【新米2000円台は幻】コメ余りでも安くならない…農協の「売り渋り」と消費者無視の利権

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値下がり阻む農協の「売り渋り」

コメ5キロの価格がようやく3500円を切った。

農林水産省の17日の発表によると、全国のスーパーで7月6日〜12日までに販売されたコメ5キロ当たりの平均価格は3403円。販売数量の8割近くを占める銘柄米は3455円。銘柄米の平均価格が3500円を下回ったのは、2年ぶりのことだ。

農水省の試算では、’25年産の生産量は747万トンで、需要見通しは691万〜704万トン。’24年の「令和の米騒動」から一転、’25年産米は余っている。

需給バランスだけ見れば、米価はもっと下がっていいはずです。そうならないのは、一部の集荷業者にブレーキがかかっているからでしょう

農業経営学を専門とする宮城大学の大泉一貫名誉教授はそう切り出した。

農水省が先月30日に発表したコメの5月末の⺠間在庫量は223万トン。農協などの集荷業者が、5月末までに卸売業者に販売した’25年産米は過去最低の132万トン。販売が停滞し、集荷業者が大量の在庫を抱え込む状態となっている。

「ブレーキがかかっている」とはどういうことだろう。

昨年、当時の江藤(拓)農水大臣の指揮下で、政府備蓄米が31万トン放出されましたね。この備蓄米の売り渡しは競争入札で行われ、約9割をJA全農(全国農業協同組合連合会)が落札した。備蓄米の入札は、政府が原則1年以内(後に5年以内へ延長)に同品質・同量のコメを買い戻すという条件つきだったんです。

ということは、農協が現在抱えている在庫に関しては、政府が買い上げる可能性がある。そうなれば、農協の在庫は縮小します。

全国の農協はこれから、農水省に対して『コメが余って在庫が山積みだ。安値で卸せば米価が暴落する』と訴え始めるはずです

今月7日の参議院農水委員会では、地元の農協から政府への働きかけを請われたのか、与野党議員らが鈴木憲和農水相に対し、政府備蓄米の早期買い戻しを迫ったようだ。

農協が政府に対して備蓄米の買い戻しをせかすのには理由がある。

農協が在庫を自力で処分しようとすれば、損切りして安値で卸すしかない。そうすると’25年産米の市場価格は下がります。農協としては、国に引き取らせることで、価格を下げずに在庫をはけさせたいわけです

救済なき業者の「古米」大損切り

在庫の過剰分を政府に買い取ってもらう農協は、大きな痛手を負わずに済むだろう。が、問題は政府の救済網から漏れる農協以外の集荷業者だ。’25年産米の在庫は新米が出回ると「古米」になる。その前に、中小の卸業者は損切りしてでも在庫をはき出さざるを得ない。

通常であれば、8月から10月にかけてスーパーに並ぶコメは、古米から新米へと徐々に切り替わっていきます。今年は卸業者が新米の仕入れを遅らせるため、古米との切り替わりがずれ込む見込みです。新米のシーズンになっても、古米が多く出回るんじゃないでしょうか。

スーパーは10月まで、必死に’25年産米を売らないといけない。店頭価格は安くなっていくでしょうね

気になるのはその価格だ。どのへんまで安くなるのだろう。

コメ農家の今の経営状況と需給バランスを考えると、5キロ当たりの平均価格は3000円くらいが落としどころだと思います。9月に向かって3000円を割る可能性もなくはない。5キロ2980円のコメが店頭に並ぶかもしれません」

高市早苗首相は17日の参院予算委員会で、備蓄米買い戻しのタイミングについて「今後の需給状況を見定めた上で、農水省で適切に判断されると思う」と述べた。だが一方で、高市首相は物価高対策に逆行するとして「買い戻しを拒否」しているとの報道もある。

「政府が備蓄米の買い戻しをしないのであれば、価格はさらに下がる可能性が出てきます」

米価を操る政府介入のカラクリ

では、秋から出回る’26年産の新米の価格はどうなるのだろうか。「昨年(5キロ4000円台)より安くなる見通し」との予測も出ているが、家計が大助かりするほどの価格まで下がると見るのは早計かもしれない。新米の価格を下落させないための、政府や農協による「高値維持」の包囲網がすでに敷かれているようなのだ。

鈴木農水大臣は『価格はマーケットで決まるもの』と言いますが、今の日本には、本当の意味での自由なコメ市場は存在しません。コメの小売価格は、農協が集荷の際に農家に仮払いする『概算金』と、農協が卸業者に販売する際の『相対価格』に応じて決まります。実質的に米価をコントロールしているのはJA全農です。

そこに介入するために政府はこの春、『コスト指標』というものを打ち出しました

コスト指標は、肥料費や労働費などの「生産」コストから「集荷」「卸」「小売り」までの各コストを積み上げて算出したもので、利潤は含まない。農水省が食料システム法に基づき、米穀安定供給確保支援機構(米穀機構)に作成させた。

同機構が公表した4月時点のコスト指数は、玄米60キロ当たりの生産コストが2万535円。これに集荷、卸売り、小売りの各経費を上乗せした合計コストが3万412円。さらに、玄米から精米への歩留まりを「0.9」に設定し、精米5キロ当たりのコスト指標を2816円と算定している。

政府がコスト指標を打ち出した狙いと思惑はこうだ。

農水省は、『60キロ当たり2万535円ぐらいの生産費がないと、農家の経営は成り立たない』と考えたんでしょう。それで、農家のコストを上乗せした価格を正当なものとして受け入れるよう卸業者や小売り、消費者に促すために作ったのがコスト指標。真の狙いはコメ農家の保護です

実際、コスト指標には、特定の農家を守るための作為的な算定方法が用いられている。

コスト指標は、作付面積3ヘクタール未満の小規模農家の非常に高い生産コストを基準に計算しています。この規模の農家が作っているコメは、全国の生産量の3割。

つまり、農水省は生産性の低い零細農家を延命させるために、需給バランスを無視した高値を維持しようとしているんです

新米の底値固める政府の「圧力」

農水省は政府備蓄米の買い入れを2年ぶりに再開し、通常は1月から始めるところを、’26年産の買い入れ入札を4月14日に実施。6月までに予定していた全量に当たる20万7521トンを落札した。

買い入れ価格は公表されないが、玄米60キロ当たり2万500円前後とみられている。大泉名誉教授は「農水省は自ら設定したコスト指標の生産コスト2万535円を買い入れ価格の指標にしたのだろう」と指摘する。

政府備蓄米の買い入れ価格は、今まで60キロ当たり1万5000円を超えたことがありません。ところが今回は、2万500円で買い入れた。これは『市場に流通するコメは、これより高い金額で取り引きせよ』という、買い手に対する無言のメッセージにほかなりません

備蓄米の買い入れ価格は農協が農家に支払う概算金の指標とされる可能性がある。

これまでそうだったように、概算金はだいたい備蓄米の価格より2000円から3000円高く設定されると思います。今回、2万500円で落札したということは、概算金は2万3000円から2万4000円になります。

農水省はおそらく、新米の最低価格として、この程度の水準を維持したかったんでしょう。

それを実現するためにコスト指標を作り、備蓄米の買い入れ価格を2万強に設定して『底値』を固定した。高値安定のために政策的な介入をしたともいえるわけです

概算金が2万3000円〜2万4000円だとすると、’26年産米はいくらぐらいになるのだろう。今年の新米も、銘柄米は4000円を超えるのか。

最近、新米の出回りが遅くなるのを見越して、全国各地のJA全農や農協が『概算金の〈最低保証価格〉は保証できない。2万円も出せない』と言い始めています。これに対して農水省は、JA全農との合意を盾に、コスト指標に沿った概算金の支払いを強く迫っている。

今まさに、JA全農・農協・農水省の“グループ内”でせめぎ合いが起きているんです。政府介入価格と実際の需給状況の狭間で、’26年産米の概算金がどのあたりに落ち着くか、農協とJA全農にとっては非常に頭の痛い状況にあります。

仮に概算金が2万4000円前後であれば、小売価格は5キロ3500円を割り込む計算になる。しかし、備蓄米の買い入れ価格2万500円が底値として機能している以上、そこから極端に安くなることはありません。

もし3500円を切るコメが出てきたとしても、それは一部の雑銘柄に限られます。新米の銘柄米が4000円を下回るかどうかは、せめぎ合いの結果次第ということになるでしょうね

保身と利権…消費者無視の高値

米価高騰の影響により、この1年で「コメ離れ」は確実に加速している。

このまま米価が高止まりすれば、間違いなくコメ離れは進みます。どうするのか。

農水省は今、〈水田活用の直接支払交付金〉約3000億円を使い、主食用米を減らして他の作物へのシフトを勧める転作奨励のキャンペーンを張って、全国各地でJAグループと連携して説明会を開いています。国民のコメ離れに対して、高値維持のために生産過剰にならないようにする本末転倒の政策を進めているわけですよ

巨額の国費を投じた米価下落を阻止するための転作奨励策。農水省と農協の意図は、農家救済などでは決してない。

まず農協は、米価を高くすることによって、農家全体の85パーセントを占める零細農家を抱え込みたい。理由は2つあります。

農協は『農業者の協同組合』であり、だからこそ本来の農業指導や購買事業に加えて金融・保険業を兼業できる特権を認められています。しかし今は、組合員の半分が農家ではない準組合員。これ以上農家が減ると組織の体裁を保てず、特権を失うことになりかねない。

もう一つの理由は、運営資金の保持です。農協の経営は、農産物を売ることで成り立っているわけではありません。兼業を含む多くの農家が預けた巨額の預貯金を日本最大の投資銀行である『農林中金』に集め、そこから得られる莫大な配当金で運営資金を賄っている。また、JA共済(全国共済農業協同組合連合会)からの収益も大きいものがあります。

農協としてはどうしても、兼業農家をつなぎ止めたい。米価維持がいまだに、そのための効果的な手法になっているんです。

そして、農協の思惑にべったりと寄り添っているのが、政治家と官僚。自民党の農水族議員は、農協に動員してもらう『農民票』が何よりほしい。だから減反や高米価を掲げて農家を保護するポーズをとる。農水官僚は、政治家が喜ぶ政策や予算をひねり出すことで、自らの出世や退官後のポストを確保したいわけですよ。

要するに、彼らが守りたいのは日本の農業でも農家でもない。自分たちの組織や地位の存続のためには、日本のコメも食料安全保障もどうなってもいい。そう言わざるを得ない行動様式を見せています

「今の農水官僚は自ら正しい判断を下す能力を持ち合わせていない」と、大泉名誉教授は嘆く。続けて「彼らの思考停止は、時の政権への忖度を繰り返してきた結果」と指摘する。

食料・農業・農村基本法が制定された後の’00年以降、日本の農業政策は補助金漬けの『保護農政』から、効率性を重視する『成長農政』へ舵を切ったはずでした。しかし、その後の歴代政権の中で、7年おきに成長農政と保護農政がひっくり返った。昨年は石破内閣から高市内閣に交代したとたん、『増産』から『需要に応じた生産』へと方針が180度変わりました。

農水官僚たちはその度に、相反するコメ政策の間で右往左往させられてきたわけです。これでは、官僚としての思考力を失くしてしまうのも無理はありません

政治家、農水官僚、農協、彼らの目線の先にあるのは常に身内の都合だけ。主食であるコメの価格高騰にあえぐ消費者の暮らしなど、まったく眼中にないのだろう。

農業者票がほしい政治家、組織防衛に走る農協、そして彼らにおもねる農水官僚の三者がつくる利権の壁が、本来あるべき需給による価格形成を阻んでいる。この根深い利害関係を打破しない限り、『日本のコメ』に明るい未来はありません

大泉一貫(おおいずみ・かずぬき)農業経済学者、宮城大学名誉教授。1949年、宮城県生まれ。東京大学大学院農業系研究科修士課程修了。宮城大学教授、同副学長などを歴任。著書に『日本農業の底力』(洋泉社)『希望の日本農業論』(NHK出版)『フードバリューチェーンが変える日本農業』‎(日本経済新聞出版)など。

取材・文:斉藤さゆり