自衛隊が一般市民を監視…?熊本日日新聞の大スクープに「大手全国紙」がまるで加勢しない異常事態

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あの岩波『世界』の伝説的連載「メディア批評」が、現代ビジネスで奇跡の復活!今回のテーマは「自衛隊とメディア」。前回、熊本日日新聞(以下・熊日)がスクープした「陸自情報部隊による市民に対する思想調査」を取り上げ、「軍」に対する文民統制が危うくなっていることに警鐘を発した。

前回記事はこちらから→『自衛隊の市民監視スクープが鳴らす警鐘…沖縄で起きた虐殺の歴史と「国家情報局」に見る、情報戦の行き着く先』

そこで今回は、自衛隊という実力組織を監視するメディアの役割を考えてみたい。

回答をはぐらかしてごまかす小泉進次郎防衛相

国会が閉会し、政府・防衛省がこの問題にどう対処しているか、問いただす場は首相官邸や防衛省の記者会見しかない。記者クラブに所属する大手メディアの記者にとって、腕の見せ所である。

官邸では、平日午前と午後に官房長官会見がある。応答の録画は官邸ホームページで公開されている。

熊日が、陸上自衛隊中央情報隊の「思想調査」を最初に報じたのは7月23日の朝刊。この日以後の官房長官記者会見に目を通した。残念なことに、記者たちが追及した形跡は見当たらない。質問さえしていないようだ。自衛隊が市民の「内心の自由」に踏み込む情報活動をしていることは、首相官邸の守備範囲ではない、と受け止めているのだろうか。

防衛省では23日、閣議後の定例会見で3人の記者が小泉進次郎防衛相にこの問題を聞いている。幹事社の沖縄タイムス、熊本日日新聞、それともう一社(文字起こしに社名は記載されていない)。概要は以下の通り。

記者(沖縄タイムス)「こうした調査を自衛隊が独自に行うことの是非について、大臣はどのように認識しているのか」

小泉大臣「現地情報隊の情報収集の詳細については、情報収集能力を明らかにするおそれがあるため、お答えを差し控えますが、現時点で不適切な活動を行ったことは確認されておりません」

記者(熊本日日新聞)「愛国心などの思想信条、性的指向といった極めて私的な内容を個人に同意なく収集する、進めるという行為は、憲法違反として指摘される可能性もあると考えますが」

小泉大臣「現時点で不適切な活動を行ったということは確認されておりませんが、自衛隊の活動について不断にその適正さを確保していくということは当然のことであります」

記者(所属不明)「小泉大臣時代、当時の大臣や、防衛省幹部は、この事態を把握されていたのか」

小泉大臣「平素から様々な報告は受けています。その逐一についてお答えすることは差し控えますが、必要な情報は報告されており、また、現地情報隊の活動については、現時点で不適切な活動を行ったことは確認されておらず、いずれにしても自衛隊の活動が適正さを確保する、このことはもちろん大切なことであります」

「現時点で不適切な活動は確認されていない」と繰り返す。現時点という限定付き。「不適切ではない」の根拠は示さない。「確認されていない」という曖昧な表現。どんな活動をしていたかは「情報収集能力を明らかにするおそれがあるため、お答えを差し控えます」。これでは全く質問に答えていない。

小泉防衛相の言い分をなぞっただけの大手新聞

新聞各紙は、記者会見を元に記事を書いた。

『不適切活動ない』と小泉防衛相 自衛隊が『愛国心調査』との報道で(朝日新聞 24日朝刊)

「陸上自衛隊の『現地情報隊』が、大学教授やNPO法人代表ら市民を対象に、「愛国心」や「対自衛隊感情」といった思想信条の情報を組織的に収集しているなどと熊本日日新聞が報じたことについて、小泉進次郎・防衛相は24日の会見で『現時点で不適切な活動を行ったことは確認されていない』と語った」

防衛相の言い分をなぞっただけである。違法性の高い秘密調査を自衛隊がしているように熊日は書いたが、朝日新聞は確認していない。つまり朝日にとっては二次情報である。記者が取材した一次情報である防衛相会見を軸に記事にした、ということだろう。

「自衛隊による思想調査」と「曖昧な否定コメント」、ニュース価値はどちらが重いだろうか。熊日は、内部文書を手に入れ元隊員の証言も掲載し密度の高い報道をしている。「熊本日日新聞によると…」という形で記事にしてもおかしくない。大手各紙の編集者は、小泉発言に寄りかかって「報道された事実は確認できない」という政府の否定コメントを見出しにした。次の首相を窺う権力者への忖度か、と疑われる報道ぶりである。

28日の会見でも熊日の記者が質問した。

「自衛隊員が身分を隠して、秘密裏に民間人の私的な内容を調査することは適切な情報活動と言えるでしょうか」

小泉大臣「報道の前提とされている文書は、防衛省・自衛隊が公表したものではなく、出所や真正性を確認できていないため、当該文書を前提としたお答えは差し控えます。したがって、身分を秘匿した接触が行われていたとの前提で、適否についてお答えすることは困難であります」

防衛省は「質問に答えない理屈」を編み出した。公表した文書ではない、出所が明らかでない文書を根拠にした質問には、答えない。熊日は「怪文書」を元に報道している、と言わんばかりだ。

報道機関は束になって防衛相の逃げ口上を問題にすべきではないか。内部文書を入手して追及するのは、疑惑報道の王道だ。政府組織が「ウチが公表したものではないから答えない」。そんな理屈が平然と語られる。メディアを舐めているとしか思えない。

紙を読み上げるだけの「八百長会見」

メディア側にも責任がある。熊日への連帯が見えない。大手のような取材網が政権周辺にないまま、自衛隊・防衛省という中央の巨大組織に挑む。かろうじて防衛省クラブに記者を派遣したが、官邸に常駐記者がいないので官房長官会見には参加できない。限られた人繰りで奮闘する熊日と共に自衛隊の闇に迫ろうという意欲が大手メディアに感じられない。

調査報道を掲げる「TANSA」は社会問題を深掘りする10人足らずの記者集団だが、熊日と同様の「自衛隊機密文書」を入手し、独自の取材を始めた。

首相官邸や国会の与野党、防衛省や自衛隊に情報網を張り巡らす大手紙は権力情報を引き出す力は熊日やTANSAの比ではない。だというのに記事にするのは防衛相の言い分に沿ったものばかりで、独自取材で問題を突く記事はみられない(8月19日現在)。

官房長官会見で質問が出ないのはその現れだろう。国民の税金を遣って市民の身辺調査を秘密裏にする。「軍」に文民統制が効いているか危ぶまれているのに、権力中枢を見張るはずの記者に問題意識が乏しい。

防衛相会見でも、質問する記者は限られている。大手新聞の記者はこの問題に切り込んでいない。大臣の答弁に対し、その真意を問う「更問い」もほとんどない。

会見録画を見ると、小泉防衛相は紙を読んで答えている。記者も紙を読みながら質問している。事前に質問内容を伝え、答える側が答弁書を読むというやりとりのようだ。つつがなく記者会見を乗り切りたい防衛省広報にとって都合のいいシステムである。

高市首相は記者会見が嫌い、と言われるのは、不安だからだろう。権力者でもたった1人で大勢から質問を浴びるのは、居心地がわるい。だから記者クラブを懐柔し、紙を読み合う会見が横行するようになった。あらかじめ筋書きが決まっていれば、大臣が立ち往生する心配はない。失言も出ない。

こうした会見は「八百長会見」と言われた。本来の記者会見は、言葉の格闘技だ。記者が束になり、次々と質問を浴びせて本音を引き出す。場の盛り上がりと熱が権力者を追いつめる力になる。

「確認できない」などと曖昧な言葉で終わらせるのではなく、「どのような確認を指示したのか」「誰から報告を受けたのか」「公文書扱いになっていない文書も点検したのか」などと食い下がってほしい。厚みのある追及は、一社ではできない。記者クラブ全体は無理としても、何人かの記者がスクラムを組めば可能だ。

震災の中、熊本日日新聞が報じた衝撃スクープ

現状はスクラムを組むどころか、こんな質問をする記者さえいる。

「隊員や職員は職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならないと規定されている。この自衛官の告発を違法であると考える場合、捜査機関に相談の上、対応することは考えているのか」(7月28日)

元自衛官は、それなりの覚悟を持って熊日の取材に応じたと思う。7月23日に載ったインタビューで元自衛官は次のように語っていた。

「対象者の氏名、住所、電話番号、愛国心といった思想信条、交友関係などを収集し『個人BSD(ベーシックソースデータ)』と名付けられた成果報告書に記録して報告していた。記録は朝霞駐屯地に全て保管されている。個人情報の収集と保管について対象者の同意は得ていない」

この元自衛官は「公益通報者」として保護されてもいい立場ではないか。そうした行為を「自衛隊の秘密を漏らしたのだから、捜査機関に…」と質問する記者は誰の目線に立って仕事をしているのだろう。

防衛相の回答は「当該文書を前提とした質問には、お答えは差し控えます」だった。

「自衛隊の思想調査」が社会的関心になりかけた時、熊本地震が起きた。熊本日日新聞も防衛省・自衛隊も地震対応に追われ、報道は下火になった。発災から一週間後の8月5日、熊日は「新たな事実」を報じた。

報告文書にあったNPO代表についての記述と、接触してきた自衛官とやり取りしたメール履歴が一致した。防衛相が「確認できない」とする文書の信憑性が裏付けられた形だ。

熊日の取材にNPO代表は「個人BSD」に記載された情報は「自分の情報に間違いない」と確認、そこに記録された隊員とのメール履歴も、本人が保存していたメールと一致したという。ということは自衛隊員の手で「個人BSD」は作られたと言えるだろう。

「個人BSD」は本当に自衛隊に存在しないのか。防衛相は、再点検を指示するべきではないのか。「出どころや真正性が明らかでない文書を元にした質問には答えられない」という防衛相の詭弁は根拠を失った。

こうなると責任は首相官邸にも及ぶ。総理大臣は自衛隊の最高指揮者だ。文民統制という重い責任を負っている。

仮に自衛隊が問題文書を隠蔽していたとしたら首相の管理責任が問われる。防衛相に再調査を指示すべきではないのか。問題の文書は誰が作成し、誰が決裁したのか。歴代防衛相は「個人BSD」を知っていたのか。知らなかったのなら、情報部隊が政治の監督の届かないところで市民の思想信条を収集していた疑いは一層深まる。

「軍事機密」を盾に隠蔽をはかる自衛隊の体質

8月に入って熊日の奮闘に沖縄二紙が加勢した。沖縄タイムスは自ら報告書を入手、元隊員を取材し、「陸自、市民の思想信条を調査か 中央情報隊が『愛国心』『対自衛隊感情』など41項目 数万人分か、元隊員証言 本紙が報告書入手」(8月10日)という記事を1面トップに掲載した。翌日の紙面では「個人情報を『闇管理』 陸自、公文書扱いせず 中央情報隊 専門部署設け蓄積 外部検証免れる意図か」と踏み込んだ。

記事は「出所や真正性を確認できていない」と問題文書を怪文書扱いしていた防衛省に王手をかけたばかりか、外部の目が届かない「闇の部隊」が文書に関わっていた可能性を指摘した。事件は「違法性の高い思想調査」にとどまらず、正規の監視システムを回避する別組織が自衛隊にある、という疑惑へと広がった。

琉球新報は8月14日に社説「陸自が思想調査か 実態解明し違法性検証を」との社説を掲げ、「性的指向」「異性関係」まで収集することを厳しく批判。思想・良心の自由や人格権を侵害する恐れを指摘した上で、「政府による実態調査と公開」に加え、第三者機関による検証を求めた。

熊日が掘り起こし、沖縄タイムスが独自取材で横に広げ、琉球新報が「人権と文民統制」の問題として論陣を張る。国家の情報機関を監視するという、本来なら全国メディアが担うべき仕事を地方紙がつないでいる。

更にもう一つ。沖縄タイムスが指摘した「情報の闇管理」。現地情報隊の隊舎内には個人情報を管理する専門部署があり、部屋への出入りは厳しく制限され、個人BSDなどを「正式な公文書として扱わない」ことで、外部からの検証を免れていた、という。事実であるなら文民統制という自衛隊の根幹に関わる問題である。

軍のような実力組織は隠蔽体質が抜き難い。軍事機密というブラックボックスがあるので、知られたくない情報や組織は、ここに入れてしまう。「思想調査をしていないのか」と質問されても「情報収集能力を明らかにするおそれがあるため、お答えを差し控えます」などと開示を拒む。

文書隠蔽では2018年に発覚した南スーダン・イラクでの「日報」を隠していた事件が記憶に新しい。国会で「戦闘地域への自衛隊派遣」が問題になっていた。戦闘に巻き込まれる恐れを示す「部隊の日報」は存在しないと稲田朋美防衛相(当時)は国会で答弁したが、日報は存在していた。防衛相には虚偽の報告がなされていた。

文民統制とは、制服組が「問題はなかった」と説明すれば終わる仕組みではない。政治が軍事組織の活動を把握し、必要なら調査を命じ、その適法性について国民に責任を負う仕組みである。

高市官邸にその姿勢は見えず、大手メディアも官房長官に「首相は報告を受けたのか」「再調査しないのか」と迫ってはいない。問われているのは陸自の情報活動だけではない。それを統制する政治と、その政治を監視するジャーナリズムは機能しているのか。

権力者が隠していることを暴くことこそジャーナリズムの真骨頂だ。地方から中央に切り込む熊本日日や沖縄二紙の頑張りは、大手メディアに存在理由を問いかけている。

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