「昼の生放送中に脱いで水着に」元ミニスカポリス・大原かおり(50歳)が振り返る、今とは一味違う“90年代の芸能界”
22年ぶりとなる写真集『キケンなカオリ♡』(双葉社)では、50歳にして過去最大級の大胆な表現に挑み、大きな話題を呼んでいる。
“レジェンドグラドル”は、これまでの歩みをどう振り返り、これから何を目指すのか?
――22年ぶりとなる写真集の発売、おめでとうございます。
大原:久しぶりの写真集撮影でしたが、今はわずか2日間で一冊分を撮り終えられるので驚きました。
――かつての撮影とは、どのような点が違うのでしょうか。
大原:昔は基本的に3泊でした。当時はサイパンでの撮影が多く、私もよく訪れていました。フィルム撮影だったので、天候だけでなく雲の動きを待つこともあり、今のようにテンポよく撮影が進むことはなかったんです。
――デジタル撮影なら、明るさなどを撮影後にある程度調整できますよね。
大原:当時は景気が良かったので撮影とは別に予備日が1日設けられていたり、現地に到着してすぐ撮影を始めるのではなく、免税店に連れて行ってくれたり、現地のTシャツを買ってくれたりと、女の子のテンションをより一層上げてくれたりもしていました。
◆簡単に修正できないからこそ…
――今では考えにくい、ぜいたくな撮影ですね。
大原:そうして翌日から撮影に臨むという流れでした。撮影が終わると、毎晩スタッフ全員で豪華な夕食を食べに行きましたし、とても楽しかったですね。
――モデル本人は体を絞っているため、自由に飲み食いするのは難しかったのではないでしょうか。
大原:スタッフの皆さんは大いに楽しんでいました(笑)。モデルはもちろんですが、スタッフさんも一日中気を抜けませんからね。まずポラロイド写真を撮り、現像されるまで1分ほど待ちます。写真を振ったり温めたりしながら仕上がりを確認し、「もう一回撮ろう」となれば、また同じことの繰り返しです。
――今のように、後から簡単に修正することもできません。
大原:どれだけかわいくて若い子でも、笑えば目尻にシワができますよね。当時は、そうした部分を後から直すことはできませんでした。アザなども、そのまま写ってしまいます。だから、スタイリストさんやメイクさんも、撮影中はずっとモデルの状態を見ていなければなりませんでした。カメラマンさんも、写真全体の雰囲気だけではなく、腰にシワが寄っていないか、眉間に力が入っていないかまで細かく見ていました。
◆スカウトから始まった芸能界入り
――そもそも、大原さんはどのようなきっかけで芸能界に入ったのですか。
大原:六本木に遊びに行った際に、スカウトマンの方に「君はおっぱいが大きいから芸能人になれるよ」と言われたんです。思わず、「おっぱいが大きいと芸能人になれるんですか?」と聞き返したら、「なれるよ」と言われました(笑)。
――本当になれましたね。それまでは、どのような生活を送っていたのでしょうか。
大原:高校を卒業し、八王子の高級ステーキ店でアルバイトをしていました。私は「部長」になるのが夢だったので、本気で部長を目指していたんです。
――社長ではなく、部長だったんですね。
大原:責任の重さが違いますからね。ちなみに、その店の制服はタイトな黒いスカートに白いシャツだったので、胸の大きい私は、もうパツパツでした。
――少し怪しいお店にも聞こえますが……。
大原:違います。普通のステーキ店です(笑)。ちょっと怖そうなお客さんから「あの子に全部持ってこさせて」と言われて、帰り際にチップのようなものをいただくこともありました。
