9月15日から中国は「出られない鳥かご」に変わる…習近平が自国民に「出国禁止」を命じるほど恐れているもの
■AIの技術、技術者を囲い込みたい
7月、習近平政権は「出入国管理規定(国務院令第841号)」を公布した。主な内容は、輸出管理に違反した者、あるいは国家の安全・利益を害するとみなされた人の出国禁止だ。9月15日から施行される。

対象となりうる分野はAI(人工知能)、希土類(レアアース)、電気自動車バッテリーなど幅広い。外国人への入国審査も厳格化する。今回の措置は、中国から海外に出る人の取り締まりが主眼のようだ。
習政権が出入国管理を厳格化する背景には、AIの技術者などの流出や重要技術の国外への持ち出しなどを取り締まる意図があるとみられる。現在、中国はレアアースの供給で圧倒的なトップだ。それに関する情報や技術などは流出させたくないはずだ。
また、AI関連分野でも、推論モデル開発やチップ開発で米国を急速に追い上げている。一部の推論モデルでは、米国製のAIを上回る性能を持つようになったようだ。そうした技術、その実用化に欠かせないモノを囲い込むことによって、習政権は他国に自らの意向を受け入れざるを得ない状況を作り出したいのだろう。
出国制限の厳格化に加えて、中国政府は資金の海外移動にもこれまで以上に目を光らせ始めた。綱紀粛正、汚職撲滅、さらには粛清にあわせて資金移動を厳格に管理することで、習氏は自身の権力の強化を狙っているとみられる。
■中国経済にマイナスが跳ね返る
今回の規制が本格化すると、ヒト、モノ、カネいずれも一度中国に入ったら、出てくることは難しくなりそうだ。ただ、そうした規制は中国経済にとってマイナス面もある。海外との行き来が制限されると、海外企業の中国への投資は減少するはずだ。それは、中国経済の回復力を減殺することになる。
習政権にとって、重要なポイントは中国独自の経済圏を堅固にして、それによって中国の相対的な地位と自身の政権基盤を高めることなのだろう。問題は、習氏が目論む通り、中国経済が発展の過程を歩めるか否かだ。その点に関して、中国経済の専門家の中にも悲観的な見方をする向きは少なくない。
■制限・禁止の判断基準はあいまい
従来、中国は以下の5つの分類に基づいて自国民の出国を制限・禁止してきた。
② 刑事処罰中または被告人・容疑者の場合
③ 未解決の民事事件で裁判所が出国禁止を決定した場合
④ 過去に不法出国・強制送還歴があり制限期間内の場合
⑤ 国家の安全・利益を害する恐れがあり、政府が決定した場合
気になるのは、習政権および関連当局の判断基準がやや曖昧なことだ。法規制の実行要件が主観的かつ明確でないという指摘は、反スパイ法(反間諜法、2014年制定、2023年改正)など習政権が打ち出した規制にも通じる。
■頭脳流出を阻止する新規制のインパクト
今回、国務院が取りまとめた出入国管理の新規制は、外国人の入国管理強化に加え、出国する自国民を取り締まることを主眼に置いている。
制限措置は大きく3つに分かれている。
2.海外で違法・犯罪行為を行い、国家の安全と利益を害する自国民に、帰国後6カ月~3年間の出国を制限できる
3.政府の輸出管理策や技術の輸出入管理に違反し、国家の産業・技術の安全を害する恐れがある自国民に、出国を禁止できる
最も重要なのは3つ目だ。従来の「国家の安全・利益を害する恐れ」という抽象的な規定と比較すると、「国家の産業・技術の安全を害する恐れ」と適用領域を具体的に書き込んでいる。これによって、技術者・研究者への出国禁止に明確な法的根拠が与えられた。
3つ目の条項に抵触した場合、出国禁止期間の上限は明記されていない。これは事実上の頭脳流出阻止策といっても過言ではない。
しかも、習政権は出入国の仲介業者に、法人設立から15日以内に届出を行い、専門人材を配置するよう指示した。習政権は、自国にAIやレアアースなど戦略技術・物資を囲い込み、自らの判断次第で対象者の国境を越えた移動を厳格に管理することを狙ったといえる。
■育ててきた「中国AI産業の宝」の裏切り
習氏が長期の権力基盤を築き、国際社会への影響力を強める上で、AIやレアアースの重要性は高まっている。
きっかけの一つとして、習氏は米メタによるAI新興の「マナス」買収を問題視したといわれている。
一時期、マナスは、中国AI産業の宝の一つとして注目を集めた。2022年に北京で創業したマナスは、自律的に作業を行うエージェント型AIモデルの開発に競争力を発揮した。創業者の努力が、世界トップクラスのモデル開発を支えたようだ。
それに加え、習政権のAI関連政策も、同社の成長に多大な影響を与えた。自然科学系の高度人材育成策、さらにはAIスタートアップ企業向けの手厚い支援策などだ。習政権は水面下で米エヌビディアの画像処理半導体(GPU)などを入手し、推論モデル開発をサポートしたともいわれている。
ところが、2025年、同社は本拠点をシンガポールに移した。今年3月、中国政府は創業者や幹部の出国を禁止し、4月にはマナス買収を認めないと発表した。

■入るのは大歓迎、出ていくのは許さない
習氏にとって、マナス経営陣の意思決定は重大な裏切り行為に映っただろう。自国製の推論モデルが米国企業に流出することの阻止に加え、創業経営者の海外移転・脱中国は容認し得ないはずだ。マナスの買収禁止令で、習氏は自らの意向に反する行為を厳格に取り締まる姿勢を示したといえる。
より大きな視点で見ると、習政権は、先端分野などでの人材の出入国管理を厳格化することで、自国の経済安全保障、さらには米国との覇権争いを念頭に置いているはずだ。
中国は、世界のレアアース製錬シェアの9割超を確保した。わが国などがコスト面で中国に太刀打ちすることは難しい。つまり、中国が世界のレアアースの市場を完全に牛耳る。そういう状況を作りたいのだろう。
一方、習政権は、中国に入ってくる人(海外の研究者、特に中国系人材)は歓迎する方針を明確にした。2025年10月、中国政府が開始した「Kビザ」は、自然科学分野の若手人材を対象とした新しい査証制度だ。Kビザ開始は、米国が専門職を対象とする「H-1Bビザ」の申請手数料を引き上げたタイミングとほぼ同じだった。
■カネを流出させる富裕層も取り締まり
成長期待の高いAIなどの分野の技術者、あるいは技術そのものの流出を防ぐ。自らの考えに背くものは厳正に罰する。そうした習政権の思惑が、今回の出入国管理の厳格化につながったとの見方は多い。
習政権が締め付けを強めているのは、高度人材やレアアースのようなモノにとどまらない。国境をまたいだ「カネ」の流出にも、鋭い監視の目を光らせている。特に、今年の資金流出阻止策の実行は、例年と比べかなり苛烈なようだ。
今年5月、中国証券監督管理委員会(CSRC)など複数の金融監督当局は、海外株式などの売買仲介業者の検査を行った。その結果、老虎証券(タイガー・ブローカー)と長橋証券(ロングブリッジ・セキュリティーズ)、富途控股(フートゥー・ホールディングス)に総額3億3000万ドル(約520億円)の罰金と違法口座の清算を命じた。
7月、中国政府は資産3000万ドル超の富裕層を対象に、海外への投資で得た利益の最大20%課税を決めた。過去20年以上に遡る調査も別枠で実施するようだ。数十年ぶりの大規模な投資課税策といわれている。綱紀粛正の観点からの富裕層取り締まりにより、不動産バブル崩壊で悪化した地方財政の立て直しにつなげたい考えもあるのだろう。
■チャイナ・リスクを押し上げる習政権
マナス創業者らへの制裁措置は、かつて習氏がアリババに命じたアント・グループの上海・香港市場への上場中止以上に厳しいとの見方もある。ヒト、モノ、カネのいずれも、習政権下の中国は、「一度入ったら出られない鳥かご」になったと危惧する専門家もいる。

習近平政権下で共産党員や軍幹部の粛清が相次ぐ中、中国国内企業、多国籍企業のいずれも能動的に先端分野で新たな投資を実行し、新しい需要創出に取り組むことは難しくなるだろう。
習氏が長期の支配体制確立を狙って、ヒト、モノ、カネの締め付けを強めるほど、中国の景気停滞、社会不安など「チャイナ・リスク」は一段と高まるとみられる。それは、習氏の政権基盤を強化するかもしれないが、自由な経済活動を阻害することは間違いない。長い目で見て、中国経済にプラスに作用するとは限らないはずだ。
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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)
