を広げている。2男の母の顔ももち希望と期待あふれる未来を背中を通じて子供たちに伝えている。
代表著書 『本気の転職パーフェクトガイド』『トップコンサルタントが教える 無敵の転職』『35歳からの「人生を変える」転職』等 出典メディア 2012年 NHK「プロフェッショナル~仕事の流儀~」2019年 フジテレビ「ジャニーズWESTの“出世する人・しない人”」
2022年 日経新聞夕刊「人間発見」
2022年 テレビ東京「ガイアの夜明け」
