3年ぶり、16作目となる長編小説

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 村上春樹氏の新作『夏帆 -The Tale of KAHO-』(新潮社)が刊行された(以下、『夏帆』と略す)。3年ぶりの長編小説で、初めて女性が主人公ということで、話題になっている。

 村上文学には、さまざまな音楽(音盤)が登場する。今回もクラシック音盤の名が出てくるようなので、それらについて、音楽ライターの富樫鉄火氏に解説してもらった。

【写真を見る】パブロ・カザルスが指揮した《ブランデンブルク協奏曲》の音盤…夏帆が聴いたのは?

〈古風な美しい音楽〉を奏でる4人の演奏家

 作家・夏帆の父親は、埼玉県浦和市(現・さいたま市)で、小児科医を開業しているとの設定です。この父親は、クラシック音楽のLPレコード盤収集が、唯一の趣味なのです。

3年ぶり、16作目となる長編小説

〈父親にとっては居間のソファに座って、ブルーノ・ワルターやジノ・フランチェスカッティやサンソン・フランソワやピエール・フルニエの奏でる、いくぶん古風な美しい音楽に耳を傾けることが、その人生における数少ない歓びのひとつだった。〉

 4人の演奏家の名前が登場しました。具体的には書かれていませんが、どんな音盤なのか想像するのは、なかなか楽しいものです。

 まず、ブルーノ・ワルター(1876〜1962)はドイツ出身の指揮者。マーラーと親交をもち、交響曲《大地の歌》や《第9番》を初演しています。特に、1952年にキャスリーン・フェリアー(コントラルト)ほかとウィーン・フィルで録音した《大地の歌》DECCA盤は名盤で、まちがいなく、父親のレコード棚には、あるはずです。映画監督・黒澤明の愛聴盤で、「乱」の製作時、これにそっくりな曲を書けと武満徹に要求し、対立した話は有名です。

 次のジノ・フランチェスカッティ(1902〜1991)は、フランスのヴァイオリニストです。南仏マルセイユ生まれのせいか、とても明るい演奏をするひとでした。父親もヴァイオリニストで、天才パガニーニの孫弟子筋だったこともあり、自身もパガニーニが大得意でした。しかしやはり彼の名盤は1961年録音の、ベートーヴェン《ヴァイオリン協奏曲》でしょう。これも上記ブルーノ・ワルターの指揮です。

 3人目のサンソン・フランソワ(1924〜1970)は、フランスのピアニストです。破滅型といわれるくらい、自由奔放な演奏をするひとでした。ショパンが得意でしたが、なんとなく夏帆の父親は、ラヴェルの2つのピアノ協奏曲をおさめた、1959年録音のコロムビア盤を聴いているような気がします(アンドレ・クリュイタンス指揮、パリ音楽院管弦楽団)。なにしろフランソワは、マルグリット・ロンの最後の弟子でした。ロンはラヴェルの盟友で、名曲《ピアノ協奏曲 ト長調》を初演したピアニストです。しかもフランソワは、彼女の名を冠したロン=ティボー国際コンクールの第1回(1943年)で優勝しています。まさにラヴェル直系というわけです。特に第2楽章の美しさは有名で、いかにも父親が、居間のソファで聴いている姿が目に浮かぶようです。

 4人目のピエール・フルニエ(1906〜1986)は、フランスのチェリストです。特に、バッハ《無伴奏チェロ組曲》全集(1960年録音、アルヒーフ盤)が名盤としてしられています。格調ある演奏で、“チェロの貴公子”と呼ばれました。『海辺のカフカ』の、高松の喫茶店のマスターが敬愛しており、「フルニエ先生」と呼んでいました。フルニエは親日家で、後年に再婚した夫人は、日本人でした。

室内楽の傑作、ブラームス《クラリネット五重奏曲》

『夏帆』には、こんな場面もあります。

〈父親は自分専用の安楽椅子に座り、ブラームスの『クラリネット五重奏曲』を聴きながら(そのレコードは父親の長年にわたる愛聴盤で何度も聴かされていたから、夏帆も曲名を覚えていた)、老眼鏡をかけて雑誌を読んでいた。たぶん医学の専門誌だろう。「小児学会会報」だか、そのような類いのものだ。〉

 ブラームスの《クラリネット五重奏曲》といえば、彼の室内楽曲の最高傑作のひとつです。ここでも具体的な奏者名はありませんが、後段に〈古いLPレコードで聴くブラームスの『クラリネット五重奏曲』〉とあるので、先述の演奏家たちと同世代の音盤だと思われます。

 だとしたら、おそらく、レオポルト・ウラッハのクラリネット、ウィーン・コンツェルトハウス弦楽四重奏団による、1951年録音の、ウエストミンスター盤でしょう。本曲を語るうえで欠かせない名盤です。

 ウラッハは、戦前はウィーン・フィルの首席クラリネット奏者でした。彼の音色は、現代のクラリネットとは、かなりちがいます。というのも、彼のクラリネットは、現代のベーム式などが普及する以前の、ウィーン式といわれる古いタイプなのです。これこそ〈いくぶん古風な美しい音楽〉です。

 さて、そんな音盤の話題がいくつか登場する『夏帆』ですが、クラシック・ファンにとって、たいへん興味深い音盤が登場します。

〈夏帆はコレクションの中からパブロ・カザルスの指揮したバッハの『ブランデンブルク協奏曲』の、ボックス入りアルバムを選び、一枚をレコード・プレイヤーに載せ、針を落とした。夏帆はクラシック音楽はとくに詳しくないけれど、そのレコードは昔からとくに気に入って、一人で時折聴いていた。『ブランデンブルク協奏曲』は有名だから、多くの演奏家が取り上げて演奏しているが、本職はチェリストであるカザルスの指揮する盤ほど、じかに心に呼びかけてくる演奏を夏帆は耳にしたことがない。〉

 パブロ・カザルス(1876〜1973)はスペインのチェリストです。それまで単なる練習曲だと思われていた、バッハの《無伴奏チェロ組曲》を第一級の芸術作品としてよみがえらせた、20世紀最大のチェリストです。平和活動家としても知られ、スペイン内戦やフランコ独裁政権を嫌い、フランスに亡命。一時期、抗議の意味で演奏活動を停止した、“反骨のひと”でもありました。チェロだけでなく、指揮者としても大活躍しています。

 夏帆は、小学校高学年のころ、このカザルスの《ブランデンブルク協奏曲》を聴いて、父親に、〈「この演奏はずいぶん力強いけれど、同じくらいずいぶん優しいよね。柔らかな栗色の毛並みの、たくましい熊さんみたいに」〉との感想を述べています。このとき父親は〈ちょっと驚いたように夏帆の顔をしばらく見ていた〉そうです。

 余談ですが、村上文学ファンであれば、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』にも、この音盤が登場していたのをご記憶でしょう――〈「パブロ・カザルスの『ブランデンブルク』は聴いたことある?」/「ない」/「あれは一度聴いてみるべきね。正統的とは言えないにしてもなかなか凄味があるわよ」〉(第35章)。

2つある、カザルス指揮の音盤

 ところで、《ブランデンブルク協奏曲》は、第1番から第6番まであるのですが、夏帆が聴いたのは、第何番なのでしょうか。後段に、こう書かれています。

〈パブロ・カザルスの指揮する『ブランデンブルク協奏曲』第二番ヘ長調。(略)父親はどのような気持ちでこの音楽に耳を澄ませていたのだろう? 彼はこの音楽を聴くたびに「柔らかな栗色の毛並みの、たくましい熊」の姿をふと思い浮かべたりしただろうか?〉

 夏帆が聴いていたのは《第2番》でした。しかし、この音盤についての具体的な説明はありません。ここでクラシック・ファンは、迷路に入り込むかも? というのも、パブロ・カザルスが指揮した《ブランデンブルク協奏曲》の音盤は「2種類」あるのです。

【A】プラド祝祭管弦楽団、1950年録音、コロムビア盤
【B】マールボロ祝祭管弦楽団、1965年録音、コロムビア盤

 一般的に、カザルスの《ブランデンブルク協奏曲》といえば、【B】が名盤として知られています。夏帆が聴いた父親のコレクションも「ボックス入り」とあるので、おそらく【B】でしょう。どちらも演奏解釈は共通しており、演奏時間もほとんどおなじです。特にこの《第2番》は超スピードで、疾風怒濤の演奏で知られています。昨今のオーセンティックな古楽器演奏に慣れた方が聴いたら、度肝を抜かれるのでは? たしかに〈凄味がある〉演奏で、夏帆が「たくましい熊さん」と評したのは、さすがの耳だといわざるをえません。

 ところが、……この2つの音盤には、ある決定的なちがいがあるのです。

《第2番》は、ソロ楽器として、トランペット、リコーダー(フルート)、オーボエ、独奏ヴァイオリンの4者が指定されています。

 上記の名盤【B】のトランペットは、ロバート・ナーゲル(1924〜2016)が演奏しています。アメリカで活躍した名トランペット奏者です。ニューヨーク・ブラス・クインテットの創設者でした。

 ところが【A】のほうには、トランペット奏者の名がないのです。そこには、フランスのサクソフォン奏者、マルセル・ミュール(1901〜2001)の名があり、楽器は「ソプラノ・サクソフォン」となっているではありませんか。このミュールというひとは、クラシック・サクソフォンの奏法を確立させ、「パリ・サクソフォン四重奏団」を結成したひとです。

 つまりカザルスは、【A】1950年の録音の際、本来のトランペットが吹くパートを、「ソプラノ・サクソフォン」に代行演奏させているのです。

 現在、【A】も【B】も、You Tube上に音源がありますから、試しに聴き比べてみてください。【A】では、特徴的な、冒頭トランペットの華やかな響きが聴こえません(録音が古いせいもありますが)。そのかわり、どこか鄙びたというか、猫か犬が走り回るような、すばしこいソプラノ・サクソフォンのフレーズが、音色が近いオーボエとからみ合って、独特な音空間を生み出しています。

 いったいなぜカザルスは、トランペットを、ソプラノ・サクソフォンに替えたのでしょうか。

実は、演奏不可能の曲だった……

 実は、【A】1950年のころ、この《第2番》のトランペット・パートは、ほぼ演奏不可能に近い曲だったのです。

 バッハ時代のトランペットは、現代のようなピストンやバルブのない、ただの「管」(ナチュラル・トランペット)でした。よってかぎられた自然倍音しか出せず、“複雑な旋律”は苦手でした。

 ところが、当時バッハが勤務するケーテン宮廷楽団には、超高音域で“複雑な旋律”をこなせる、ヨハン・ルートヴィヒ・シュライバーなるすごいトランペット奏者がいたのです。《第2番》は、おそらく彼が吹くことを想定して書かれたと思われます。よってこの曲のトランペット・パートは、超高音域だらけの難曲になってしまったのです。

 やがてトランペットにピストンやバルブが付き、“複雑な旋律”が演奏できるようになりました。しかし、そのために音域はかぎられ、超高音域は出せなくなります。かくして《第2番》は、演奏不可能に近い難曲になったというわけです。たまに、ナチュラル・トランペットをこなせる奏者がいれば演奏できましたが、あとは、1オクターブ下げて演奏したり、ホルンなどほかの楽器で代行するしかありませんでした。

 ところが、1959年、フランスの天才トランペット奏者、モーリス・アンドレが、セルマー社と共同で、「ピッコロ・トランペット」を開発します。いままでより、1オクターブ高い音域が出せる画期的な楽器でした。現在《第2番》は、このピッコロ・トランペットで演奏されることが、ほとんどとなっています。

 つまり、【A】1950年の時点では、まだピッコロ・トランペットがないうえ、おそらくナチュラル・トランペット奏者を確保することもできなかったのでしょう。そこでカザルスは、音域と音量が近いソプラノ・サクソフォンに代行させたのでした。そこまでして、カザルスは、この曲を録音したかったのです。

 しかし、【B】1965年のころには、すでにピッコロ・トランペットが登場していました。そこで、ロバート・ナーゲルの同楽器による演奏で“再録音”したのです。

 夏帆が聴いたのは、おそらく【B】1965年のピッコロ・トランペットでしょう。しかし、父親はたいへんなLPコレクターのようですから、もしかしたら、【A】1950年のソプラノ・サクソフォン盤も、棚にあったかもしれません。

 先述のように、パブロ・カザルスは、“反骨のひと”でした。よって、どちらも〈柔らかな栗色の毛並みの、たくましい熊さん〉のような気もするのです。そんなことを思いながら『夏帆』を読むのも、楽しみのひとつではないでしょうか。

 なお、これらの音盤については、村上氏自身『古くて素敵なクラシック・レコードたち』『更に、古くて素敵なクラシック・レコードたち』(ともに文藝春秋刊)のなかで詳しく触れているものもあるので、興味のある方は、ぜひ、それらもご参照ください。

富樫鉄火(とがし・てっか)
昭和の香り漂う音楽ライター。吹奏楽、クラシックなどのほか、本、舞台、映画などエンタメ全般を取材・執筆。シエナ・ウインド・オーケストラなどの解説も手がける。

デイリー新潮編集部