「日本へ行くことに葛藤はなかった」元レアル・マドリーの22歳がJ2今治へ。決断の背景を明かす「2、3年前に比べると選択肢は少なかった」【中井卓大インタビュー|前編】
ピピの愛称で知られる中井は、2014年に10歳でレアル・マドリーの下部組織に加入。22年にはレアル・マドリーBチームのカスティージャ(3部相当)に昇格した。その後はCFラージョ・マハダオンダ、SDアモレビエタ、ラージョ・カンタブリアへのレンタル移籍で経験を積み、25年6月にマドリーを退団。同年8月からはレガネスBでプレーしていた。
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中井が今治への加入を決断するうえで、1つの大きな存在が、今年6月に今治の新指揮官に就任したアベル・モウレロ監督だ。
「初めはオファーというよりは、『室蘭キャンプに練習参加してみないか』とお話をいただきました。僕の中でも魅力的でしたし、もちろん、ずっと今治の存在は知っていました。元日本代表監督の岡田武史さんが会長を務めていることも知っていましたし、監督がスペイン人になったというニュースも見ました。
モウレロ監督が過去にアシスタントコーチとして在籍していたスペインのチームは、すべて良いサッカーをしていて、僕が好きな戦い方だったので、『面白いサッカーをするのかな』と思って行かせていただきました」
では、今夏に今治以外の選択肢はあったのだろうか。中井は自身を取り巻く状況とともに率直に答えた。
「正直、2、3年前に比べると選択肢は少なかったです。昨シーズンは12月に半月板の手術をして、4月の終盤ぐらいに復帰しました。10試合、450分ぐらいしか出ていなくて、復帰明けということもあって、ずっとスペインで結果を残せなかった状態でした。なので、オファーというよりは、『練習参加に来てくれないか』という話がありました。実際に今治も練習に参加してから決めました」
スペインを離れ、日本へ戻る決断。そこには以前から抱いていた思いがあったようだ。
「日本へ行くことに葛藤はなかったです。2、3年前ぐらいから『日本でプレーしたい』という思いがありました。今回、契約が満了し、代理人を日本のエージェントに変更してからは『Jリーグに挑戦したい』という話をしていました。カテゴリーに関係なく、とりあえず僕のプレーをみんなに見てもらいたい気持ちもありました。
それに、Jリーグから海外に行っている選手も多いです。僕はスペインで3部までしかプレーできなくて、そこから2部、1部へのステップアップが難しいと感じていたので、日本から海外に行っている人たちを見て、『僕も一度、日本に帰って活躍して、また海外に戻りたい』と思っていました。そういうところも含めて、ずっと日本でやりたかったです」
日本での再スタートも望んでいた中井。「日本人の方々は『ピピ』という存在を知ってくれていたかもしれないですけれど、どういうプレーをするのか知らないと思います」と口にしたうえで、自身のストロングポイントを語ってくれた。
「視野の広さとパスの正確さです。あと、いろんなチームに行きましたけれど、ファーストコントロールやトラップの部分では、『スペインでも優れているな』と思いました。真ん中の選手は、ボールを受ける前に首を振って周りの状態を見ることも大事です。そのうえで、僕はトラップとパスの正確さが人より優れていると思っています」
一方で、さらなる成長に向けて取り組むべき課題も明かした。
「身体は別に弱くないですし、当たられてもそんなに負けないです。ただ、体力面のフィジカルでは、もう少し頑張らないといけない。ずっと守備が問題と言っていましたけれど、守備は僕の中でそれほど課題ではないです。『良いプレーをどれだけ90分、なんなら120分続けられるか』というのが今の僕の課題です。これを克服できれば、本当にトップに行けるのかなと思っています」
スペインでの経験を武器に、まずは今治で自身の価値を証明することから始まる。
取材・文●保坂悠輝(サッカーダイジェストWeb編集部)
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