タブレットに書いてインタビューに答える羽賀さん

写真拡大 (全4枚)

 2024年1月のお便り特集の際、〈ステージ4のがんと診断されて手術を受け、声も仕事も失いました〉という茨城の女性の便りを紹介した。

 投稿者がこのときすでに、ある挑戦を続けていたことを、最近になって知った。今回はその話をお届けしたい。(シングルスタイル編集長 森川暁子)

舌がん手術 声失い演奏もできず

 投稿者は、茨城県日立市の羽賀紀子さん(60)。以前の投稿は、ノアさんというペンネームで掲載された。ほかの読者からの「みなさんの大切にしている言葉は」という問いかけに、「カルペ・ディエム」という言葉を挙げていた。

 羽賀さんはフルート奏者だ。1988年に上野学園大音楽学部を卒業し、地元でフルートを教えながら演奏活動をしていた。

 2021年8月、「ステージ4の舌がんで、首や下あごのリンパ節に転移して喉頭にも広がっている。舌や喉頭を全摘するしか道がない」と診断を受けた。つまり、声を失い、情熱を傾けてきたフルートも吹けなくなる。食事も楽しめなくなる、ということだった。

 翌9月、茨城県立中央病院で、17時間の手術を受けた。告知を受けたときは、そんなに大切なものを失ってまで生きていたくない、とも思ったのに、手術の後、ICレコーダーで好きな交響曲を聞き、その響きに涙が止まらなくなった。〈素直に、生きていてよかったと思いました〉

 検査をするとものを飲み下すことはできた。リハビリを経て10月に退院したが、抗がん剤治療、放射線治療が続いていた間は、副作用がつらくて食事も苦痛になり、気分が落ち込んだ。首につくった「永久気管孔」だけを通じてする呼吸は息苦しく、通院の際も、駅までの道を何度も休みながら行った。

食べられる喜び また吹けるかも

 元気が出始めたのは、22年の初め、副作用が落ち着いてきてからだ。

 〈私は、食いしん坊です〉という羽賀さん。退院後はミキサー食や栄養ドリンク、おかゆがメインの食事だったが、ケーキ店の店頭で見たレアチーズケーキを買ってみた。足の筋肉と皮膚で再建した舌は自分の意思では動かず、下の歯も大半を切除したので、かむことはできない。スプーンでほんの少しすくって口に入れ、水で飲み下した。〈おいしい!と感じました〉。舌を失っても、味を感じる部分は残っていた。

 以降、包丁とキッチンばさみ、マッシャー(ゆで野菜などをつぶす器具)を使って、いろいろなものを味わうようになった。(摘出した部位などによって食事によるリスクは異なるため、食べ方は医師に相談する必要がある)

 同じころ、「ボイスプロステーシス」という、喉頭を摘出した人が声を出すための医療器具を付けることを考え始めた。弁のついた小さなチューブのような器具で気管と食道の間をつなぎ、吐く息を、永久気管孔ではなく、食道経由で口から出せるようにする。その際に食道壁が振動して声になる仕組みだ。

 だが、羽賀さんの場合は、舌も失っているので、口から息が吐けたとしても、話せるようにはならない。それでも〈もう一度、フルートの音が出せるかもしれない。ダメかもしれないけれど挑戦したい〉と考えた。

診察室で披露 主治医も驚いた

 6月にボイスプロステーシスを付ける手術を受け、クローゼットの下の、見えないところにしまっていた楽器を出してきた。〈泣きました。楽器に「(しまい込んだりして)ごめんね」って〉

 口から息を吐く練習から始め、日記をつけた。6日目に楽器の歌口に息を入れてみたが鳴らなかった。9日目、何度か、短い音が出た。11日目、音を2拍伸ばせた。15日目、小さい音で途切れ途切れに「ちょうちょう」が吹けた。38日目、2オクターブの音階が吹けた。

 「トゥ、トゥ、トゥ」と音を切るタンギングはできず、唇やあごの痛みで練習が続かない日や、急に調子が悪くなるときもあったが、できることは少しずつ増えていった。

 9月、診察室で映画音楽の「ホールニューワールド」をワンフレーズ吹いた。聞いていた医療スタッフ、医療機器メーカー担当者らみんなが驚いて泣いた。

 主治医で耳鼻咽喉科・頭頸(とうけい)部外科部長の西村文吾さん(51)は「理論上は吹くことは可能だろうと思いましたが、あんなレベルで吹けるようになるとは思わなかったので、本当にびっくりしました」と話す。

 その後は患者会や医療福祉系の大学などで演奏を披露するようになった。これまでの軌跡をまとめた冊子2冊は患者、医療者の間で広まり、「あの冊子がなかったら手術を乗り越えられなかった」という声も届いているという。

 「羽賀さんは、フルートのことも、食べ物のことも、自分の置かれた状況の中で、なんとかしようとしてきた。そういう姿勢を発信することで、いろんな患者さんに希望を与えることができるんじゃないかと思います」と、西村さんは話す。

心配しすぎて 今の幸せを無駄にしたくない

 もうすぐ、大手術から5年がたつ。患者会での交流は、気持ちが共有できる大切な場だが、ほかの人と同じ器具を使っても自分はしゃべれないのだということが、つらくなることもある。

 手術前に「待っています」と言ってくれた生徒をまた、タブレットを使った筆談で教えている。生徒が言ってくれた、「先生には、言葉の代わりがフルートだから」という言葉は大きな支えだ。

 羽賀さんは独身で、母(85)と8歳の雄猫と一緒に暮らしている。最初のペンネーム、ノアは、猫の名前だ。手術の後、名前を呼ばなくなった飼い主を少し警戒していたが、しばらくするとまた甘えるようになった。

 タブレットを使ったインタビューの最後に、羽賀さんはこう書いた。

 〈先のことを考えたら怖いことだらけです。でも、心配しすぎて、今のこの幸せな時間を無駄にしたくない。フルートが吹けて、ビールが飲めて、食べて「おいしい」と思えるときもある。飛行機に乗っても、劇団四季のステージを見ても、「また来られた」って思って、泣きます〉

 まさに「カルペ・ディエム」の思いできょうを生きている。

[あとがき]「欲」は前進する力 

 再びフルートを手にしてからの日記を見せてもらった。最初のころは〈高望みしない〉と書いていた。〈ある一定以上は上達は無理だとわかっていました。でも欲は出ました。もっと別な曲が吹きたいとか、だれかに聞いてほしいとか〉。きっとそれは羽賀さんが前進する力だ。最近は、〈いつか、ボイスプロステーシス使用者で合奏をする!〉とも。

 羽賀さんとやり取りしているせいか、自分は「今日という日の花を摘む」ことをおろそかにしていないだろうかと、近ごろよく考える。(森川)