【世界初】完全養殖うなぎ2尾9720円で販売…それでも専門家が「まだ値段が下がる段階ではない」と語る理由とは?【舞台裏を徹底取材】
日本人に愛されるうなぎ。その養殖についても開発は進んでいるが、果たして、値段はより安くなり、より庶民が求めやすくなる時代は来るのだろうか。
【画像】2尾セットで9720円(税込)。試験販売された完全養殖ウナギ
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うなぎ新時代の幕開けか
5月下旬、鈴木憲和農林水産相と高市早苗首相が、うなぎの蒲焼を競うように試食した。「人生で食べたうなぎの中で、間違いなくトップ3には入る」(農水相)、「脂のりが抜群、ふっくらととろけるような口当たりで、お箸が止まりませんでした」(首相)。実はこの蒲焼、ただのうなぎではない。養殖うなぎが産んだ卵から人の手で育てられた「完全養殖」のうなぎである。

世界で初めて市販された完全養殖うなぎの蒲焼 Ⓒ時事通信
国の研究機関である水産研究・教育機構(以下、水研)から技術移転を受けた養鰻(ようまん)業者の山田水産(大分県佐伯市)が、完全養殖うなぎの蒲焼を5月29日から試験販売した。完全養殖のうなぎが一般家庭の食卓に届くのは、世界初。2尾セットで9720円(税込)と少しお高めではある。
これで誰もが「うなぎが安くなり、気軽に食べられる日が来る」と期待するだろうが、果たしてそうなのか。
従来のうなぎ養殖は、稚魚の「シラスウナギ」を河口で採り、養殖場で成魚に育てる。つまり稚魚は天然もの。環境省と国際自然保護連合(IUCN)が絶滅危惧種に指定するほど激減したニホンウナギにとって、天然資源に頼らない完全養殖の成功は「新時代の幕開け」になるのだろうか。
うなぎの一生は海と川を大きく行き来する。産卵の場は海だ。受精から2日弱で孵化し、10日ほどたった仔魚(しぎょ、レプトケファルス)は柳の葉のように平たく透き通っている。海流に乗って旅をするうちに細長いシラスウナギに成長する。日本沿岸に着くと川を遡り、数年かけて成魚になって、産卵期を迎えると再び海へ。このサイクルを人の手で回すことに、水研が世界で初めて成功したのが2010年だった。
だが当時の生産コストはシラスウナギ1尾あたり100万円以上。それが16年かけて1尾1800円(水研の試算)まで下がり、試験販売にこぎつけた。とはいえ、山田水産が生産できるのは年間約1万尾。日本養殖新聞の高嶋茂男編集長はこう説く。
「日本で1年間に養殖池に入れるシラスウナギは、約1億尾です。今回の生産量は全体の0.01%です」
天然シラスウナギの相場は年ごとに乱高下し、最高でキロ300万円の値がついた。完全養殖のコストをキロ単価に換算すると、およそ900万円。天然の最高値の3倍だ。
「少し前まで2000万円近かったことを思えば、ようやく尻尾が見えてきた。完全養殖が成功したから値段も下がると受け取られがちですが、まだそういう段階ではありません」
稚魚に育つのは0.5%
なぜ完全養殖は高いのか。山田水産の完全養殖ラボを取材した。同社は業界トップクラスの養鰻業者で、年450万尾を出荷。養殖から加工、販売までを手がける、業界では珍しい存在だ。
完全養殖ラボは、鹿児島県・志布志湾の湾口にある。住所は非公開だ。以前、ヒラメの養殖場だった所を地元の漁業関係者から借りている。
「完全養殖チーム」の松尾周悟リーダーが立地について説明する。
「完全養殖うなぎは汲み上げた海水で育てます。ここは湾の入り口なので、海水の塩分濃度が一定なんです。湾の奥だと川があって、ちょっとした雨でも塩分濃度が下がってしまう」
建屋の一室に入ると、クリーム色のプラスチック製水槽が並ぶ。覗き込んでも、ほとんど何も見えない。レプトケファルスは透明で目だけが黒い。光を嫌い、明るいと水槽の底や壁に体を擦りつけて弱るため、暗くして飼うのだという。
一つの水槽に放つ仔魚は約2万匹。いま残っているのは1000匹から2000匹弱。入れてから9割が死んだ計算だ。卵の段階から数えれば、シラスウナギまで育つのは0.5%にすぎない。1日5回餌を与え、水槽は毎日入れ替えて洗う。水温は23度から25度に保つ必要がある。海水は循環させずに掛け流しだ。こんなに手間暇をかけ、約250日育ててシラスウナギになるのだ。
水槽は水研がヤンマーと共同開発したものを使う。逆蒲鉾型の水槽が二つ一組になっている。
「餌がどろっとした液状なので、水がすぐ汚れ、バイオフィルムという微生物の膜が張ってしまう。これがうなぎに良くない。だから二つの水槽を交互に使って、こまめに洗浄するんです」
清潔な海水の供給を支えるのが、毎分2トンを汲み上げるポンプと、砂で濾す巨大な濾過槽4基だ。ラボの立ち上げ当時は、ボウル型水槽が10個並ぶだけだった。将来の規模拡大を見据えてのこととはいえ、あまりに不釣り合いな投資だった。
「水研の人が見に来て、笑っていました。ボウル水槽10個のために、なんでこんなものを、と。でも、それで覚悟を示したわけです」
この投資には、技術的な理由があった。うなぎが産卵するのは、外洋の極めて清浄な海だ。繊細な仔魚を育てるには、その水質に少しでも近づけるべきだと考えたのだ。
※本記事の全文(約6500字)は、月刊「文藝春秋」9月号と、月刊文藝春秋の電子版「文藝春秋PLUS」に掲載されています(本誌編集部「完全養殖うなぎの光と影」)。 全文では、下記の内容をお読みいただけます。
・餌はアブラツノザメの卵
・完全養殖うなぎの味は?
(本誌編集部/文藝春秋 2026年9月号)
