「医療人魂」を未来に紡ぐ―さいたま市で開催 全日本病院学会で議論する「持続可能な地域医療」に必要なこと

人口減少と少子高齢化、物価高騰に追いつかない公定価格の診療報酬――。地域医療を支える病院を取り巻く状況が厳しさを増すなか、第67回全日本病院学会in埼玉が2026年9月12~13日、さいたま市のソニックシティ/パレスホテル大宮で開催されます。同学会は、全国約2600の病院が加盟する全日本病院協会が研修の場として年に1度開催している学術集会です。学会長の中村毅先生(戸田中央メディカルケアグループ会長/戸田中央総合病院 理事長)に、テーマの「医療人魂 ~未来へ紡ぐ地域医療を彩の国から~」に込めた思い、地域医療の現在と未来、病院経営の一線に立ち続けるモチベーションなどについて伺いました。



地域医療の原点は「アナログな情熱」

編集部

学会テーマ「医療人魂~未来へ紡ぐ地域医療を彩の国から~」に込めた思いと、ポスターに「翔んで埼玉」のキャラクターを起用した狙いをお聞かせください。

中村先生

AIや医療DX(デジタル技術による医療の変革)が脚光を浴びる時代だからこそ、その技術を扱う「人」の根底にある「医療人魂」を再確認したいと考えました。患者さんの手をとる温もりや、目の前の命に向き合う覚悟といったアナログな情熱こそが、どんなに時代が変わっても地域医療の原点です。埼玉県(彩の国)から、熱い魂を持った医療人が未来へ思いを紡ぐ姿を示したいと考えています。
ポスターに魔夜峰央さんの漫画「翔んで埼玉」のキャラクターを登場させたのは、単なる話題づくりではありません。埼玉県はかつて「東京のベッドタウン」と見なされがちでしたが、今は医療の最前線として独自の進化を遂げようとしています。「ダ埼玉」なんて言わせない、埼玉の医療人のポテンシャルとプライドを、愛ある自虐と強いインパクトで全国に発信したかったのです。埼玉の地に、漫画で描かれた「関所」はありません。全国の医療人の皆さんをオール埼玉でお迎えします。

 

編集部

高齢化のスピードが全国でも速い埼玉県で、地域包括ケアについてどのような議論を期待しますか。

中村先生

埼玉県の医療は、「急増する需要と限られた資源との知恵比べ」です。首都圏特有の急速な高齢化と医療資源の偏在に、病院単体で対応するのは限界があります。
本学会では、「病院の中で完結する医療」から「地域全体で支える医療」へのシフトを、より具体的に議論したいと考えています。医療・介護・自治体・住民がひとつの大きなチームとなり、切れ目のない地域包括ケアシステム(住まい・医療・介護・生活支援を地域で一体的に提供する仕組み)をどう構築するか。埼玉という“課題先進地”での実践例が、今後全国のモデルケースとなるような熱い議論を期待しています。

DXが医療にもたらす「人間味」

編集部

これからの10年で、テクノロジーは病院の現場をどう変えるとお考えでしょうか。

中村先生

医師の働き方改革が本格化するなか、テクノロジーは医療従事者を「作業」から解放し、「患者さんと向き合う時間」を取り戻すためのツールです。
これからの10年で、生成AIによる記録業務の自動化やロボティクス、タスク・シフト/シェア(医師の業務の一部を他職種が分担する取り組み)がさらに進化するでしょう。病院の現場は「パソコンの画面を見る時間」が激減し、かわりに「患者さんの声に耳を傾ける時間」が増えるはずです。医療DXは医療の冷血化ではなく、むしろ医療をより人間味あふれる温かいものに変容させるための手段であると確信しています。

編集部

多職種が集う学会です。チーム医療のマネジメントで特に注力すべき点はどこでしょうか。

中村先生

最も重要なのは、「職種の垣根を壊し、リスペクトで繋ぐこと」です。
医療において医師がピラミッドの頂点に立つ時代は終わりました。看護職、介護職、技術職、そして事務職まで、全員が専門家としての「対等なプロフェッショナル」です。互いの専門性を尊重し、フラットに意見を言い合える心理的安全性の高い組織づくりに注力すべきです。患者さんを中心に据え、全員が同じ方向を向いたとき、チームの力は足し算ではなく掛け算になると考えています。

地域医療が抱える課題と 求められる災害への備え

編集部

全日本病院協会埼玉県支部長のお立場から、地域医療の持続性で危惧している構造的な課題は何でしょうか。

中村先生

最大の危機は「医療・介護の構造的なコスト高と、制度上の収益構造とのミスマッチ」です。公定価格の診療報酬という仕組みでは、高騰する物価、光熱費や人件費を自力で価格転嫁することができません。
特に民間病院は地域医療において病院数、病床数の約8割を担う大黒柱です。このままでは事業継続自体が危ぶまれます。単なる「経営努力」という言葉で片付けるのではなく、地域に必要な機能を維持するための補助や診療報酬体系のあり方、病床機能の再編・連携など、根本的な構造改革に国全体で切り込む必要があると考えます。

編集部

新興感染症や大規模災害に対し、民間病院が平時から備えておくべきことは何でしょうか。

中村先生

2020年に始まった新型コロナウイルス感染症のパンデミックや、2026年7月に発生した「令和8年熊本地震」、同年夏に千葉県や石川・富山県などで発生した大規模水害のような自然災害への対応力が、地域の中核病院に求められています。備えるためにすべきことは、平時からの「顔の見える関係づくりと、訓練という名の予行演習」に尽きます。有事が起きてから名刺交換をしていては間に合いません。
パンデミックや巨大地震において、民間病院が果たすべき役割は非常に大きいものです。行政や大学病院、地域の診療所、介護施設と平時からネットワークを組み、「誰が・どこで、何を担当するか」の動線を明確にしておくこと。そして、自院のBCP(事業継続計画)をブラッシュアップし続けることが、地域を守る防壁となります。

モチベーションは職員の笑顔

編集部

戸田中央メディカルケアグループ(TMG)を率いるうえでのマネジメントのポリシーをお聞かせください。

中村先生

グループでは、急性期から回復期、慢性期、在宅・介護まで手がけています。根底にあるのは、創業精神である「愛し愛される」という理念です。
規模が大きくなっても、経営の基本は「現場」と「人」にあります。急性期から在宅まで一気通貫で提供できる強みを活かしながら、各施設がそれぞれの地域ニーズに寄り添えるよう、現場に権限を与えて自走させること。そしてトップとしては、常に「地域のために何ができるか」という明確なビジョンを示し続けることを大切にしています。愛を持って接すれば、スタッフも患者さんも、そして地域も応えてくれます。

編集部

病院経営の第一線に立ち続ける原動力は何でしょうか。

中村先生

強い使命感、というのとは少し違います。自分が病院長になり、この組織をどう運営していくかを考えたとき、トップダウンではなくボトムアップで成長を促していくのが性に合うと思い、以来、現場の意見を大事にしてきました。ですから、病院や施設のスタッフたちが生き生きと働いている姿を見ると、彼らを守れていると安堵します。自分のモチベーションは職員の笑顔でしょうか。

編集部

学会に集う若い世代や多職種の専門家へメッセージをお願いします。

中村先生

医療の仕事は、時代がどんなに変わろうとも「人間が人間に寄り添う」尊い、そして面白い仕事です。
若い世代や多職種の皆さんには、本学会を通じて「自分の仕事が地域を、そして日本の未来を創っているんだ」というワクワク感とプライドを持ち帰ってほしいと思います。失敗を恐れず、枠を飛び越えてチャレンジしてください。皆さんの熱い「医療人魂」が、これからの地域医療を彩り豊かに変えていくことを心から期待しています。