水分補給だけでは熱中症は防げない…医師が指摘する「水を飲めば大丈夫」という危険な思い込み

■「水を飲んでいても、熱中症にはなりうるんです」
目が覚めるような青空と日差しに「夏が来た!」と心が躍る一方で、不安なのが熱中症だ。「しっかり水分を補給しておけば熱中症を防げる」と思っている人も多いのではないだろうか。少なくとも私はそう考えていた。
ところが体温調節や熱中症の専門家である、医師の永島計さんによれば、「水を飲んでいても、熱中症にはなりうるんです」という。
一体どういうことなのか。
そもそも熱中症は、毎年のように報じられる「高気温」によって体温が上がる……と考えている人が多いかもしれないが、本当の原因は、「私たちの体が常に作り出している熱」だと永島さんは解説する。
気温や湿度、赤外線などの環境要因や、身につけている衣服やからだの状態によって、その熱がうまく体外に放出できなくなると、体温調節が機能しなくなり、それによってさまざまな障害がおこるのが熱中症だ。
皮膚血流による体温調節がおいつかなくなると、人間は発汗機能を使って汗の気化熱で体を冷やす。だから一見すると、発汗機能を支えるために水分を摂取していれば、熱中症の症状は防げるようにも思える。
しかし永島さんによれば、健康な人でも、「発汗機能には限界がある」という。
■発汗機能が低下するとどうなるのか
「一定時間汗をかくと、発汗機能は低下して汗がかけなくなってきます。その人の健康状態や環境によって様々なので一概には言えないのですが、汗をしっかりかける人であれば、例えば1時間大汗をかくような負荷をかけると、だんだん発汗量が減ってきます」
発汗機能が低下するのは、汗をつくるのに必要なエネルギーが不足して汗腺が働きにくくなり、脳から汗腺に発汗の指令を出す交感神経の機能が落ちるからだという。特に、高齢者や子ども、血圧の薬など一部の薬を服用している人はこの発汗機能が十分に働かないことが多いので注意が必要だ。
「汗をかけなくなる状態までいくことはほとんどないです。汗をかきすぎると電解質のバランスが悪くなって脱水になったり、こむら返りのような症状が出たり、血流が増えすぎて立ちくらみがしたり、気持ちが悪くなったりしてしまいます」
永島さんによると、汗には体液の半分から3分の1程度の濃度の塩分が含まれており、発汗とともに塩分が失われるという。このため、水分とともに塩分を摂取しないと、体内の塩分濃度がうすまり、頭痛などの症状が出る。
■「強い日差し」だけではない
また、そもそも湿度が高いと、汗をかいていても体温調節ができず、脱水だけが進行するという。体の熱を放出できるのは、汗をかくことそのものではなく、汗が皮膚から気化する事で皮膚から熱を奪うからだ。
「雨の日は湿度が上がるので、逆に注意なんです」と永島さんは警告する。てっきり日差しが強い日ほど危険度が高いと思い込んでいた私のような人も多いかもしれない。
「熱中症っていうのは一義的にみるのは難しいんです。体温が上がらないと熱中症じゃないっていうのも間違っていて、脱水が進行すればそれも熱中症です。血液循環の状態や汗の状態などがトータルで保っているバランスが崩れて、汗がかけなくなったり、ぐんぐん体温が上がってしまったりするときは、もう危ない状態と言えます」
もともと外科医としてキャリアをスタートした永島さんは、術後の患者のむくみ対策をきっかけに体液調節の研究の道に進み、関連して体温調節の研究もおこなうようになった。当初はなかなか研究費がつかなかったものの、年々温暖化が進み、熱中症が社会問題化するようになると研究者も増え、永島さんは先駆的に熱中症を研究してきた第一人者となった。
深刻な熱中症になると、体の重要な臓器や組織がダメージを受け、短時間で健康状態が悪化して、死に至ることもあるという。厚生労働省の人口動態統計における熱中症による死亡数は、人口が減少傾向にあるにもかかわらず、年々増加しており、2014年と比較して、2024年の死亡者数は実に4倍にものぼっている。
年々温暖化が進む日本で、熱中症から身を守ることは、命を守ることと直結しているのだ。

■1、2時間にコップ1杯が理想
水分と塩分の摂取は熱中症対策の一つだ。最近では、子どもの部活動などで「水筒にスポーツドリンクを入れてきてください」と言われることが増えた。一方で、「甘い飲み物は禁止」と指示されることもある。
糖分の多い清涼飲料水を短期間で大量に摂取することによって引き起こされる「ペットボトル症候群(清涼飲料水ケトーシス)もたびたび話題にのぼる。さらに、スポーツドリンクには塩分も含まれる。高血圧の人など、摂取に慎重な人もいるだろう。
水分摂取の注意点とタイミングについて、永島さんは、特に大汗をかかないような状況ではスポーツドリンクを摂取する必要はないという。つまり、普段の水分補給は、水や麦茶などで問題ない。
「普通に3食しっかりごはんを食べていれば、そこから必要な塩分はとれているはずなので塩分はそんなに心配はいりません。1時間未満の軽い運動の場合も、基本的には水で十分です」
永島さんによれば、人は軽度の脱水があっても喉の渇きが起こりにくく、多くの子ども達が、体重が1%減少している程度の軽度脱水のまま生活していることも報告されている。
※出典
・Amano T, Sato K, Otsuka J, et al. Seasonal changes in hydration in free-living Japanese children and adolescents. Applied Physiology, Nutrition, and Metabolism. 2024;49(10):1387-1393. doi:10.1139/apnm-2023-0464.
・Bar-David Y, Urkin J, Landau D, Bar-David Z, Pilpel D. Voluntary dehydration among elementary school children residing in a hot arid environment. J Hum Nutr Diet. 2009;22:455-460. doi:10.1111/j.1365-277X.2009.00960.x.
そこで永島さんは「のどの渇きを感じなくとも、1、2時間に1回、コップ1杯程度の水分を摂取する」ことを推奨。そもそも一度にたくさんの水分をとることは難しいし、むしろ多量の水分を一気に摂取すると尿として排出されてしまうため、少しずつが良いという。

■汗をかいたときはスポーツドリンクが最適
一方、スポーツドリンクは、短時間に多くの発汗があるスポーツシーンなど、食事や通常の飲水では発汗によって喪失する水分と塩分を補えないような状況の際に摂取するのが基本だという。
「個人差はありますが例えば1〜2時間の運動をするときや、汗を1〜2Lかくような時は、効率的な電解質補給が必要になるので、やっぱりスポーツドリンクは有効です」
これまでなんとなく「塩分や糖分はよくないのでは?」という思いこみだけで、成分表をまじまじと見ることがなかった。実際に市販のスポーツドリンクをいくつか購入して確認すると、商品によって差はあるものの、どれもおおむね100mlあたりの塩分は0.1g程度、糖分が4〜6g含まれているものが多かった。
塩分と糖分がこの比率で含まれることで吸収効率が上がり、疲労回復にもつながるという。
※出典
・Olsen WA, Ingelfinger FJ. The role of sodium in intestinal glucose absorption in man. J Clin Invest. 1968;47:1133-1142. doi:10.1172/JCI105802.
・Shi X, et al. Effects of solution osmolality on absorption of select fluid replacement solutions in human duodenojejunum. J Appl Physiol. 1994;77:1178-1184. doi:10.1152/jappl.1994.77.3.1178.
・Gisolfi CV, Summers RD, Schedl HP, Bleiler TL. Effect of sodium concentration in a carbohydrate-electrolyte solution on intestinal absorption. Med Sci Sports Exerc. 1995;27:1414-1420.
・Gisolfi CV, Summers RW, Lambert GP, Xia T. Effect of beverage osmolality on intestinal fluid absorption during exercise. J Appl Physiol. 1998;85:1941-1948. doi:10.1152/jappl.1998.85.5.1941.
500mlのスポーツドリンクを1本飲むと、塩分はプロセスチーズ1個分、糖分は食パン1枚分程度を摂取することになる。もちろん、塩分は発汗にともなう喪失分を補うために必要だし、永島さんによれば、糖分は運動による代謝で消費されるため、相殺されやすい。
「個々の発汗量が違うので一概には言えないですが、摂取量の目安は、1時間あたり500ml〜1000mlです。発汗量に応じて調整してください。発汗量は、前後に体重を測ってみると分かります」

■発汗機能の低下にも注意を
なお、私はつい「カロリーゼロなら罪悪感がない」とカロリーゼロのドリンクを選びがちだ。しかし永島さんによれば、カロリーゼロの人工甘味料は吸収されないため、糖分と塩分の吸収率のバランスが崩れてしまうという。本当にたくさん汗をかく場面では要注意だ。
「血圧を気にしている方でも、すごく汗をかく場合には、やっぱりスポーツドリンクを補充してあげると、熱中症の症状を出さないという意味では役には立ちます」
不安に感じていたペットボトル症候群については、全国清涼飲料連合会によると、無自覚の糖尿病患者が、100gあたりの炭水化物が10g程度の飲料を1日1.5リットル以上、1カ月以上継続飲用している場合に該当するという。
糖分が100mlあたり10g以上含まれている清涼飲料水は、コーラやサイダーなどの炭酸飲料がほとんどだ。永島さんも、「ペットボトル症候群は、炭酸飲料の過量摂取に起因していると思います」という。
とはいえ、スポーツドリンクに含まれる糖分も、多量に摂取すれば糖分過多になりかねない。
「2時間以上の運動など、長時間汗をかくような場合は、スポーツドリンクと組み合わせて、その間に軽食をとれるならその方がよいです」と永島さん。例えば1時間大汗をかいて発汗機能が低下した場合は、運動を中断して休憩をとり、体を冷やして水分と電解質を補給することで、発汗機能の低下が改善することが多いという。
※出典
・Sawka MN, Young AJ, Francesconi RP, Muza SR, Pandolf KB. Thermoregulatory and blood responses during exercise at graded hypohydration levels. J Appl Physiol. 1985;59:1394-1401. doi:10.1152/jappl.1985.59.5.1394.
・Candas V, Libert JP, Brandenberger G, Sagot JC, Amoros C, Kahn JM. Hydration during exercise: effects on thermal and cardiovascular adjustments. Eur J Appl Physiol Occup Physiol. 1986;55:113-122. doi:10.1007/BF00714992.
・Armstrong LE, et al. Thermal and circulatory responses during exercise: effects of hypohydration, dehydration, and water intake. J Appl Physiol. 1997;82:2028-2035. doi:10.1152/jappl.1997.82.6.2028.
■経口補水液は下痢の時だけ
では、経口補水液はどうか。スーパーなどで購入すると、スポーツドリンクの2倍近い値段で売られているので、それだけでなんだか効果がありそうな気がしてくる。
だが永島さんによると、「汗をたくさんかいたとき用の飲み物としては設計されていない」という。こちらも改めて成分表を確認してみると、スポーツドリンクよりも糖分は少なく、塩分は多めだ。
「汗に含まれるナトリウム量は、体液の半分とか3分の1ぐらいの濃度なんです。でも下痢をした時って細胞外液量がそのままなんですね。なので、例えば1リットル下痢しちゃったら9gのナトリウムがなくなってくるので、点滴のかわりに補液するならばそれに近い塩分濃度のものを入れたいですよね。経口補水液はそういうケースを想定しているので、理論が全然違うんです。下痢をしていない限りは、基本的には経口補水液は必要ありません」
むしろ、発汗時の水分補給は、そもそも発汗に伴う体液損失を補うために成分濃度が設計されているスポーツドリンクが適切なのだ。

ここまで、日常的な水分摂取のタイミングと、スポーツドリンクの摂取方法について話を聞いた。では、普段の生活では、どのような飲み物から水分をとるのがよいのだろう。

■「水分摂取はコーヒーでも緑茶でもいいですよ」
私は、朝コーヒーを多めに淹れ、それを水筒に入れて日中も水分補給として飲むことがある。永島さんにこの可否について尋ねると、意外にも「水分摂取はコーヒーでも緑茶でもいいですよ」と返ってきた。

「普段から飲んでいて、カフェインの影響を受けにくい人ならば、薄めに淹れて水分補給にしてもらっても大丈夫です。ただそれを水分摂取のメインにするとカフェイン量が多すぎてしまうので、他の飲み物と合わせて嗜好的に摂取するのがいいですね」
ちなみに牛乳はどうだろう。「熱中症には牛乳がいい」という記事を読んだことがあるけれど、牛乳は飲み口が重たい気がして、喉の渇きが癒やされるのか、少し疑問が残る気もする。
ところが永島さんは、「牛乳には電解質も含まれてますし、いいんじゃないでしょうか。昔から銭湯にも牛乳が置いてあって、風呂上がりに牛乳を飲む習慣がありますよね。ただ、水代わりに飲んでしまうと、牛乳は結構カロリーがありますから、そこは気をつけたほうがいいかもしれません」と回答してくれた。
確かに思い返してみると、風呂上がりの牛乳は格別においしい。
ご自身は、最近はメッシも愛飲していると話題の「マテ茶」を飲んでいるそうだ。日本マテ茶協会によると、マテ茶は南米で生産されているハーブティーの一種で、カルシウム、マグネシウム、亜鉛、鉄分、食物繊維など豊富な栄養素を含み、「飲むサラダ」などと言われているそうだ。
■「そうめん」だけの食事はNG
また、永島さんによると、1日に必要な水分の半分ほどは、食事から摂取するのが理想的だという。
暑さに慣れる体をつくるための食事について尋ねると、「暑くなりきる前の季節に、積極的に運動をするなどの対策をしている前提ですが」と前置きした上で、「水分量が多く、血液量の増加につながる良質なアミノ酸とタンパク質が含まれるバランスの良い食事を心がけることが大切です」と教えてくれた。食事からナトリウムを摂取して効率的に蓄積しておくことも有効だという。

暑いからといって、「そうめんときゅうりだけ」というのは必要な栄養素が摂取できず、NGとのこと。面倒でも、鶏むね肉や魚、大豆製品や乳製品を取り入れることが大切だ。
アドバイスを聞いて、さっそく昨夜の夕食は、そうめんに合わせて急遽とり天を作り、トマトとナスのポン酢あえも添えた。枝豆も茹でようと思ったのだけれど、体力の限界だった。体を気遣って料理をするには、仕事とのオンオフを切り替えることと、心身の余裕が必要そうだ。
暑い時の水分補給に効果的なスポーツドリンクも、部活動をする子どもがいる家庭などで毎日購入すると経済的負担が大きい。永島さんによれば、コストを抑えるには、手づくりするのもオススメだという。吸収効率がよいとされるスポーツ飲料の配分にあわせて、水1Lに対して塩2gと糖分40gを混ぜ、必要に応じてレモン果汁などを加えて飲みやすくすれば簡単に手づくりできる。
3食をしっかり食べ、自分の生活スタイルや好みに応じて、必要な飲料を選択し、猛暑を乗り切りたい。

永島 計(ながしま・けい)
医師・博士(医学)。早稲田大学名誉教授、順天堂大学客員教授、バイタレート株式会社代表取締役。京都府立医科大学医学部卒業。同大学大学院修了後、国内外の大学・医療機関で臨床、教育、研究に従事した。専門は環境生理学、体温調節、運動生理学、熱中症予防。現在は、暑熱環境における人体反応の研究や、ウェアラブルセンサーを用いた体温モニタリング技術の開発に取り組んでいる。最新刊に『10代から知っておきたい熱中症の科学 酷暑からいのちを守る知恵と技術』(旬報社)がある。
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ざこうじ るいフリーライター
1984年長野県生まれ。東京大学医学部健康科学看護学科卒業後、約10年間専業主婦。地方スタートアップ企業にて取材ディレクション・広報に携わった後、2023年よりフリーライター。WEBメディアでの企画執筆の他、広報・レポート記事や企業哲学を表現するフィクションも定期的に執筆。数字やデータだけでは語りきれない人間の生き様や豊かさを描くことで、誰もが社会的に健康でいられる社会を目指す。タイ・インド移住を経て、現在は長野県在住。重度心身障害児含む4児の母。
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(フリーライター ざこうじ るい)
