「だって無職でヒマでしょ?」…資産1億円超え・念願のFIREを果たした50歳会社員。国内外へ旅行・自由を謳歌していたが、わずか数ヵ月で“ハローワークへ駆け込んだ”ワケ【FPの解説】
資産1億円超を築き、50歳でFIREを果たした杉本さん(仮名)。海外へ国内へ、自由な日々を満喫していたはずが、一転、本腰を入れてハローワークに通うことに。事の始まりは、「父が倒れた」という電話と、きょうだいからの「無職だから暇でしょ?」のひと言でした。FIREに必要なのは“お金”だけではない--その理由を、FPの青山創星氏が解説します。
資産1億円超でFIREから半年、朝に鳴った「一本の電話」
「ようやく仕事を辞めて自由になれる! そう思っていたんですが……」
杉本康正さん(仮名、50歳・独身)は、大手メーカーに22歳で入社し、28年間勤め上げました。課長として年収800万円を得ていましたが、それを50歳で辞め、FIREに踏み切ります。投資信託や株式で8,500万円、退職金2,300万円を合わせた資産は1億800万円。生活費は年間280万円に抑える予定で、十分な余裕を見込んだ計画でした。
退職後の杉本さんは、さっそく東南アジアへ2週間の旅行に出かけ、帰国後も国内のあちこちを旅して回りました。
「海外に行こう」「国内もたくさん回りたい」。そう周囲に語っていた杉本さんは、FIRE生活を満喫していました。
しかし、半年ほど経ったある朝、実家の母から電話が鳴りました。
「お父さんが倒れたの!」
「お父さんが倒れた」在宅を望む父と、要介護2の現実
母によれば、父(78歳)は脳梗塞を発症し、左半身に軽度の麻痺が残ったといいます。要介護2の認定を受け、通院の付き添いや入浴・食事の見守りなど、日常生活のさまざまな場面で介助が必要な状態でした。
父は「施設ではなく、住み慣れた家で過ごしたい」と繰り返し口にしていました。母(75歳)は持病の腰痛があり、一人で父を支えきれません。
「お兄ちゃんも下の子も忙しいから、康正、少し手伝ってくれない?」
母に頼まれるまま、杉本さんは車で1時間ほどかかる実家に通う日々が始まりました。
しかし、会社勤めをしていたころなら「忙しい」の一言で押し通せた距離感も、無職となった今は通用しません。杉本さんは次第に、介護の中心に据えられていく自分に気づき始めました。
「無職だから暇でしょ?」きょうだいの言い分
兄(52歳、会社員、高校生の子2人)も妹(47歳、末っ子、パート勤務、中学生の子1人)も子育てを理由に、それぞれ介護への関与を避けました。
「康正は無職だから暇でしょ?」
電話越しに兄からそう言われたとき、杉本さんは言葉を失いました。FIREは時間の使い方を自分で選ぶための決断だったはずなのに、いつの間にか「暇な人」という扱いに変わっていたのです。しかし、時間があるのは事実のため、言い返すことができません。
「お父さんの遺産はあげるから」
妹からはそう持ちかけられました。けれど杉本さんにとって、それは自分の資産のおよそ20分の1にしかならず、介護を一手に引き受ける動機にはなりませんでした。
父の遺産は自宅2,500万円、預貯金800万円で計3,300万円。母が存命なので、子の法定相続分は残り半分を3人で均等に分けた6分の1、約550万円にとどまるという計算です。
なお、被相続人の介護などに特別な貢献をした相続人には、「寄与分」(民法904条の2)が認められる場合もあります。ただし、介護をしたからといって当然に認められるものではなく、個別の事情を踏まえて判断されます(注1)。
「せっかくFIREしても、意味なかったな……」
杉本さんは、そう漏らしました。
薄れていく「自由」、FIREの意味を見失った日々
実家と自宅を往復する日々は、想像以上に杉本さんの時間を奪いました。通院の付き添い、ケアマネジャーとの面談、母の愚痴を聞く時間。海外や国内を旅していたころの余裕は、どこにもありませんでした。
「自由になるためにFIREしたのに、今のほうがよほど不自由じゃないか?」
夜、一人暮らしの部屋で杉本さんはそう漏らしました。
兄と妹に何度か分担を持ちかけましたが、「忙しい」の一点張りで話は進みません。実家への行き来で交通費もかさみ、このまま自分だけが介護を担い続ければ、心にも生活にも余裕はいずれ削られていく。
そう思うと、このままでいいのかという迷いが、杉本さんの中で膨らみ始めていました。
FPの助言:「時間ができること」の落とし穴
そこで、杉本さんは旧知のファイナンシャルプランナー、永瀬財也さん(仮名)に相談しました。 「無職だから暇でしょって、簡単に言われるのがつらいんです」と打ち明ける杉本さんに、永瀬さんは数字を示しながら答えました。
「実は、介護をしている人のうち58.0%は働きながら担っています。2012年の52.2%から一貫して上がっていて、無職かどうかだけで介護の担い手を決めるのは、必ずしも実態に合っているとは言えないんです(注2)」
続けて永瀬さんは、2つの選択肢を挙げました。
「1つは、再就職はせず、これまでの取り崩し計画の中で介護保険サービスを手厚く使い、ご自身の時間を守る道。もう1つは、収入を得ながらきょうだいと分担する道です。どちらが正しいわけでもありません。時間ができることは、思うほど単純ではないんです」
介護は「1人で」ではなく「みんなで」、再就職の朝
永瀬さんの話を聞いても、杉本さんの心はすぐには決まりませんでした。
「サービスに任せきりにするのは、なんだか申し訳ない。父や母と過ごす時間そのものに、意味を感じたいんです」
介護に関わる時間を確保しながら、資産を大きく減らさずに済む方法はないか。杉本さんが出した答えが、収入を得ながら時短で働くことでした。そう決めた杉本さんは求職活動をすべく、ハローワークの窓口に向かいました。
ほどなく、杉本さんは契約社員として再び働き始めました。時短勤務で年収は400万円ほど、FIRE前の半分です。
それでも兄と妹には「介護は1人で背負うものじゃない。みんなで分担しよう。暇だからと言われる筋合いはもうない。僕も働いている。だからこそ平等に分担してほしい」とはっきり伝えました。
「余裕がないのは、康正だけじゃなかったんだな」
兄はそう漏らし、実家に通う曜日を3人で決めてからは、母の負担も少しずつ軽くなっています。
「1億円以上あっても、家族の問題は解決できませんでした」と杉本さんは笑います。
「でも、お金では買えないものに、ちゃんと向き合えた気がします」
FIREは、資産の計画さえ整えば実現できるものではありません。杉本さんの経験が教えてくれるのは、「時間ができること」もまた、あらかじめ備えておくべき事柄だということです。家族にどんな役割を期待されうるか、リタイア前に一度話し合っておくこと。それが、自由な時間を本当の意味で自分のものにする一歩になるはずです。
注1:介護等で被相続人の財産の維持・増加に特別の貢献をした相続人は、「寄与分」(民法904条の2)として、法定相続分に上乗せした金額を求めることができる。ただし共同相続人の協議が調わない場合は家庭裁判所の調停または審判が必要で、認められる金額や可否は個別の事情による。(出所)https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
注2:総務省「令和4年就業構造基本調査」によると、介護をしている人628.8万人のうち、働きながら担っている人(有業者)の割合は58.0%。2012年の52.2%から一貫して上昇している。 (出所)https://www.stat.go.jp/data/shugyou/2022/pdf/kyouyaku.pdf
青山創星
ファイナンシャル・プランナー

