【トランプの誤算】米戦略石油備蓄は43年ぶりの低水準に。ホルムズ海峡の再封鎖で米国が窮地に陥る理由

テキサス州フリーポートにある米国の戦略石油備蓄の施設。2016年撮影(写真:ロイター/アフロ)
やはり、「偽りの夜明け」だったのだろうか。米トランプ大統領は7月13日、ホルムズ海峡の再封鎖を宣言したイラン側への対抗措置として、イランに対する海上封鎖を再開すると発表した。米軍はイランに対する攻撃も開始。6月17日に両国が戦闘終結に向けた覚書に署名したことで広がった楽観論は大きく揺らぎ、局面はミサイルやドローンがペルシャ湾岸を飛び交った3月に向かって逆戻りを始めた。トランプ大統領はなお強気だが、米国の戦略石油備蓄は43年ぶりの低さになっており、米国は窮地に追い詰められつつある。
【参考記事】
中東リスク沈静化は「偽りの夜明け」か?原油先物70ドル割れでも安心できない理由(2026.6.26)
オマーン側の通航はなぜイランにとって不都合なのか
両国の覚書にはホルムズ海峡の航行について、次の内容が盛り込まれていた。イランは最終合意に向けた交渉期間である60日間、商船の安全な航行を無償で保証し、30日以内に機雷を除去する。米国は署名直後にイランに対する封鎖措置の解除を始め、30日以内に完全に無くす、というものだ。
ただし、ホルムズ海峡を誰がどのように管理するかについては詰められておらず、肝心な問題は先送りした。国内のガソリン価格高騰とインフレ懸念、長期金利の高止まりがのしかかるトランプ政権、思うように石油が輸出できないイラン、双方に合意を急ぎたい事情があった。
弥縫策はすぐに綻びが露呈した。ホルムズ海峡は完全に、無料で航行できるというトランプ大統領の宣言も虚しく、6月下旬から7月にかけてホルムズ海峡のオマーン寄りを航行する船舶が相次いでイランから攻撃を受けた。
国際エネルギー機関(IEA)が6月に公表したリポートによれば、ペルシャ湾岸からの原油輸出が6月にかけて回復した大きな要因として、産油国のタンカーがホルムズ海峡の外にあるオマーン湾まで運び、そこで消費国に向かうタンカーに積み替える「船舶間移送(ship-to-ship transfer)」が始まったことがある。
船舶間移送は石油化学製品の原料であるナフサの供給回復にも寄与し、3月には一時1トン1200ドルを超えたナフサ価格(指標の東京オープンスペック)は同700ドル以下まで下落した(7月14日には800ドル台に反発)。
さらに、覚書の署名後、オマーンは国際海事機関(IMO)と連携してオマーン側を通る航路を設けたと発表した。
前回の記事で指摘したように、今回の危機の本質はイランがホルムズ海峡を閉ざすことで米国の圧倒的な軍事力に対抗する非対称的な経済的武器を見いだしたことにある。この南ルートが定着すれば、イランの経済的武器は威力を失う。
これに対抗するイランのミサイル攻撃で、海峡を通る船舶の量は再び減少している。米ブルームバーグ通信によれば、米国が支援するオマーン沿岸の南側航路では少なくとも位置情報を発信したままの通航は完全に途絶えたという。
ホルムズ海峡の再封鎖は米国の消費者を直撃へ
ホルムズ海峡の通航が正常化し、米国の制裁が解かれてイランからの輸出も回復するシナリオは崩れかかっている。米原油先物相場は、取引に指標となる中心限月の終値で一時1バレル68ドル台まで下げたが、7月14日には一時81ドル台まで上昇。アジア地域の指標になるドバイ原油も日本経済新聞掲載のスポット相場(9月渡し)で80ドル近辺まで戻った。

原油相場は再び80ドル台に(出所:WTI原油は米CMEグループ、ドバイ原油は日本経済新聞掲載相場)
トランプ大統領は、ホルムズ海峡を通過する船舶の貨物に安全確保の代償として20%の対価を課すと14日に表明したが、翌日には「湾岸諸国との貿易・投資協定と置き換える」と撤回した。
海峡を再び逆封鎖した代償は大きい。全米自動車協会(AAA)が公表する米国のガソリン平均価格は16日時点で1ガロン3.943ドルと、1週間前に比べ10セント弱上昇した。海峡正常化への期待感から原油相場は下落していたが、対立激化により再び上昇したことでガソリン価格が4ドル台に向かう可能性が高まっている。
11月に中間選挙を控えるトランプ大統領にとって、ホルムズ危機の再燃によるガソリン高やインフレ懸念は痛手だが、さらなる窮地に追い込まれる事態も考えられる。
米ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙は7月14日、「米戦略石油備蓄の頻繁な放出、老朽インフラ限界に」という興味深い記事を公開した。
政権の都合で備蓄を利用してきたツケ
米国の戦略石油備蓄(SPR=Strategic Petroleum Reserve)はエネルギー政策・保存法に基づき、フォード政権時の1975年に始まった。70年代に勃発した石油危機を受けて、国内の石油供給を安定確保する狙いがあった。備蓄量はピークの2011年前後に7億2000万バレル強まで拡大した。
その後、中東・北アフリカの民主化運動「アラブの春」で供給不安が強まり、備蓄を放出。さらに米国内のシェールオイル生産が急増したことで、財源を他の目的に振り向ける狙いで備蓄規模を縮小してきた。米国の原油生産が急増したのだから、備蓄は減らしてもいいのではないかとの考えからだ。
だが、備蓄に頼らずに済むようになったわけではなかった。
ウクライナ危機が起きるとバイデン政権はガソリン価格の高騰を抑える目的で大規模な放出を実施した。石油備蓄は本来、供給が危機的に不足する事態への備えであり、相場を引き下げる狙いで大切な備蓄を使うのは制度の趣旨に合わない。
備蓄を放出し、事態が一段落したら補充(原油の買い付け)する必要がある。ただし予算の制約があるので相場高騰時には難しくなる。
バイデン政権による放出後、米政府はホルムズ危機前、原油相場が下がった局面でコツコツ補充してきたものの、ホルムズ海峡の封鎖で再び大規模な放出(1億7200万バレル)を強いられた。
備蓄の薄さは米エネルギー情報局(EIA)の統計にはっきりと表れている。直近7月10日時点で3億1650万バレルまで減り、バイデン政権時の大量放出時よりも少なくなっている。水準としては備蓄を増強していた1983年以来、43年ぶりの低さだ。

WSJ紙の記事は別の懸念も指摘している。備蓄設備の老朽化だ。
米政府監査院(GAO)の報告書によると、エネルギー省の当局者らは最近、GAOに対し、備蓄について「ばんそうこうでつなぎ合わせている状態で、いつまで持ちこたえられるか不透明だ」と伝えたという。
記事は歴代の政権と議会が、緊急放出だけでなく財源確保を目的とした売却まで行い、備蓄から何十回も石油を取り出してきた点を問題視する。備蓄は本来、最大5回の完全な放出を想定して設計されたものであり、頻繁な放出によって施設の健全性が損なわれているとしている。
超大型ハリケーンが米国を襲うと…
米国の備蓄設備では13年以降、16件の重大な設備故障が発生しており、一部の拠点では坑井の変形や油圧系統の故障も確認されている。GAOの報告書によると、24年5月にはテキサス州の拠点で坑井が突如破裂し、最大40万バレルの原油が失われる事態となった。こうした劣化のため、岩塩坑(ドーム)に原油を注入したり、取り出したりできる量には限りがあるという。
ルイジアナ州やテキサス州にある米国の戦略備蓄設備は、地下の岩塩層に水を注入するといった手法で空洞(ドーム)を作り、そこに原油を貯める。地上に大型タンクを建設して維持するよりコストが安く済み、安全性も高いことが理由だ。
ただ、地下のドームを維持し、汲み上げ装置を安定稼働させるためには最低限の液位を維持しなければならず、実際に使える残りの備蓄量は1億バレルほどに過ぎないとの見方もある。それも、老朽化した設備が故障しない、という条件付きだ。
05年8月には超大型ハリケーン「カトリーナ」が原油生産、精製設備の集中するメキシコ湾岸を襲い、甚大な被害が出た。その際、米国のみならず、国際エネルギー機関(IEA)加盟国も備蓄を放出して石油供給を補った。ボロボロに老朽化し、底の見えてきた現在の戦略石油備蓄に今夏、同じようなハリケーンが襲えばどうなるか。
米国からの代替調達に依存する日本も他人事では済まない。
筆者:志田 富雄
