ニューヨークの空の玄関ジョン・F・ケネディ国際空港に設置されたW杯の看板。自由の女神も泣く?W杯となった(写真=筆者撮影)

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◆スラム街でサッカーに興じる少年……貧富の差を問わないスポーツ
サッカーの王様・ペレが生まれ育ったブラジルで、取材協力者への手土産にサッカーボールを持って行ったことがある。南米で偽ドル札の取材を進めるうちにリオデジャネイロの「ファベーラ」と呼ばれる大規模スラム街に突き当たった。よそ者が入り込む余地が極めて少ないこの地では、取材となると住民の協力が欠かせない。この取材での相棒だったブラジル人カメラマンに「ファベーラ」に住む友人がいたので、骨を折ってもらうことにした。謝礼について相棒に尋ねたら「サッカーボールを1つ買ってあげればいい」と言われた。多額の現金を要求されるのではないかとひやひやしていたが、胸をなでおろしてサッカーボールを買い求め、先方の気が変わらないうちにと、その足で「ファベーラ」に向かった。

隣家で調理されている煮物の匂いが漂う部屋の中で、協力者の7歳の1人息子にサッカーボールを差し出すと、目を見開いて喜んだ。ボールを受け取った少年は私の手を握り山の斜面にへばりつくようにある「ファベーラ」の急な階段を駆け登り始めた。ぜいぜい言いながら少年に引っ張られていくと、中腹に子供用のサッカーグラウンドがあった。

自分だけのボールを初めて手にした少年は、満面の笑みでシュートやドリブル、ヘディングを披露してくれた。さすがはサッカー王国の少年だ。ボールが身体の一部のように見えた。

後から父親と相棒が登ってきた。元サッカー少年の2人も目を輝かせ、少年からボールを奪った。負けまいと少年は2人に食らいつきボールを取り返した。3人でのサッカーは夕暮れまで続いた。

「ボール1つでみんなが夢中になれる。1人でも、2人でも、3人でも、11人いなくてもいいんだ。ボールの前ではみんな平等だから、貧乏のどん底にいても、息子は明るく生きている」

父親は息を弾ませながらこう話した。サッカーが「ファベーラ」で細々と暮らす家族を支えていた。

これほどまでに世界の隅々までプレーされているスポーツは、サッカーのほかにない。寒い国も、暑い国も、紛争地でも、平和な地でも、富める者も、貧しい者も、1つのボールがあればサッカーが始まり「実力」だけで競い合うことができる。ワールドカップ(W杯)サッカーが、オリンピックを超えた世界最大のスポーツイベントとして人々を熱狂させるのは、サッカーに多様性と平等性があるからだ。「ファベーラ」での笑顔は、サッカーの真の魅力を教えてくれた。

あれから15年以上の歳月がたち、建国250年のアメリカでW杯を追った。そこで見たサッカーは政治とカネにまみれ、アメリカという1つの国の価値観に染められていた。

◆大会準備期間から度々大統領と親密な関係を築いてきたFIFA会長

需給関係が瞬時に価格に反映される「ダイナミックプライス」の導入で、チケット価格は高騰した。決勝戦の最も安いチケットは1枚8900ドル(約144万円)と金持ちのための決勝戦になってしまった。「ダイナミックプライス」はアメリカの流通業界が主導する価格決定プロセスである。

決勝戦では、アメリカンフットボールの王者を決める「スーパーボウル」さながらのハーフタイムショーがピッチ上で行われた。マドンナやシャキーラ、ジャスティン・ビーバー、BTSら世界的スーパースターが歌や踊りを披露した。W杯としては初めてのことで、サッカーのルールを定める国際サッカー評議会(IFAB)が決めた15分というハーフタイムの時間を軽々とオーバーしてしまった。通常のサッカーの試合ではハーフタイムの15分は厳格に守られ、違反チームには罰則もある。ところが、サッカー界の頂点を決める試合で「アメリカ流」のエンターテイメントを割り込ませるために、ルールはいとも簡単にねじ曲げられた。