残念ですが、連帯保証人から回収できません…不動産オーナー、賃借人の家賃滞納で絶体絶命!? 理由は気軽に使い回した「過去の重要書類」【弁護士が解説】
賃貸借契約を長年続けていると、契約更新もルーティン作業になりがちです。しかし、契約の更新時に同じ契約書のひな型を使い回していると、最新の法改正に対応していないことで、大変なリスクをはらむ懸念があるのです。今回は、令和2年民法改正で改正された「極度額」のルールとその重要性について、事例をもとに解説します。※プライバシー保護のため、登場人物や事案概要を一部変更しています。
大家が賃借人を信頼していた「もう一つの理由」
一棟マンションを保有する佐藤一郎さん(仮名・68歳)は、15年以上にわたり、鈴木健介さん(仮名・65歳)が営む電気店へ、マンションの1階部分を店舗として貸し出していました。
健介さんは地域に根差して営業を続ける個人事業主で、一郎さんとの関係も良好です。多少家賃の支払日が前後することはあっても、大きなトラブルはなく、一郎さんも「これからも長く借りてもらえれば」と考えていました。
一郎さんが安心して物件を貸し続けていられた理由は、もう一つあります。
健介さんには、連帯保証人が付いていました。保証人を務めていたのは、健介さんの親戚でもある正太さん(仮名・75歳)。こちらも地元で長年個人事業を営み、資産もある信用の厚い人物でした。取引先とトラブルになったという話もなく、一郎さんも、正太さんが保証人なので安心できたのです。
連帯保証人の変更「契約書、ひな型のままで問題ないだろう」
そんななか、令和3年、正太さんは高齢となったことを理由に事業を長男の正樹さん(仮名・37歳)へ引き継ぐことになり「保証人も父から息子へ変更させてもらいたい」という話になりました。
賃貸借契約を締結してから15年以上経過していたこともあるため、一郎さんは、改めて賃料なども見直すことにし、健介さんそして正樹さんと、改めて契約書を取り交わすことにしました。
その当時、契約関係や賃料回収は、オーナーである一郎さんが自分で管理をしていました。
「当時の管理会社が作ってくれた契約書だから、そのまま使えば問題ないだろう」
そう考えた一郎さんは、以前保管していた契約書のひな形を取り出し、保証人の氏名などを修正したうえで、新しい契約書として3人で署名押印を済ませました。
正樹さんも正太さんに負けず劣らず誠実な人物であり、当事者全員地元のつながりだったため、一郎さんは特に契約を気にする心配もありませんでした。
家賃の滞納、連帯保証人への請求検討時に発覚した「契約書の問題」
それから数年が経過した令和7年。
物価高や家電量販店との競争激化などの影響もあり、健介さんの経営が徐々に苦しくなっていきました。
やがて支払いが遅れ始め、気がつけば3ヵ月分の家賃を滞納する状態となってしまいました。
「健介さんとの付き合いは長く、不憫に思うこともあります。ただ、私としては家賃の回収も考えなければなりません。正樹さんが連帯保証人になっていますので、正樹さんに請求することになるのでしょうか?」
そう言って一郎さんが差し出した契約書を確認した弁護士は、一つの問題に気付きました。
「一郎さん、この契約書ですが…保証人へ請求できない可能性があります。」
「えっ?」
弁護士が問題視した「極度額」の定めの欠落
弁護士が問題視したのは、契約書に「極度額」の定めがなかったということです。
賃貸借契約から生じる毎月の家賃や共益費、原状回復費用など、将来発生するかもしれない範囲が不確定の債務を保証する契約を「根保証契約」といいます。
令和2年4月の民法改正で、個人がその根保証契約を連帯保証する場合には、「極度額」つまり上限額を決めておかなければならなくなりました。
改正前であれば、このような極度額の定めがなくても、連帯保証契約が直ちに問題となることはありませんでした。
一郎さんが参考にした昔の契約書にも、極度額の記載はありませんでした。
そのため、正樹さんとの連帯保証契約は、無効になる可能性が生じていたのです。
民法改正前にすでに結ばれていた保証契約が続いていただけであれば、極度額の定めがなくとも問題はありませんでしたが、このケースでは、改正後に新しい保証契約を結んだことになります。
このように、法改正後も契約書のひな形をそのまま使い続けてしまったことが、思わぬ法的リスクにつながったのです。
争いを回避して話し合い、新たな契約書作成で着地
一郎さんは弁護士と話し合い、争いを回避しながら、安定した形で家賃を回収していく方法を模索しました。
そこで採った方法が「新しい契約書を作成するために交渉する」ことでした。
一郎さんは、まず健介さんと正樹さんを交えて話し合いの場を設けることにしました。
健介さんは、
「店だけは何とか続けたいと思っています。滞納してしまったことは申し訳ありません。少しずつでも必ず返済します」
と率直な思いを伝えました。
一方、正樹さんには、滞納を踏まえた契約の見直しということで説明をしました。
「父も長年保証人を引き受けてきましたし、事情はよく分かっています。きちんとした契約にするのであれば、私も協力します」
正樹さんも納得してくれました。
三者で協議を重ねた結果、健介さんが滞納家賃を分割で返済すること、新たな連帯保証契約を現行法に沿った内容で締結することについて合意が成立しました。
こうして、一郎さんは家賃回収の道筋を立てることができ、健介さんも店舗での営業を続けることができました。
長期の賃貸契約に多い「過去の契約書の踏襲」が引き起こす問題
今回のケースは当事者同士の関係が良好であったからこそ、このような解決ができたともいえます。
もし保証人が協力に応じなかったり、契約内容を巡って支払いを拒んだりしていれば、紛争となり長期化していた可能性も十分考えられます。
個人の不動産資産の管理では、昔からの人間関係を大切にしながら賃貸借契約が長年続いていることが多くあります。その場合、昔の契約書のまま契約を更新したり、以前から用いている契約書を踏襲して契約したりするのを見かけます。
令和2年の民法改正のように、契約書へ新たに盛り込まなければならない大きな変更が生じていることもあります。
保証人の変更や契約の見直しをする場合や、長年使っている契約書がある場合には、一度専門家へ確認してみるとよいでしょう。
原田 大士
横浜パートナー法律事務所 弁護士

