「なんてものを見せられたんだ…」大人は困惑、子どもはキョトン 「映画ちいかわ」は観客を無傷で帰さない
エンドロールが終わり、館内が明るくなる。だが、立ち上がる客はまばらだった。高揚感ではなく、戸惑いを含んだざわめきと、目の前で起きた物語をどう消化していいかわからない沈黙が、劇場を包んでいた。
客席の半分以上は子ども連れの親子である。キョトンとした表情を浮かべる子どもの横で、「何てものを見せられたんだ」とでも言いたげな顔をした親が、あちらこちらにいた。
かくいう私も、すっかり打ちのめされていた。原作マンガで結末まで知っていたはずなのに、見終わった後、胸の奥にどすんと重いものが残っていた。
『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』は7月24日、全国447館で公開された。前編では『ちいかわ』の魅力を「我々と変わらず、ひたむきに労働に勤しみ、ささやかな暮らしの中で幸せを見つける姿への共感」だと書いた。では、この映画版は何なのか。

あえて言えば、『ちいかわ』の皮をかぶった横溝正史的な因習村ミステリーである。しかも、その後味は徹底してイヤミスだ。
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【写真を見る】決して「かわいい」からではない…東アジアの人々をも虜にする「ちいかわ」の魅力とは
今回映画化されたのは「セイレーン編」と呼ばれる、原作でも屈指の人気ストーリーだ。ちいかわたちは「報酬100倍」「限定ラーメン」のうまい話に釣られ、南の島へと出かけるが、一見のどかな島には、人魚をめぐる秘密が隠されていた。
日常から離れたちいかわたちを待っていたのは、わくわくする冒険譚ではない。繰り返される犠牲。被害者と加害者を簡単に切り分けることのできない重苦しさ。そして明かされる陰鬱な真実。夏休みのファミリー向け映画から想像されるものとは、あまりにもかけ離れている。
『ドラえもん』に代表される夏休みのアニメ映画は、長らく友情の尊さを描いてきた。だが本作は違う。ここで描かれるのは、友を思う気持ちから起こした行動が、別の誰かを傷つけてしまう悲劇と、その取り返しのつかなさだ。ハチワレは作中で何度も「正しいの?」と問いかける。しかし映画は、わかりやすい正解を用意してくれない。
終盤、無邪気な存在として描かれてきたちいかわが、ある真実を胸に抱え、否応なく一歩大人になる場面がある。そのあまりに苦い瞬間に、私は思わず落涙した。
本作が非凡なのは、これだけ重い問いを突きつけながら、決して説教くさくならない点だ。愛らしいキャラクターと簡潔な物語だからこそ、観客は理屈で逃げることができず、割り切れなさをダイレクトに味わうことになる。映像化によって容赦のなさはむしろ増幅されており、原作者であり今作の脚本を務めたナガノ氏のストーリーテラーとしての力を、改めて思い知らされた。
映画ならではのクオリティ
一方で、映画版ならではの娯楽性もしっかりと備えている。
どの場面を切り抜いてもキャラクターは愛らしく、そしてとにかくよく動く。テレビアニメ版とは別物と言っていいほどだ。テレビシリーズを手がけてきた動画工房に代わり、本作のアニメーション制作を担当したのはサイピク。監督は『ウマ娘 プリティーダービー』シリーズの及川啓氏が務めている。
劇場版ならではの美しい自然の背景美術が加わることで、画面のダイナミズムと特別感は格段に増した。かわいい絵柄を一切崩さないまま、セイレーンの不気味さと恐ろしさをきっちり表現してみせた造形も見事だ。とりわけ島二郎がアクションで見せる勇姿は、この映画のために用意された最大の見せ場のひとつだろう。
音の設計も素晴らしい。うさぎのラップパート、セイレーンの歌声、そして聴くたびに意味合いを変えていく「今日の日はさようなら」。終盤のあるシーンでの生々しい打撃音に至っては、思わず身がすくんだ。スクリーンの拡大とともに、楽しさも哀しさも同じだけ引き延ばされている。
制作を担ったサイピクは、サイバーエージェントグループのアニメーションスタジオだ。近年は『ウマ娘 シンデレラグレイ』『アポカリプスホテル』といった話題作を手がけ、2027年4月には『週刊少年ジャンプ』の人気連載『カグラバチ』のテレビアニメ化も控える。劇場長編としては2作目となる本作のヒットで、その手腕への評価はさらに高まりそうだ。
興行も好調だ。配給の東宝の発表によれば初日興行収入は9.9億円で、興収100億円が狙える好スタートを切った。メディアによる報道も日に日に増えてきている。
「カメ止め」「オトナ帝国」にも通じる…
この作品は、面白さも凄みも、ネタバレなしには語ることが難しい。結果として、見た人はSNSに「何かは言えないけど、とにかく見て」と書き込み、未見の人は何が面白いのか説明されない分、かえって知りたくなる。2017年の『カメラを止めるな!』が起こした口コミの構図とよく似ている。
さらに、未見の人にとって『ちいかわ』はまだまだかわいらしい子ども向けアニメ作品である。その前提と、伝え聞く評判とのギャップそのものが興味を引く。人は作品の入り口と出口が違えば違うほど、強い衝撃を受けるものだ。子ども向けと見られながら「大人が泣ける」としてヒットした原恵一監督『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』(2001年)を彷彿とさせる構図である。
楽しかった。かわいかった。感動した。
映画『ちいかわ』は、そうした言葉だけでは到底言い表せない、割り切れない感情を観客に持ち帰らせる。子どもによってはトラウマになりかねない作品だが、もしかしたら大きなショックを受けたのは、子どもよりも大人の方かもしれない。
優れた映画とは、観客を無傷のまま劇場から帰すものではない。心を揺さぶり、ときに傷つけ、その傷口から新しい感情や価値観を芽生えさせる。
帰り道、子どもから「結局、誰が悪かったの?」と聞かれた親たちは、さぞかし苦労したに違いない。その苦労こそが、この映画が誠実に創作と向き合った証だ。
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【記事前編】では、大人や男性をも引きつけ、東アジア各地にも広がる「ちいかわ」人気の秘密を解説している。
徳重龍徳(とくしげ・たつのり)
ライター。グラビア評論家。ウェブメディアウォッチャー。大学卒業後、東京スポーツ新聞社に入社。記者として年間100日以上グラビアアイドルを取材。2016年にウェブメディアに移籍し、著名人のインタビューを担当した。その後、テレビ局のオウンドメディア編集長を経て、現在はフリーライターとして雑誌、ウェブで記事を執筆している。著書に日本初のグラビアガイドブック「一度は見たい! アイドル&グラビア名作写真集ガイド」(玄光社)。noteでマガジンを連載中 X:@tatsunoritoku
デイリー新潮編集部
