あみだくじで証明する「偶置換・奇置換の一意性」
わからない理由がわからない……近年の数学力の顕著な低下、さらに算数・数学嫌いという人も多くいます。これは、いったいなぜでしょうか。
「やり方」の暗記に偏った教育の影響で、試行錯誤を通じた理解が欠如し、公式の暗記に頼る傾向が強まった結果、「問題を解決しようとする能力」が低下しているのではないか、そう指摘するのが、45年以上にわたって数学教育に携わってきた数学者の芳沢光雄さんです。
「数学は“13個の考え方”で理解できる!」として、13個の「発見的問題解決法」を、パズル問題・あみだくじ・じゃんけんなどの豊富な実例から、その思考プロセスを解説。さらに、算数から中学・高校・大学への数学へと段階的に発展させていきながら、さまざまな学問分野への応用までを解説した『数学の考え方 発見的問題解決法ーーひらめきを生む思考へ』。
今回は、「偶置換・奇置換の一意性」についてあみだくじを用いた証明を紹介します。
*本記事は、『数学の考え方 発見的問題解決法ーーひらめきを生む思考へ』(ブルーバックス)を一部再構成・再編集・加筆したものです。
あみだくじの仕組み方
初めに拙著や他の記事でも紹介していることであるが、「あみだくじの仕組み方」を6人の具体例で簡単に紹介しよう。もちろん、この方法は何人でも適用できるものである。
いま縦線が6本あって、上段に左からA、B、C、D、E、Fが並び、下段に左から1、2、3、4、5、6が並んでいるあみだくじの原形がある(図1)。それに何本かの横線を引いて、Aが3、Bが5、Cが6、Dが1、Eが4、Fが2に辿り着くあみだくじを作ろう。
以下の図1、図2、図3、図4の順に作ればよい。
ちなみに図2では、6人それぞれが辿り着かせたい先に線を引いている。線は曲線で構わないが、3本の線が同じ点で交わらないようにする。また図3では、図2にある各交点を英語のHのように書き替える。さらに図4では、図3にある各Hをあみだくじの横線に見立てて完成する。
以下、あみだくじの上段も下段も1、2、3、4、5…というように、自然数が並んでいるあみだくじを想定する。たとえば、図4のあみだくじは図5のようになる。
これによってあみだくじは、上段にある数が下段にある数に移るものと考えられる。ちなみに図5のあみだくじは、1が3、2が5、3が6、4が1、5が4、6が2に移るあみだくじである。
なお、上段の1と下段の1を結ぶ縦線を「1の縦線」、上段の2と下段の2を結ぶ縦線を「2の縦線」、上段の3と下段の3を結ぶ縦線を「3の縦線」、…と呼ぶことにする(以下同様)。
あみだくじを拡張して考えると
次に、「拡張したあみだくじ」を導入しよう。図のように、「◦」の所だけに橋(横線)が架かっているというように考えるのである。
図6では、1番上の横線は2の縦線と5の縦線だけに架かっていると考え、2番目の横線は1の縦線と4の縦線だけに架かっていると考え、3番目の横線は3の縦線と6の縦線だけに架かっていると考える、…以下同様。
それによって、上段の1は下段の2に、上段の2は下段の6に、上段の3は下段の4に、上段の4は下段の3に、上段の5は下段の5に、上段の6は下段の1にそれぞれ辿り着くあみだくじと考えられるので、これを「拡張したあみだくじ」と呼ぶのである。
拡張したあみだくじは従来のあみだくじの横線をすべて含むので、上段と下段に1、2、3、…、nが並んでいるあみだくじの原形があれば、上段にあるそれぞれの数字が辿り着かせたい先を順に f(1)、f(2)、f(3)、…、f(n)とすれば、f(1)、f(2)、(3)、…、f(n)がすべて互いに異なる限りにおいて、そのような拡張したあみだくじは、必ず仕組むことができる。
偶置換・奇置換の一意性
さて、大学数学の入門として学ぶ線形代数学では、線形空間、行列、行列式は必ず学ぶものである。そして行列式の最初には、その定義で用いる次の定理を必須事項として学ぶ。
主定理(偶置換・奇置換の一意性):集合S ={1, 2, 3, …, n}上の任意の置換を互換の合成として表すとき、その互換ののべ個数が偶数か奇数かは一意的に定まる。
実は、主定理は「拡張したあみだくじ」の言葉では、次の定理1のように述べられる。(主定理における言葉の定義は何も知らなくても、本稿では困らない。)
定理1:拡張したあみだくじにおいて、辿り着く先が全部一致するあみだくじ同士は、横線の本数が偶数か奇数かは一意的に(唯一通りに)定まる。
たとえば、次の2つのあみだくじは、どちらも1、2、3、4、5、6が辿り着く先は同じである。
1→3、 2→5、 3→1、 4→6、 5→4、 6→2
ところが横線の本数は、左図では8本、右図では10本である。
要するに、定理1を証明すれば主定理は証明されたことになる。
一昔前までは、主定理の証明は「差積」という多項式を用いた証明が普通であり、今でも多くの大学の講義では差積を用いるものである。そこでしばらくの間、多項式などを用いない証明が現れることが期待されていた。そして1971年に、W. I. Millerは差積を用いない平易な証明を発表したのである。
これは、発見的問題解決法の視点では「帰納的な発想を用いる」ものであり、筆者も講義ではMillerの証明を用いていたばかりでなく、線形代数学に関する拙著『新体系・大学数学入門の教科書(下)』ではMillerの証明を用いている。
2006年に筆者は、あみだくじだけを用いて定理1を証明し、日本数学会誌「数学」(58巻)に収録していただいた。これは、発見的問題解決法の視点では「対称性を利用する」である。ちなみに主定理の証明について、従来の差積によるもの、Millerによるもの、そして筆者によるものの3つは、拙著『離散数学入門』(講談社ブルーバックス)に掲載してある。
本年6月18日に刊行した『数学の考え方 発見的問題解決法―ひらめきを生む思考へ』の12章「対称性を利用する」では、筆者によるその証明を可能な限り平易に書いたつもりである。本稿では、その要点をきちんと述べよう。
まず定理1を証明するために、次の定理2を証明すればよいことが、平易な議論によって分かる(拙著では丁寧に記述)。
定理2:上段と下段に1、2、3、…、nが並んでいる(普通の)あみだくじにおいて、上段の各i(i=1、2、3、…、n)が下段のiに辿り着く、すなわち1が1、2が2、3が3、…、nがnにそれぞれ辿り着くならば、横線の本数は偶数である。
定理2と定理1の前提の違いは、定理1では拡張したあみだくじであるが、定理2では普通のあみだくじ(拡張していないあみだくじ)である。
以上から、主定理の証明は定理2の証明に収れんし、この証明こそが本稿で紹介したい核心である。
定理2の証明の要点
定理2の仮定を満たす任意のあみだくじ「AMIDA」を想定しよう。このあみだくじの横線の本数が偶数であることを示せばよい。ここからは、図8のあみだくじで具体的に考えよう。
横線アの左端の上段における出発点は2で、右端の上段における出発点は3である。
横線イの左端の上段における出発点は2で、右端の上段における出発点は4である。
横線ウの左端の上段における出発点は2で、右端の上段における出発点は5である。
横線エの左端の上段における出発点は4で、右端の上段における出発点は5である。
横線オの左端の上段における出発点は5で、右端の上段における出発点は4である。
横線カの左端の上段における出発点は5で、右端の上段における出発点は2である。
横線キの左端の上段における出発点は1で、右端の上段における出発点は3である。
横線クの左端の上段における出発点は4で、右端の上段における出発点は2である。
横線ケの左端の上段における出発点は3で、右端の上段における出発点は1である。
横線コの左端の上段における出発点は3で、右端の上段における出発点は2である。
上の10本の横線について、ア、イ、ウ、エ、キについては
左端の出発点<右端の出発点
となっている。一方、オ、カ、ク、ケ、コについては
左端の出発点>右端の出発点
となっている。それを踏まえて、10本の横線を次のように表すことにする。
ア=([2、3]、〇)
イ=([2、4]、〇)
ウ=([2、5]、〇)
エ=([4、5]、〇)
オ=([4、5]、×)
カ=([2、5]、×)
キ=([1、3]、〇)
ク=([2、4]、×)
ケ=([1、3]、×)
コ=([2、3]、×)
アとコに関しては次のように解釈できる。上段の2と3を出発した線は、アで左右の関係が入れ替わる。それらの線は、コで左右の関係は戻る。
イとクに関しては次のように解釈できる。上段の2と4を出発した線は、イで左右の関係が入れ替わる。それらの線は、クで左右の関係は戻る。
ウとカに関しては次のように解釈できる。上段の2と5を出発した線は、ウで左右の関係が入れ替わる。それらの線は、カで左右の関係は戻る。
エとオに関しては次のように解釈できる。上段の4と5を出発した線は、エで左右の関係が入れ替わる。それらの線は、オで左右の関係は戻る。
キとケに関しては次のように解釈できる。上段の1と3を出発した線は、キで左右の関係が入れ替わる。それらの線は、ケで左右の関係は戻る。
ここで、話を最初に想定した「AMIDA」に戻そう。
aとbを「AMIDA」の上段にある任意の2つの数とし、
a < b
とする。各aとbに対し、([a、b]、○)型の横線と([a、b]、×)型の横線の本数を考えてみよう。もちろん、どちらも0本であることも考えられるが、上段のaとbをスタートしてから下段のaとbにそれぞれ到着するまでの間、上段のaから下段のaへ移動する点をP、上段のbから下段のbへ移動する点をQとして考える。
PとQの左右の関係が最初に逆転するときがくれば、それは([a、b]、○)型の横線の左端にPがぶつかり、その横線の右端にQがぶつかるときである。そして、その次にPとQの左右の関係が逆転するときがくれば、今度は([a、b]、×)型の横線の右端にPがぶつかり、その横線の左端にQがぶつかるときである。
そのようにして考えていくと、最後にはPが下段のaに到着し、Qが下段のbに到着するので、PとQの左右の関係はスタート時と一致して到着することになる。
したがって、PとQの左右の関係が最後に逆転するのは、([a、b]、×)型の横線にぶつかるときである(イメージ図の図9を参照)。
以上から、([a、b]、○)型と([a、b]、×)型の横線が0本であることも考えられるが、もし存在するならば、それらは上から順に([a、b]、○)型、([a、b]、×)型、([a、b]、○)型、([a、b]、×)型、…というように繰り返し、最後は([a、b]、×)型で終わるのである。よって、
([a、b]、○)型の横線の本数=([a、b]、×)型の横線の本数
を得る。aとbは「AMIDA」の上段にある任意の2つの数であったから、
([1、2]、○)型の横線の本数=([1、2]、×)型の横線の本数
([1、3]、○)型の横線の本数=([1、3]、×)型の横線の本数
:
([1、n]、○)型の横線の本数=([1、n]、×)型の横線の本数
([2、3]、○)型の横線の本数=([2、3]、×)型の横線の本数
:
([2、n]、○)型の横線の本数=([2、n]、×)型の横線の本数
:
([n−1、n]、○)型の横線の本数=([n−1、n]、×)型の横の本数
となり、上式両辺のすべての合計の数が「AMIDA」における横線の本数なので、それは偶数となる。
(証明終わり)
素数は無限に存在するのか?矛盾を導くことで証明する「背理法」によるユークリッドの証明から、数学者サイダックの構成法による証明へ。数学者にも背理法に対して温度差がある!
