【プレイバック’16】やはりネックは「皇室典範」…上皇さま「生前退位のご意向」報道の“裏事情”

写真拡大 (全2枚)

報道後、初めて国民の前へ

10年前、20年前、30年前に『FRIDAY』は何を報じていたのか。当時話題になったトピックをいまふたたびふり返る【プレイバック・フライデー】。今回は10年前の’16年8月12日号『報道後、初めて国民の前に晴れやかな笑顔で現れた 「生前退位」明かした天皇「新時代の皇室」への決意』を取り上げる。

’16年7月13日、NHK『ニュース7』で〈天皇陛下『生前退位』のご意向〉という寝耳に水のスクープが報じられた。それによれば、当時の明仁天皇(現・上皇)は「天皇の務めを十分に果たせる者が天皇の位にあるべきだ」と考えられ、「務めが果たせなくなれば、譲位すべきだ」とのお気持ちだという。宮内庁ナンバー2だった山本信一郎次長(当時)は「報道のような事実はない」と、即座に否定した。

しかし、このニュースをきっかけに政府は「生前退位」へと大きく動きだすこととなった。記事は報道後、初めて国民の前に姿を現した天皇・皇后(現・上皇、上皇后)の様子をとらえたものだ(《》内の記述は過去記事より引用、肩書は当時のもの)。


《天皇・皇后は’16年7月25日から28日まで静養のため栃木県那須町にある御用邸に滞在した。

那須塩原駅前には25日午後1時ごろ、250人を超える人が出迎えに集まった。7月13日に生前退位のご意向が明らかになってから、一般の国民が集まる場所へのお出ましは初めてのことだ。

お二人は群衆のいる道端に歩み寄り、にこやかに手を振って応えた。その中の一人が「陛下、お身体のほうは大丈夫ですか?」と声をかけると、

「ありがとう」

と天皇は答えたという。その表情は晴れやかだった》

’15年には行事で手順を間違えるハプニングなどもあり、同年12月の会見で天皇は「私はこの誕生日で82になり、年齢というものを感じることも多くなりました」との思いも吐露していた。「生前退位」報道で、胸のつかえが下りたようなお気持ちだったのかもしれない。

82歳とは思えない激務の日々

天皇の地位にある以上、公職を全うしたいが、体調によってはそれが不可能になる場合もある。しかし、皇室典範には生前退位の規定がなかった。執務遂行が難しい場合は摂政を置かれることになっていたが、天皇の「生前退位の意向」は、それに対して問題提起した形となった。当時の記事で、ある皇室ジャーナリストは皇室典範の問題点について次のように話していた。

《「現在の皇室典範では皇太子さまが即位されたときに秋篠宮さまの立場がはっきりしません。一部の人から皇太弟にするという声もありますが、皇室典範には何も触れられていない。

また将来の天皇である悠仁さまを支えられる眞子さま、佳子さまもご結婚されたら民間人になられ、ただでさえ少ない皇族が減ってしまいます。早くしないとお二人は嫁がれてしまうので、女性宮家創設という問題も考えなくてはいけません」(皇室ジャーナリスト)》(注・’19年の「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」により、秋篠宮は皇嗣として皇太子と同等の地位となった)

天皇の公務は国民が想像している以上に激務だ。82歳の当時も毎週2回、内閣から書類が届いていた。その総数は昨年だけで1000件に上った。さらに新年行事、春秋の園遊会でのお声がけや接見、拝謁などは年間100回を超えた。御所内には各省庁の担当者が天皇・皇后の出席を希望する行事を書き込むホワイトボードがあるが、常に数ヵ月先まで真っ黒になっていたという。

’10年代以降、天皇と皇太子(現在の天皇)、秋篠宮は毎月1回、会合を開き、象徴天皇のあり方について話されることもあったそうだ。「新時代の皇室」のあり方をどうすべきか――「生前退位」にあらわれた天皇の問題意識を、皇太子、秋篠宮も共有しつつあった。

皇室典範には手をつけず

’16年8月8日、天皇は約11分間のビデオメッセージで「お気持ち」を表明した。高齢のために、全身全霊で象徴としての務めを果たしていくのが難しくなったというそのお言葉は、国民に大きなインパクトを与えた。新聞各紙が行った世論調査では、9割が退位に賛成と回答するなど、大きな支持を得た。

その後、有識者会議の提言を経て’17年6月に天皇の退位等に関する皇室典範特例法が成立、’19年4月30日をもって退位することが決まったのだった。だが、皇室典範そのものを改正せずに、「特例法」を作ったことで、女性宮家創設や、女性・女系天皇の問題など、議論が必要だとされていた課題については、手付かずのまま持ち越すこととなった。

最初に「生前退位の意向」を報じたNHKにリークした“ネタ元”は、宮内庁幹部だといわれる。実は’08年ごろから天皇は周辺に意向を伝えていたとされており、それでも官邸が動かなかったことにいら立ちを募らせた側近が動いたというのだ。

それから10年を経て、今年7月17日に改正皇室典範が成立した。皇族数確保のために、女性皇族が結婚後も身分を保持すること、旧宮家の男系男子を養子縁組で皇族とすることなどが定められている。だが、国民最大の関心事だった「女性・女系天皇を認めるか」という議論は見送る一方で、男系男子の継承を固定化するかのような改正に世論の理解はあまり得られていないようだ。

8月13日の会見で、秋篠宮は改正皇室典範について「制度に関わることなので控えたい」と述べていた。だが、改正の議論で皇族の立場や気持ちを考慮されなかったのではないかという指摘について聞かれると次のように語った。

「私も生身の人間ですからいろいろと思うところはもちろんあります。なかったらおかしいと私は思います」

皇室と政府の距離は10年前と変わっていないようだ。