阪神・近本光司 「自分でもびっくり」初回先頭V弾!リハビリ期間中の試行錯誤が復帰後の安定した成績に
◇セ・リーグ 阪神4─1巨人(2026年8月28日 甲子園)
きょうこそM点灯!阪神は首位攻防戦第1ラウンドとなった28日の巨人戦(甲子園)を4―1で制し、2・5ゲーム差に広げた。初回に1番・近本光司外野手(31)が、結果的に決勝打となる今季3号の先頭打者本塁打をマーク。夏の長期ロード明け初戦の初回先頭打者本塁打は、52年のフランチャイズ制導入以降では1974年テーラー以来2人目で、日本人選手初の快挙となった。29日の第2戦に勝てば優勝マジック「23」、引き分けても「24」が点灯する。
約1カ月ぶりに帰ってきた本拠地・甲子園に、宿敵・巨人を迎え撃った首位攻防戦第1ラウンド。近本の一振りが、猛虎に流れを引き寄せた。試合開始前から熱気に包まれていたライトスタンドが、一気に狂喜乱舞する。大歓声というBGMを一身に浴びつつ、背番号5は悠然とダイヤモンドを一周した。
「自分でもびっくりしていたので。なんとかフェアにと思っていました」
お立ち台では、“本音”も明かした。敵も味方もファンも、そして自らも「びっくり」の一発だった。初回だ。カウント1―1から巨人・ハワードが投じた内角高めスライダーを一閃(いっせん)。打球はややドライブしながらも、右翼ポールを巻いた。「あのコース、球種を捉えて、あの打球が飛んだというところはイメージしていなかった」。あらゆる打撃技術を持ち合わせる百戦錬磨の近本にとって、“初体験”の一打となった。
球団史に残る一打でもあった。今岡誠に並ぶ歴代4位タイのキャリア12本目の初回先頭打者本塁打。加えて、52年のフランチャイズ制以降、長期ロード明け初戦の初回先頭打者本塁打は74年テーラー以来2人目で、球団日本人では初となった。
7月26日以来の甲子園でのゲーム。聖地での一戦を待ちわびていた虎党に、その第1打席で最高の結果を届けた。それはベンチの藤川監督にとっても、同様だった。「久しぶりの甲子園で巨人が相手。近本のホームランは非常に大きかった。空気がパッと晴れたような一発」と最大級の賛辞を受け取った。
左手首を骨折し、リハビリ期間はSGL尼崎で過ごした。寮生が室内練習場に早出練習へ向かうと、そこにはもうマシン相手に打ち込む近本の姿がある。その打撃練習を間近で見守った若手選手によると、近本は下を向いて考えを巡らせてから構えに入ったり、あえて自分から崩れながらバットを出すこともあったという。常々、「日々、打ち方もアプローチも違う」と話す虎の切り込み隊長。リハビリ期間中も試行錯誤したことが、復帰後の安定した成績につながっている。
チームは巨人とのゲーム差を2・5に広げ、29日も勝てば優勝マジック「23」、引き分けても「24」が点灯する。過去2度は跳ね返されたが、三度目の正直を期す。 (松本 航亮)
○…近本(神)が初回先頭打者本塁打。24年5月10日のDeNA戦で東から放って以来、通算12本目。球団では真弓明信38本、藤田平14本、中村勝広13本に次ぎ、今岡誠と並ぶ歴代4位となった。また、フランチャイズ制の1952年以降、夏の長期ロード明けの甲子園初戦で初回先頭弾は、1974年のテーラー以来、球団52年ぶり2人目。
○…首位・阪神に29日にも優勝へのマジックナンバーが初点灯する。条件は巨人に勝てばM23、引き分けでもM24。今季は8月20日と25日に勝てばマジック点灯のチャンスがあったがいずれも敗れ、対象チームの巨人も勝利。三度目の正直となるか。
◇ボビー・テーラー 1944年3月20日生まれ、米ミシシッピ州出身。70年にジャイアンツでメジャー初出場。73年に中日入りも1年で退団。74年に阪神へ移籍し、主に1番打者として打率.278、初回先頭打者本塁打2本を含む12本塁打を放ち、球宴にも出場した。75年オフに阪神退団後は再びジャイアンツ傘下でプレーし78年に引退。1メートル74、78キロ。右投げ左打ち。

