BYD「ラッコ」のフロントビュー(筆者撮影)


 中国の自動車メーカー、BYDオート(以下BYD)が今年(2026年)7月、全高1.8m級の軽自動車、いわゆる軽スーパーハイトワゴンの「ラッコ」を発売した。

 海外メーカーが最初から軽自動車規格を狙ってクルマを開発したのは初の事例。しかも燃料単価が安い日本ではビジネスが難しいBEVであえて参入してきたとなると、おのずと話題を集める。

[JBpressの今日の記事(トップページ)へ]

日本の軽市場に挑むBYD、迎え撃つスズキ「eスカイ」

 ラッコの最大の売りはスライドドア装備の軽スーパーハイトワゴンという、軽自動車に限らず日本の乗用車市場における最多販売カテゴリーの車型であること。日本メーカーの“聖域”である軽自動車の牙城に真正面から挑む大胆な戦略である。

ラッコのドアを全開に。前ドアの開閉角はほぼ90度。スライドドアの開口長はピラーからドア端までが61cm、車体が72cmと十分(筆者撮影)


軽スーパーハイトワゴンゆえ後席は当然のように広大。グラスエリアが広く、採光性も良好だった(筆者撮影)


 もう一つの売りは航続距離。WLTCモード走行時210kmの短距離版と320kmの長距離版があり、長距離版は軽BEVの中で目下最長。地方の足でありながらそこでの使用には航続距離不足という軽BEVのネックの解消に本気でかかってきたあたり、並々ならぬ意欲が感じられるところだ。

 このBYDの仕掛けに対して黙っていなかったのは、軽自動車の雄であるスズキだ。8月24日、昨年のジャパンモビリティショーで2026年度内の発売を予告していた軽BEV「e SKY(eスカイ)」を秋にリリースすると発表し、事前キャンペーンを開始した。自動車メーカーが「年度内」という表現を使う時は年明けというのが通例で、それに照らし合わせると前倒しを図ってきた格好だ。

2025年に開催された「ジャパンモビリティショー」にて軽乗用BEV「Vision e-Sky」について紹介するスズキ社長の鈴木俊宏氏(筆者撮影)


 スズキはeスカイの目標航続レンジを270km以上としていたが、市販型の公称値は310kmになる見込みだという。当初目標からこれだけ上方修正されるのも自動車業界では珍しい。BEVであっても軽で日本が負けるわけにはいかないというスズキの矜持がうかがえる。

 ラッコとeスカイは、前者はスライドドアのスーパーハイトワゴン、後者は一般的なスイングドアのベーシックカーとカテゴリーは微妙に異なるが、市場では階級を超えた戦いが繰り広げられそうだ。

 さて、そのeスカイより一足先に鳴り物入りで登場したラッコだが、果たしてどういう性能、特質を持っているのだろうか。さっそく4200km余りのツーリングを行い、徹底検証してみた。

無充電で最長341.6km、長距離試乗で見えたラッコの底力

 ロードテスト車はトップグレードの「300プレミアム」。容量35.84kWhの大型バッテリーを搭載し、電気モーターの最高出力は軽自動車の自主規制(という名目の強制)値である47kW(64馬力)。車両重量は1230kgと、同じ軽BEVの日産自動車「サクラ」より150kg、ホンダ「N-ONE e:」より200kg重い。

ラッコのフロントフェイス(筆者撮影)


ラッコのリアビュー(筆者撮影)


 装備は充実しており、ADAS(先進運転支援システム)、電動パワーシート、合皮インテリア、駐車時の全周カメラなどが標準で備わる。

 ドライブルートは横浜~鹿児島周遊で総走行距離は4259.6km。ざっくりとした道路比率は市街地3、無料の自動車専用道路を含む郊外路6、高速道路1。1~4名乗車、エアコン常時AUTO。

ラッコの前席。ロードテスト車のプレミアムは合成レザーシート表皮(筆者撮影)


前席を後方から俯瞰。大変使いやすくまとめられており、初物の軽自動車とは思えなかった(筆者撮影)


 ではレビューに入っていこう。ラッコは軽自動車に関する知見が浅いがゆえか、長所だけでなく短所もはっきりと出ていた。だが、クルマとしては新しいエネルギーマネジメント技術、生産技術、そして熱意をもって作られたことがひしひしと伝わる、想像以上の意欲作だった。

電気モーターはノーズのきわめて低い位置に置かれている(筆者撮影)


ピラーやルーフサイドレールの高精度な仕上がりに生産技術の新しさが表れている(筆者撮影)


Bピラー上部にラッコのマークがあしらわれる。バックドアにあってもいいのではないかと思った(筆者撮影)


 プラスの部分でとりわけ印象的だったのは航続力で、2クラス上のBセグメントサブコンパクトクラスのBEVと同等の能力を示した。

 WLTCモード走行時の航続距離は320kmだが、エアコン使用を考慮すると250kmプラスアルファ、うまくいけば愛知東部の豊橋、予想より悪かったら浜松で初回充電を行うとおおまかにプランニングした。

 横浜を充電率100%で出発後、新東名を含む高速53km、その他は長大な国道1号線、23号線バイパスを夜間の速めの流れに乗って走った。出発から220km、静岡の袋井に到着した時点で充電率は30%超だったことから、もしかして豊橋より遠方まで行けるのではないかと考え、それまでより若干スピードを落として走った。

 そして、予想通り豊橋からさらに30km余り先の幸田という街の充電スポットにたどり着いた。横浜からの走行距離は318.9km、充電残は3%だった。過去に乗った軽BEVとは桁違いの航続力である。

長旅の際の急速充電は軽・小型車の中ではヒョンデ「インスター」に次ぐ優秀なスコアだった(筆者撮影)


充電率が高い領域でも大電流を流せるというリン酸鉄リチウムイオン電池の特性を生かし、10分あたり8.2kWhという良好なレートが広範囲で保たれた(筆者撮影)


 4200kmテスト中の無充電最長走行は鹿児島市の充電スポットを充電率100%で出発し、宮崎の日南海岸を周遊して元の充電スポットに戻った341.6kmだった。ドライブ初期のエアコン負荷が大きい短距離の市街地走行を繰り返すと航続距離はそれよりずっと短くなるが、一番悪い時でも充電率100%換算の航続距離は250kmを上回った。

長大な航続距離は大容量バッテリーと低電力消費の合わせ技で実現。写真は小倉から熊本北部の植木まで移動した時のもの(筆者撮影)


 今回のロードテストは真夏であり、寒冷期の真冬にどうなるかは現時点では不明だが、これだけ航続力があると軽自動車としての意味合いが従来の軽BEVと異なってくると感じた。

44円/kWhという従量課金型のFLASH充電スポットで充電。チャージレートは大型車に比べると不利だが、工夫次第で低廉に旅行ができる時代になりつつある(筆者撮影)


地方の足として使えるか、ラッコが越えた軽BEVの大きな壁

 筆者は若い頃、鹿児島の錦江湾奥部で高校教員をやっていた。鹿児島市からの通勤距離が片道40km余りという、地方でよくある遠隔地勤務パターンである。

 日々の通勤だけなら航続距離はそれほど重要ではない。毎日充電しなければいけないという煩わしさはあるが、140kmもあれば十分だ。だが、それだけでは済まないのが地方勤務というもの。

 部活動の遠征、遠隔地での会合などさらに足を伸ばさなければいけないことが多々ある。また担任クラスの生徒がちょっとやんちゃをしてしまったときに家庭訪問をするのだが、その生徒が長距離通学だったりすると往復数十kmが加わる。

 筆者が教員をやっていた時代は週休2日でなかったが、テスト前で部活動がない土曜に勤務がハネた後、加久藤峠を越えて熊本の大畑という街に行って大型で超美味な新高梨のキズ物が激安で売られているのを買いに行ったりもした。

 クルマは職場と自宅の往復だけに使うわけではない。せっかくクルマがあるのなら遊びに行きたくなるということだってある。軽自動車ユーザーの場合、極端な長距離走行をするケースはごく少数だが、せっかくクルマがあるのなら遊びにも使いたいというユーザー心理は普通車と同じ。実用と遊びを全部ひっくるめて一つのカーライフなのだ。

 また教員に限らず県内に複数の事業所がある企業の会社員、公務員などは人事異動の日を境に長距離通勤が始まることも普通にある。そんな時、航続距離が足りませんというのではクルマを買い替えなければならなくなる。企業にとってもルート配送ではなく日によって走行距離が大きく異なる営業車として使う場合、走行可能距離が足りるかどうかは大きな問題となる。

 ラッコが画期的なのは、そういった軽スーパーハイトワゴンの用途をほぼ外充電なしでこなせるという点にある。つまり、軽自動車として初めてガソリン車の代替となり得るモデルとなったのだ。

鹿児島市を起点に宮崎の日南を巡る小旅行へ。無充電で340km以上走れた(錦江湾沿岸の竜ヶ水付近で筆者撮影)


 航続レンジ以外で長所と感じられたのは、「小型車としては急速充電受け入れ性が高く、その気になれば長距離ドライブも可能」、「車体の断熱性能が高く、エアコンの効きに優れている」、「ADAS(運転支援システム)の作動の確度が高くかつスムーズ」、「車重が1230kgと軽自動車としては最重量級のわりにはハンドリングが軽快」、「高速巡航時の安定性がホンダ「N-BOX」の次に高い」など。

 ピュア電動車ゆえのスムーズな登坂性能やパワートレインの低ノイズ、スーパーハイトワゴンならではの広大な室内などは言わずもがな。また軽としては異例なことに光学ルームミラーが防眩プリズム内蔵型であるなどサービス精神も旺盛だった。

日本の標準的な軽スーパーハイトワゴンより前ウインドウの傾斜が若干強いためか視界はパノラミックだった(筆者撮影)


薩摩半島南部、坊津付近で記念撮影。車体の断熱性が軽・小型車としては優れており、エアコンの効きが良好だったのは意外に感じられたポイントのひとつ(筆者撮影)


高い車体剛性でも残った課題、乗り心地に見える“熟成不足”

 さて、ここまでラッコの長所を取り上げてきたが、前述のように弱点もハッキリしている。その大半は快適性に集中した。

 この快適性に関する問題はなかなか複雑だ。まずすべての道路で乗り心地が悪いというわけではなく、路面コンディションによっては軽自動車随一の乗り心地の良さ、静粛性の高さだったりする。

 では路面が荒れてくると乗り心地や静粛性が急に低下するのかというと、それもまた違う。BYDの説明によればラッコは車体の71%に高強度鋼材を使っているとのことだが、ボコボコの路面で車輪に大きな入力が入った際の車体の剛性感は素晴らしく、衝撃を実によく抑え込んだ。

宮崎の山間部をドライブ中。回生効率が高く、アップダウンでも電費が低下しにくい良い特性だった(筆者撮影)


 ところがである。老朽化でザラ目がきつくなったアスファルト舗装を比較的低い速度で通過すると突然ゴロゴロ感が強まり、ロードノイズも増大する。また段差のある道路のジョイント部を通過する時もドシンという衝撃が度々出る。どちらも日常走行でよく遭遇するシーンで、たまにそうなるというレベルではない。

 では路面のざらつきに弱いかというと、コンクリート舗装の荒れにはめっぽう強く、荒れているのが嘘のような乗り心地だったりする。高校生の成績に例えれば、何で物理で95点取るのに化学が30点なんだというような謎のアンバランスさだった。

 要因のひとつとして考えられるのは、BYDがまだ軽自動車のトータルバランスをどう取ればいいかという知見が浅いこと。

 技術的に何がネックとなっているのかはロードテストだけでは特定できないが、車体の剛性自体は非常に高いのだからロール剛性を落とす、衝撃を吸収するサスペンションのマウントラバーを高容量にするなど、対策は取りやすいはずだ。

 ちなみにロードテスト中サスペンションになじみが出てきたのか、積算距離計が4500kmを超えたあたりから特定コンディションにおけるガタガタ感は少しずつマシになった。

 フィールを悪化させているもう一つの要因として装着タイヤの特性も疑った。

 サイルンという中国メーカーのタイヤで路面グリップは基本的に良好、ウェット路面での滑り出しも穏やかと、運動性能的には特に問題を感じなかったのだが、初期のエコタイヤのような薄皮さを思わせるフィールがあり、パターンノイズもやや甲高いものがあった。強固な車体との相性を考えるとコンチネンタルあたりを試したくなるところだった。

標準装着タイヤは中国のサイルン社製だが、ラッコの頑強なボディにはもっとサイドウォールが柔軟なタイヤのほうが合いそうに思えた(筆者撮影)


 快適性に関するもうひとつの弱点は、車体の横方向の揺れの加速度がやや強めだったこと。軽自動車は車幅が狭いため、カーブでのロールの角度は幅広のクルマより大きくなる傾向がある。乗員の頭の位置が高い軽スーパーハイトワゴンの場合、揺れで頭が振られる距離も大きくなる。

 それを緩和する方法のひとつが頭が少し斜めに振られるようにチューニングすること。軽スーパーハイトワゴン最多販売モデルのN-BOXはそれが驚異的にうまく、他メーカーも懸命に追従しようとしている。

 それに比べるとラッコは真横方向の揺れが強めに出る。高速クルーズ時の車体の安定性自体はN-BOXに迫るものがあるだけに、ここは改善を図る価値があるだろう。

軽BEVながら機動力はBセグメントBEVくらいの高さだった(山口・秋吉台にて筆者撮影)


 他に弱点として挙げられるのは、車両コントロールパネルを兼ねたディスプレイオーディオのソフトウェアの洗練性がいまひとつであること、後席シートベルトのタングが内壁に触れてカタカタと低級音を立てるケースがあることなど。これらは比較的簡単に改善可能な部分だ。

車両の操作はセンターディスプレイのコントロールパネル上で行うが、ブラインドタッチが欲しい機能については物理スイッチが用意されていた(筆者撮影)


軽BEV戦争の勝敗を左右する、スズキeスカイ「価格」の難題

 このように長所、短所がそれぞれ明瞭に出たラッコだが、初物の軽自動車をガソリン軽スーパーハイトワゴンとの置き換えが可能なほどの性能と、サービス精神旺盛な仕様を持つクルマに仕上げてきたBYDの技術力とエンジニア陣の熱意は、大いに評価されてしかるべきものであるように感じられた。

BYDのラッコ(宮崎県・日南海岸にて筆者撮影)


 ここでいやが上にも高まるのは、迎え撃つ側のスズキのe スカイの仕上がりと価格だ。

 e スカイはクルマのキャラクターとしてはラッコとまったく異なり、コンベンショナルなスイングドアモデル。バッテリー搭載量をラッコの約4分の3の26kWhに絞り、軽量車体で電費を稼ぐという手法でWLTC航続距離310kmを稼いでいる。

 本来の相手はホンダ「N-ONE e:」、日産自動車「サクラ」/三菱自動車「eKクロスEV」だが、低価格な軽BEVというカテゴライズで考えればラッコとの競合は必至だ。

 オンロードにおける航続力の絶対値ではラッコが圧倒すると筆者は予想するが、クルマは航続力だけが競争のポイントではない。今年、N-ONE e:の長距離ロードテストを行った際に鹿児島を縦横に走り回ってみたところ、充電率100%からの実航続力が240kmくらいになると使い勝手が大幅に向上し、不満、不安が急速に解消されるという経験をした。

 それに似た特性を持っていると考えられるe スカイも多くの軽ユーザーに適合するクルマになっているということについては大いに期待していいと思う。

スズキの軽BEV「e SKY(イースカイ)」(2026年8月7日撮影、写真:共同通信社)


 問題は価格である。この点についてe スカイの開発を手がけるスズキ関係者の一人は昨年、ジャパンモビリティショーで「VISION e-Sky」を公開した時、「軽自動車のお客さまにとっては200万円というのがひとつの厚い壁。何とかしてそれを下回る方法を探っている」という興味深い発言をしている。

 スズキの軽自動車には手厚い経済産業省のCEV(クリーンエネルギー車)補助金が出る。e スカイのバッテリーは中国メーカー製と報じられているが、中国生産のホンダの普通車BEV「INSIGHT」がCEV補助金の満額を獲得していることを考えれば、e スカイも軽乗用EVの上限となる58万円を狙える可能性は十分にある。

 だが、それを差し引いて200万円アンダーというのでは、手頃な価格設定を強みとしてきたスズキのイメージにそぐわない。情報によればe スカイには複数グレードがあるようだが、焦点となるのは最も安価なグレードが“ラッコ切り”を果たせるかどうかだろう。

 ラッコの価格は214万円~249万円という、BEVとしては出血大サービスに等しい水準。スズキの鈴木俊宏社長は昨年、BYDの軽投入を念頭に、利益を度外視した価格競争には距離を置く考えを示していたが、BYDがこの価格設定に踏み切った背景には、CEV補助金で国産勢に対して40万円以上のハンディを負うなか、価格面で真っ向から対抗しようという狙いもあるように映る。

 スズキとしてはかえって悩ましいことになったが、できれば補助金適用前の価格で勝負ができることを示したいところ。スズキ関係者によれば最後まで調整が続きそうだという難問だが、果たしてどういう回答を示すのか。「スズキvs BYD戦争」の行方が興味深い。

筆者:井元 康一郎