「火事の当日から無職に…」伊勢市の商店街火災で被災したライブバー経営者が語る無念「サインや思い出の品が燃えてしまった」

8月31日、三重・伊勢市の伊勢神宮付近にある「明倫商店街」で大規模な火災が発生。店舗や住宅など58棟が焼け、出火からおよそ44時間後に鎮火した。
甚大な被害が出たこの商店街で、ライブバーを経営するマスターがいる。およそ20年、違う場所で店を経営し、去年生まれ育ったこの町の明倫商店街へ移転したばかりだった。
「やっといい広さで、ライブができて、DJイベントもできたり。ちょうどいい広さ。やっとこの広さまで来れたなって…」(ライブバー経営の男性、以下同)
マスターは、元BLANKEY JET CITYの中村達也氏など多くのミュージシャンと親交があった。全国のミュージシャンを招き、ライブイベントも企画していた。
「前々日もみんなが集えるライブイベントやっていて、(火災が)翌々日だったので、それで終わってしまったという脱力感が日に日に湧いてきて。(火災の)当日はそんなに思わなかったけど、だんだん効いてくる」
火災当日、店は夜から営業する予定だったため、火災発生時はまだ自宅だった。「大事なものを出したかったけど、ただ燃え広がっているのを見ているしかできない状況。全部木造建て、1軒燃えたら全部燃える。これは終わったなと」。
今もなお、焼けた店の中を一度も自分の目で確認できていない。「火事の当日から無職になりましたので。仕事がなくなって。どうなっていくのかわからないけど、火災当日から自分の明日のこともわからない状況」。
そんなマスターのもとには、全国の音楽仲間からお手製のチャリティーTシャツなどの支援や、各地で募金活動も始まり、SNSには励ましの言葉が次々と届いている。「前を向いていくしかない」。
しかし、失ったものはお金で取り戻せないものばかりだった。「店には(ミュージシャンたちの)サインでいっぱいでしたけど、それも全部燃えちゃった」。燃えて失った記憶、ギター4本、音響機材、スピーカー、音楽仲間から預かっていた楽器、思い入れのある古着、ミュージシャンたちが壁に残したサイン、そしてお客さんたちの笑顔。大切な命と引き換えに失ったものの大きさを噛み締める。
「厨房設備であったりとか、冷蔵庫、冷凍庫とかはどうでもよかったけど、とりあえず自分の大切なものであるから、ひとかけらでも取り出したかったかな。ちょっと悔しい感じ」
(『ABEMA的ニュースショー』より)
