日建設計に所属する建築家、吉野繁氏

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 日本最大級の建築設計事務所である「日建設計」で、フェローアーキテクトを務める吉野繁氏。吉野氏は東京のシンボルである「東京スカイツリー(R)」をはじめ、「日本科学未来館」「渋谷ヒカリエ」など数々の建築の設計を担当した。

 そんな吉野氏は、今後設計してみたい作品に「山小屋」と「コタツ」を挙げている。日本を代表する大型プロジェクトを率いた建築家としては想定外のコメントだが、その真意とは何だろうか。【取材・文=山内貴範】(全2回のうち第2回)

【写真】吉野氏が手がけた日本科学未来館と、いつか設計してみたい山小屋のイメージ

人が集まる最小単位の装置とは

――吉野さんは、スカイツリーを設計した後に糸井重里さんから受けたインタビューで、「将来は“こたつ”と“山小屋”を設計したい」というコメントを残しています。大規模な建築を設計してきた吉野さんのイメージからは考えられない小規模なもので、かなり意外だなと思いました。

日建設計に所属する建築家、吉野繁氏

吉野:スカイスリーも未来館も、そしてヒカリエもそうですが、人がいっぱい集う施設を設計する機会が多く、いずれも規模が大きなプロジェクトばかりでした。そこで、もっと小規模なものを考えてみようと思ったのです。賑わうものの最小単位ってなんだろう、と考えて導き出されたのがこたつと山小屋だったんですよ。

――最小単位、というのがポイントですね。住宅、すなわち家は建築の最小単位として挙げられることがあります。その家の中でも、さらに最小単位で人が集まる場所が、こたつであると。

吉野:私が生まれた東松山市は、埼玉県内では比較的寒い地域。冬、我が家の中でいちばん賑わう場所がこたつでした。テレビを見たり、みかんを食べたり、トランプをしたりする場だったんですよ。こたつの中に猫がいる時があったり、親は買ってきた今川焼きを、すぐ冷めちゃうからと言って中に入れておくとかね。

 親父が入ってくるとタバコの臭いが漂ってくる。そういう体験がすごく印象に残っているんですよ。

家族間の濃密な付き合いが生まれる

――吉野さんにとって、こたつは子供の時の原風景であり、原体験なのですね。

吉野:原体験ですね。その思い出を振り返りながら、現代のこたつってどんなものなのかと考えてみたのです。

――言われてみると、置いてあるだけで家族が集まってくるような装置は、なかなかないですね。

吉野:そうなんですよ。洋室が中心の家なら、リビングでソファに座りながらテレビを見るんでしょうけど、和室ならこたつが大事な存在になるのです。

――こたつは肩や足が触れ合うような、ある意味で濃密な付き合いがある。そして、中で何かを温めるという機能的な面もある。探求しがいがありますね。

吉野:天板の形もいろいろ工夫できると思います。両親とお子さんの3人家族だったら、三角形でもいいんじゃないかなとか思うし、円形でもありだと思いますね。円形だったら、中華料理の丸テーブルみたいな感覚で使えたら面白い。例えば、家族で鍋を囲むときも、ポン酢をとる時に天板をくるっと回せば手前にくるようにできれば、機能的です。

 布地は、やっぱりふかふかのやつがいいんじゃないですか。天板はメラミンっぽいもの、もしくはアルミ板とかでもいいかもしれない。熱で温められて、ポカポカしてくるかもしれないね。

山小屋の環境を改善したい

――山小屋も、こたつ同様に人が集まる空間です。こたつほどの密度ではないにしても、登山シーズンには人がぎゅうぎゅうになることもあります。

吉野:山小屋は、慣れていないと厳しい環境です。山の上だからやむを得ない部分はあるとはいえ、水が十分になかったり、プライバシーが確保されていなかったり。トイレの問題も無視できません。水が足りないので、おがくずの中に用を足すこともあります。

 そして、寝るときは隣の人がすぐ横にいたりするので、なかなか初心者は安心して利用できない。少しでも改善させる手がないかなと、一生懸命考えていたんです。

――吉野さんはスカイツリーを設計する際、いろいろな山に登ったと伺いました。その時に、山小屋に泊まった経験が影響しているのでしょうか。

吉野:その通りですね。キャンプのテントなら気の合う友達と過ごせるのでいいかもしれませんが、山小屋はいろいろな人が集まる空間です。しかも、みんな登山で疲れきっているし、食事もそこまで豪華なものはありません。早朝に出発する人も多く、靴を履いたりする音で目が覚めてしまうこともあります。

 そこで、私が考えたのはドーム状の山小屋です。かつての富士山測候所のように、フレームは“フラードーム”でいいでしょう。標高が高くなると風が強まり、建築へのダメージが大きいのですが、曲面が多い形なら風力を分散させることもできます。二層構造になっていて、二階が寝室、一階にはレストランなどの食事をとるスペースがあります。

 そして、屋内の中心に螺旋状の階段を置きます。二階の寝室は階段の周りに放射線状に寝る仕組みで、荷物は枕元に置くようにするのです。放射状なので足は隣の人に近いけど、顔と顔は離すことができます。また、早朝に行動する人たちは階段にスッと向かえるので、枕元を人が歩く騒音が軽減できると思いました。

――山小屋が抱える様々な問題を一度に解決できる、秀逸な提案ですね。

吉野:あと、標高が高い場所で困るのが水の問題ですが、霧が細かいネットにつくと、飲料水に変わる装置を発明した人がいるんですよ。クラウドフィッシャーというのですが、水をためて利用できる。こういう道具を搭載すれば、山小屋でも今より水を自由に使えるようになると思います。

「発注をお待ち申し上げております」

――吉野さんの山小屋は機能的でありながら、遠くからも見つけやすそうなシンボリックなデザインですね。

吉野:スカイツリーを設計していた頃から、構想は頭にあります。スカイツリーの竣工後、講演会に呼ばれる機会が増えたのですが、壇上ではいつもこの山小屋のアイディアを話しているのです。しかし、まだ誰も発注してくれませんね(笑)。誰か発注してくれたら、喜んで、設計するんですけれどね。

――吉野さんはアンビルトになったものもあれば、頭のなかで構想したまま、まだ実現できないものがある。それでも設計を止めないのが素晴らしいですね。

吉野:本当にいろいろ大変なことがありましたし、ボツになった案は無数にあります。それでも、私はポジティブに考えるようにしているのです。スカイツリーだって、秋葉原でタワーの仕事をやっていたから自分に回ってきたわけですから。

 未来館のベースになったのも、上海の「科学館」の国際コンペのアイディアです。このときは1等をとって賞金までもらったのですが、その後にアメリカのクリントン大統領が上海を訪問したとき、アメリカチームの案に変更されてしまいました。

 本当に残念でしたが、そのおかげで、会社(日建設計)が未来館の計画に参加させてくれました。次こそはと、やりたかったことを、より上をいく形で実現させたいという思いで仕事をしました。

――悔しさが名建築を生み出す原動力であるわけですね。

吉野:辛いことがあったからこそ奮起できるし、よりよい建築が設計できると思っています。そういう意味では、私のなかでは“負けるが勝ち”ですね(笑)。

第1回【「東京スカイツリー(R)」「渋谷ヒカリエ」を手掛けた建築家「吉野繁氏」が明かす“都市のシンボル”を設計する苦労…「“変なものを作ったら孫の代まで笑われますよ”と言われましたね」】では、世界的建築家の「吉野繁氏」に、東京スカイツリー(R)を設計することになった経緯などについて、詳しく話を伺っています。

ライター・山内貴範

デイリー新潮編集部