【全文】ライブ配信中にメッタ刺し…高田馬場ライバー殺人「孤独な愛情が生んだ悲劇」の全貌
孤独な二人
’25年3月11日午前9時51分、東京・高田馬場駅(新宿区)近くの路上で、ライブ配信中の女性が男にナイフでメッタ刺しにされる事件が起きた。配信アプリ『ふわっち』には、彼女が惨殺(ざんさつ)される際の苦痛の叫び声がリアルタイムで流れた。
「うわぁー、痛い、止めて、痛い、助けて、助けて、やだ、やだ、助けて……」
犯行後、男は配信中のスマホを拾い、首の頸動脈(けいどうみゃく)を切られ鮮血に染まった女性の姿を映して足蹴にした。1分ほどの間で受けた切創(せっそう)は55ヵ所に及んだ。
被害者は、ライバーの「最上あい」こと佐藤愛里さん(当時22)。犯人は、彼女を推(お)していた高野健一被告(44)だ。原因は、高野が恋心を募らせた愛里さんから多額のカネを貢(みつ)がされ、約250万円もの借金を返済されなかったことにあった。
殺人事件の要因になったライブ配信とは何なのか。私が傍聴した今年7月の裁判や取材で明らかになったのは、アプリに集(つど)う人々の底なしの孤独だった--。
栃木県で育った高野は、幼少期から対人関係が苦手だった。大学を中退してから数年間会社で働いたものの自殺未遂を起こす。ここから約15年にわたりひきこもり生活に突入するが、実家は安心できる場ではなかった。母親が脳の病気で倒れ、認知症になったのだ。父親は介護に疲弊し、家庭は荒(すさ)んでいった。裁判で、高野は家族関係をこう語っている。
「みんながバラバラにご飯を食べて、会話とか一切なくて、(父親への)恐怖だけがあった」
苦境の高野にとっての心の癒(い)やしが『ふわっち』の視聴だった。そこで出会ったのが、愛里さんだったのである。
山形県で育った愛里さんも、孤独を抱えていた。母親が、未婚の恋人との間に産んだ4人きょうだいの末っ子が愛里さんだった。生後半年でその恋人が事件を起こして逮捕されるなどして、中学卒業間際まで施設で育てられた。高校は1年生で中退。実家を出て一人暮らしを始め、複数のバイトを掛け持ちした。
18歳の頃、周囲の反対を押し切って、知り合った男性の子供を出産する。だが、1年も経たずに離婚。実家に戻ったものの、愛里さんは子供を置いて失踪(しっそう)し、元夫とトラブルを起こすなどした。
警察に保護された後、’21年10月に愛里さんは子供と共に母子生活支援施設に入所する。『ふわっち』で配信を開始したのはこの頃だった。そして2回目の配信で出会ったのが高野だったのである。愛里さん19歳、高野39歳の時だった。
『ふわっち』は、視聴者が応援する配信者に「投げ銭」ができる仕組みになっている。配信者の中には、視聴者と連絡先を交換し「営業」に励む人も少なくない。愛里さんも同様だった。高野とLINE交換をし、連日のように甘い言葉を囁(ささや)く。高野は瞬(またた)く間にのめり込み、約半年で160万円以上を投じた。以下は、高野が愛里さんに送ったLINEだ。
〈好きだよ、愛里。愛里のことずっと好きだよ。ずっと好き、いっぱい好き。お願いだから返事ちょうだい。俺寂しいよ、愛里。俺には愛里しかいないんだよ〉
〈助けて、助けて、助けて〉
’22年9月から、愛里さんは高野の恋心を利用して、投げ銭だけでなく、現金を貸してくれと要求し始める。
この時期、彼女はキャバクラで仕事を始めたことで託児所に子供を朝まで預け、アフターで飲み明かしたり、ホストにのめり込んだりしていた。それでカネが回らなくなったようだ。高野にカネを借りる理由は常に虚偽に満ちていた。
〈携帯代が払えない〉〈姉の妊娠中絶代が必要〉〈引っ越してやり直したい〉〈がんになった〉〈吐血した〉……。
高野はそれを鵜呑(うの)みにし、貯金から約150万円を貸す。さらに、頼まれるままに消費者金融2社から計100万円を借りて渡した。貸付額は、わずか2ヵ月ほどの間で約255万円にのぼる。高野は貸したカネを愛里さんが返済してくれると信じて疑わなかった。法廷での彼の言葉だ。
「(愛里さんは)騙(だま)すってことはしない。まさかしないだろうみたいに信じていました。好意があるので信じたいし、信じようとしてたみたいな感じでした」
愛里さんからの返事がパタリと止んだのは、カネを貸してから少ししてからだった。ようやく高野は騙されたのではないかと思い始めた。焦りと不安から、睡眠薬でオーバードーズをする。このことが原因で、高野は父親から叱咤(しった)されて実家を追い出された。心配した妹の協力でアパートを借りて、一人暮らしを開始。毎月の生活費が必要になった。
高野は、’23年4月から障害者用の『就労継続支援A型』の事業所で勤務を開始する。だが収入は限られており、消費者金融からの督促によって追いつめられていく。この頃、高野が愛里さんに送ったLINEである。
〈助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、お願い、お願い、お願いします。お願い、お願い、お願いします。ねえ、助けて。お金振り込んで。毎月振り込むって言ったよね。少しずつでいいからお金返してもらえないかな? お金返して。頼む〉
高野がどれだけ切羽詰まっていたかわかるだろう。
〈地獄を見せてやりたい〉
’23年夏、高野は弁護士に相談し、愛里さんに金銭の返還を求める裁判の準備を始める。後に高野は語っている。
「好きとかいう気持ちはなくなって、ただお金を返してほしいだけでした」
高野が起こした裁判は、借金を返してもらうための最後の頼みの綱だった。裁判官は愛里さんに借金返済を求めたが、彼女は手元にカネがないと主張した。交際していた所属事務所社長にも多額の借金をしており、『ふわっち』で稼(かせ)いだカネの大半はその返済に充(あ)てられているので、現金がないというのである。
高野は、愛里さんと社長が財産隠しをし、借金を踏み倒すつもりにちがいないと考えた。その思いは、大きな怒りへとなっていく。以下は、高野が友人へLINEで送った文章の一部だ。
〈もういいんだけどさ。別に俺の人生は。あいつには地獄を見せてやりたい。あいつが万が一、俺の知らない場所で金稼いでたら、許せない。バカなこと言うから、そこでまた揉めるし〉(原文ママ)
地獄を見せる行為こそが、彼女への襲撃だった。そして、高田馬場で事件は起こるのである。
’26年7月15日、東京地裁は殺人などの罪で高野に懲役16年の判決を下した。愛里さんの知人男性が次のように話す。
「ライブ配信って、女性が営業して稼ぐ″ネット版のキャバクラ″なんですよ。そのことを高野は理解していなかった」
リアルの世界では、栃木県在住のひきこもり男性と、山形県の施設暮らしの20歳下のシングルマザーが出会うことは極めて稀(まれ)だろう。だが、ライブ配信アプリがあったがゆえに、出会うことのないはずの孤独な二人が結びつき、悲劇が起きてしまった。
高野は、拘置所から私に送った手紙にこう書いていた。
「これは私個人の事件で、社会的なものではないと思っています」
だが、私にはこの事件が、社会的に弱い立場の人を丸呑みにするネットの闇を示しているように思える。 〈一部呼称略〉
『FRIDAY』2026年8月7・14日合併号より
取材・文:石井光太(ノンフィクション作家)
