ちいかわはかわいいから愛されているのではない…(写真は著者私物)

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 映画「ちいかわ 人魚の島のひみつ」が7月24日に公開された。公開2日間で興収15億円・動員106万人と大ヒットは間違いなしと言われている。愛らしいキャラクターのちいかわだが、子供だけでなく大人のファンも多い。かくいう40歳を超える“ちいかわオジさん”である筆者も、この公開を待ち望んでいたファンの一人だ。いまやちいかわの人気は国内だけに止まらず、台湾、韓国、中国と東アジア全体に広がっている。なぜ、これほどまでに人々を熱狂させるのだろうか。前編ではその人気の秘密を分析した。

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ちいかわ(なんか小さくてかわいいやつ)」はイラストレーターのナガノ氏が生み出したキャラクターで、2020年にX(旧Twitter)で連載が開始されると瞬く間に人気となり、現在、アカウントのフォロワー数は489万人を超える。さらに2022年4月から「めざましテレビ」(フジテレビ)内でショートアニメの放送がスタートすると、ファン層はさらに広がり、YouTubeでの見逃し配信再生回数は5億回を突破している。

ちいかわはかわいいから愛されているのではない…(写真は著者私物)

 ことし6月には「日本キャラクター大賞2026」で3年連続のグランプリに輝いた。これは「ポケットモンスター」「ONE PIECE」もなし得ていない記録で、名実ともに日本トップの人気キャラクターといえる。2025年にマクドナルドとコラボした際には、あまりの人気に当初の予定よりも前倒しで販売を終了し、その後コラボ景品が高額で大量転売されたことで社会問題となったほどだ。

 なぜこれほどまでに「ちいかわ」は人々を惹きつけるのか。愛らしいキャラクターデザインが人気の理由の一つではあるが、人々の心を掴んでいる理由はむしろストーリーにある。

現実社会に通じる世界

 主人公であるちいかわやハチワレたちが住む世界は、お菓子などの食料が自生するが、決して夢の国というわけではない。生活のため、欲しいものを得るために、草むしり、レモンへのシール貼りといった労働で報酬を得ている。つまり社会で働く多くの人と同じ存在だ。

 さらに、ちいかわたちの世界には様々なモンスターが存在し、それらを討伐するという危険な仕事も存在する。しかし討伐されるモンスターにも秘密が隠されている。実はモンスターは、この世界の住人が強さを求める気持ちなど自分の欲求に負け、変化した姿なのだ。モンスターに変わる可能性があるのは、ちいかわやハチワレといった主人公たちも同じで、自分や友達がモンスターに変わる悪夢にしばし悩まされる。こうしたファニーな世界にチラつく闇は作品の大きな魅力となっている。

 臆病ですぐ泣くちいかわの折れやすい心をいつも支えてくれる友人のハチワレにも陰がある。ちいかわが懸賞で当たったという屋根のしっかりある家に住むのに対し、ハチワレの住む家は洞窟で、家具は常にボロボロ、さらに皿にはヒビが入るなど徹底して貧しく描かれている。ハチワレが貧しいことを気にしている様子は描かれないが、読者としてはなんだかモヤモヤした気持ちになる。

 現実の厳しさをつきつけるからこそ、感動する場面も多い。ちいかわとハチワレの2人の友情はその代表的なものだろう。

 ある日、ちいかわは「草むしり検定」という資格を受けようとする。資格をとればアルバイトの収入が上がるからだ。それを聞いたハチワレも一緒に受けることにする。お互い一生懸命勉強はするのだが、先に勉強していたちいかわは落ち、ハチワレだけが合格してしまう。ハチワレは自分だけ合格しても喜ぶことができず悩み、一方ちいかわも自分が落ちた悲しみと、友達を祝いたい気持ちの間で揺れる。それでも決意したちいかわは、最終的にハチワレの形をしたクッキーを持って合格を祝う。

ちいかわ」の優れた点は単純な友情の美しさだけではなく、喜びたいけれど喜べない、祝いたいけれど祝えないという葛藤をきちんと描いていることだ。こうした単純には割り切れない感情は、社会に生きる我々にも共感できる。ちいかわが利他の精神を見せるからこそ感動を呼ぶ。

 ちいかわは引っ込み思案で苦労や傷つくことも多いキャラだ。それでも友達であるハチワレやうさぎに支えられながら、仕事帰りに一緒に食べるラーメン、日常のたわいのない会話など、ささやかな暮らしの中で幸せを見つけ、ひたむきに健気に生きている。

台湾、韓国、そして中国も「胸に刺さりながら心温まる」

 作家の村上春樹はエッセイの中で、暮らしの中にある小さいけれど確実な幸せのことを「小確幸」と名付けたが、ちいかわの物語は世界の残酷さを描くことで、この「小確幸」がより浮き彫りになっている。ちいかわは日本社会で働く我々の映し鏡と言える。だから大人こそ共感を覚えずにはいられず、男女問わず広い世代の心を打つのだ。

 村上春樹が使った「小確幸」は、日本ではそこまで浸透していないが、台湾、中国や韓国といった東アジアの国々では流行語にもなった。そして面白いことにこれらの国では「ちいかわ」が大人気なのだ。ちいかわのコラボグッズが発売となれば、日本以上の激しい争奪戦が繰り広げられている。

 台湾のエンタメメディア「噓!星聞」は2024年の記事の中で、ちいかわの世界を「人生の縮図」と評した。生活のために働かねばならず、努力が必ず報われるとも限らない。自分とはまるで違う姿の生き物が、それでも同じ現実に向き合っている姿に読者は共感し、心を救われるのだという。韓国の経済紙「アジア経済」も2023年の記事で、討伐を終え、受け取った報酬でうまいものを食べて一日を締めくくる姿を「まさに社会人そのもの」と書いている。

 そして2024年、中国の人民日報は、中国のちいかわ人気についてこう書いている。

「無邪気な顔をした小動物たちも、労働で生計を立て、狭い部屋に住み、試験に落ちるといった現実からは逃れられない。しかし彼らは楽観と勇気、そして友情をもって、それを数々の小さな幸せ(小確幸)へと好転させていく。この、胸に刺さりながら心温まる設定が、多くの若者の感情的な共感を呼んでいる」(筆者訳)

 このように東アジア各地のメディアも、懸命に働いて、だが報われないことも多く、それでも小さな幸せを見つけるちいかわの物語が人気の理由だと評している。ちいかわは日本社会の映し鏡であると同時に、東アジアに生きる我々の映し鏡でもあるのだ。

 国を問わない共感は、性別も超えるということなのだろう。2022年10月〜2023年9月に行われたヴァリューズ「Dockpit」の検索ログ調査によれば、ちいかわを検索したユーザーの内訳は男性約35%、女性約65%だった。これは「おぱんちゅうさぎ」「コウペンちゃん」などほかのキャラクターと比較した中で、ちいかわは最も男性比率が高いという結果である。同様に男性ファンが多いことは中国や台湾などでも報じられている。かわいさによる癒やしだけでなく、働いても報われないことのある社会で、それでも日々を生きていく者たちの共感に満ちているからだ。

 ちいかわはかわいいから愛されているのではない。かわいい彼らが、我々と同じ現実を生きているから愛されているのだ。

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【記事後編】では、“観客を無傷では帰さない”公開中の劇場版について解説している。

徳重龍徳(とくしげ・たつのり)
ライター。グラビア評論家。ウェブメディアウォッチャー。大学卒業後、東京スポーツ新聞社に入社。記者として年間100日以上グラビアアイドルを取材。2016年にウェブメディアに移籍し、著名人のインタビューを担当した。その後、テレビ局のオウンドメディア編集長を経て、現在はフリーライターとして雑誌、ウェブで記事を執筆している。著書に日本初のグラビアガイドブック「一度は見たい! アイドル&グラビア名作写真集ガイド」(玄光社)。noteでマガジンを連載中 X:@tatsunoritoku

デイリー新潮編集部