チケット最安144万円、トランプ介入で赤カード撤回…「政治とカネ」にまみれた米国W杯の理不尽すぎる現実
サッカーの王様・ペレが生まれ育ったブラジルで、取材協力者への手土産にサッカーボールを持って行ったことがある。南米で偽ドル札の取材を進めるうちにリオデジャネイロの「ファベーラ」と呼ばれる大規模スラム街に突き当たった。よそ者が入り込む余地が極めて少ないこの地では、取材となると住民の協力が欠かせない。この取材での相棒だったブラジル人カメラマンに「ファベーラ」に住む友人がいたので、骨を折ってもらうことにした。謝礼について相棒に尋ねたら「サッカーボールを1つ買ってあげればいい」と言われた。多額の現金を要求されるのではないかとひやひやしていたが、胸をなでおろしてサッカーボールを買い求め、先方の気が変わらないうちにと、その足で「ファベーラ」に向かった。
自分だけのボールを初めて手にした少年は、満面の笑みでシュートやドリブル、ヘディングを披露してくれた。さすがはサッカー王国の少年だ。ボールが身体の一部のように見えた。
後から父親と相棒が登ってきた。元サッカー少年の2人も目を輝かせ、少年からボールを奪った。負けまいと少年は2人に食らいつきボールを取り返した。3人でのサッカーは夕暮れまで続いた。
「ボール1つでみんなが夢中になれる。1人でも、2人でも、3人でも、11人いなくてもいいんだ。ボールの前ではみんな平等だから、貧乏のどん底にいても、息子は明るく生きている」
父親は息を弾ませながらこう話した。サッカーが「ファベーラ」で細々と暮らす家族を支えていた。
これほどまでに世界の隅々までプレーされているスポーツは、サッカーのほかにない。寒い国も、暑い国も、紛争地でも、平和な地でも、富める者も、貧しい者も、1つのボールがあればサッカーが始まり「実力」だけで競い合うことができる。ワールドカップ(W杯)サッカーが、オリンピックを超えた世界最大のスポーツイベントとして人々を熱狂させるのは、サッカーに多様性と平等性があるからだ。「ファベーラ」での笑顔は、サッカーの真の魅力を教えてくれた。
