「あの家に女性が住んでいたとは…」29歳女性を殺害した75歳老人…裁判で明かされた2人の“関係”

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誰も見たことがなかった“同居女性”

「人を殺しました」

同居していた女性を殺害した男は、自らこう警察に電話をしたという。しかし、近隣の住人はみな「あの家に女性が住んでいるとは知らなかった」と口をそろえ、驚きを隠せない様子だったーー。

7月17日、横浜地裁で嘱託殺人の罪に問われている田辺広被告(75)に判決が言い渡される。田辺被告はこれまで法廷で何を語ったのだろうか。

事件が起きたのは’25年11月13日の朝だった。

「11月13日、神奈川署は飲食店経営者・田辺被告を殺人の疑いで逮捕しました。同日朝7時15分ごろ、自宅兼店舗の住宅部分で、志田碧(しだ・あおい)さん(29)の首を絞めて殺害した容疑です。

殺害の約30分後に自ら『人を殺した』と110番通報。田辺被告は『首を絞めた。間違いありません』と容疑を認め、『志田さんが死にたいと言っていた』と供述したということです。その後、田辺被告は嘱託殺人の罪で起訴されました」(全国紙社会部記者)

事件直後、近隣に住む女性はこのように話した。

「朝8時ごろ、ものすごいサイレンの音がして外を見たら、パトカーが10台くらい止まっていて、救急車も見えました。そのうちストレッチャーに乗せられた若い女性が救急車で運ばれていったんです。田辺さんの家の入口は大通りに面した1ヵ所だけ。ここ10年ほど女性の出入りを見たことがなかったので、あの家に女性が住んでいたと聞いて驚きました」

亡くなった志田さんと田辺被告はどのような関係だったのだろうか。冒頭陳述などによると、’05年ごろに志田さんの母親と知り合ったことが同居のきっかけだという。志田さんの母親について、田辺被告はこのように話していた。

「姫(母親のこと)は飲み友達でした。飲食店で働いていて、仕事が終わるのが夜中だったんです。自宅に帰らずにうちの店に顔を出して、座敷で休んでから明け方ご飯を作るために自宅に帰っていました。姫からは『私に万が一のことがあったら、アオイだけは面倒見て』って言われていたんです」

母親が亡くなったのはその約1年後。朝方、店の座敷で亡くなっているのを田辺被告が発見したのだという。

一歩も家から出なかった志田さん

その後、志田さんは祖父母と生活することになったが、’18年8月ごろ、突然、田辺被告の自宅を訪れたという。田辺被告は、志田さんが自宅に来たときの様子を、このように説明していた。

「お店を閉めたころ、アオイさん(志田さん)が『ハアハア』言いながら、重たそうにカバンを下げて(田辺被告の家に)入ってきたんです。その時に言ったのが『いい?』って言葉だけで、私が『いいよ』って言ったのが、8年間の同居生活の始まりでした」

それから8年間、志田さんは一歩も外に出ることなく、スマホを見たり、田辺被告が借りてきたドラマのDVDを見て過ごしていたという。祖父母が帰るよう説得したこともあったが、志田さんが田辺被告の家を出ることはなかったそうだ。

事件直前の11月10日ごろ、「ここ(自宅)を出ようか」志田さんに話したところ、「殺して欲しい」と依頼されたと田辺被告は法廷で語った。

「『息を吹き返さないよう、30分は首を絞めて欲しい』と頼まれました。その後、アオイさんは髪をバッサリ切って、切った髪の毛を『捨てて欲しい』と言ってきたり、『睡眠促進剤を買ってきて欲しい』と頼んできたりしました。本当に死を考えているんだなと思い、私はアオイさんを殺して自分も死のうと決めたのです」

12日の夜、田辺被告は志田さんとともに近くのコンビニへ行き、お酒などを購入している。志田さんが外に出るのは実に8年ぶりのことだったそうだ。

「アオイが『外の景色を見たい』って言うので一緒にコンビニに行きました。でもアオイは体力が落ちているから、帰りは足がガクガクしてちゃんと歩けない。私が支えていたのですが、家の前でガクンと膝をついて立てなくなってしまいました」

翌朝、田辺被告が目を覚ますと、志田さんはまだ寝ていた。「決行する時間かな」と思ったという田辺被告は、跡が残らないようにタオルでベルトを包んで絞殺。警察に110番通報し、これから自分も死のうとしたところに警察が到着したのだという。

「そばにいる存在、大切な存在」

志田さんはなぜ「殺して欲しい」と言い出したのだろうか。田辺被告によると、それまでの8年間で「死にたい」と言ったことは一度もなかったという。

検察官は何度も「なぜ、アオイさんは死にたいと考えたのだと思いますか」と質問したが、「母親と一つになりたかったんじゃないかな」「わからない」などと答えるばかり。田辺被告は、志田さんのある一言が殺害を決めた大きなきっかけとなったと話したが、その「言葉」を明かすことはなかった。

そして、「では、なぜあなたも死のうと思ったのですか」という質問には「アオイさんが死ぬなら自分も死のうと思った」と答えている。

しかし、田辺被告は事件直後の警察の取り調べでは、このような供述をしていた。

「家族の介護を15年くらい続けてきたことや、2年前に亡くなった兄の葬儀代などでかなりお金がかかってしまいました。店の売り上げも落ちてきたことなどから“疲れた”という気持ちになりました」

検察官がこの供述に触れて、「こういったこともあなたが死にたいと思った理由の一つなんじゃないですか」と問いただしたが、田辺被告は「ないな」と答えただけだった。

しかし、田辺被告は志田さんの祖父母の家を何度か訪れ、金銭の無心をしていることがわかっている。本人は「覚えてない」と主張したが、祖父母は警察に相談していた。生活苦は本当に事件と関係なかったのだろうか。

論告求刑で検察官は「被害者に対し詳しい状況を尋ねることもなく犯行に及んでおり、短絡的な犯行」と指摘。「適切な環境を整えれば、被害者に死を思いとどまらせることも十分可能だったはず」「自己に不利益な事実について尋ねられると、わからない、などとあいまいな供述に終始している」などとして「拘禁刑5年」を求刑した。

一方、弁護人は「『(田中被告の家を)出よう』と言ったのに対して、被害者は『ここで死ぬ』と言うようになりました。母が亡くなった場所を指さして、母と一つになりたいなどと強く願うようになり、被告人に対し『死ぬための手伝いをして欲しい』旨を頼むなどしました」と述べ、田辺被告が高齢であることなどから「執行猶予付きの判決が相当」と主張した。

公判では志田さんのことを「8年間いっしょにいると情が移るっていうか、子供でもない、彼女でもない。単なる、そばにいる存在、大事な存在」と述べていた田辺被告。

だが、遺族が最も知りたいと望んだ、「なぜ、アオイは死のうと考えたのか」という質問に答えることはなかった。

なぜ田辺被告は志田さんを殺害することを決意したのか。

核心に触れることができないまま、17日に判決が言い渡される予定だ。

取材・文:中平良