「ザーッと大雨のよう音を立てて焼夷弾が…」熊本大空襲から81年 体験を語り継ぐ
400人以上が犠牲になったとされる熊本大空襲から81年。89歳の男性が体験を語りました。
熊本大空襲は1945年7月1日と8月10日の2回、熊本市がアメリカ軍の攻撃を受け、あわせて400人以上が犠牲になったといわれています。
熊本市中央公民館で開かれた「熊本空襲を語り継ぐ集い」には約30人が参加。代表幹事の髙谷和生さんが、「7月の空襲は軍都熊本の労働力となる市民にダメージを与え、8月の空襲は焼け残った市の西南部を焼き払う攻撃だった」と話しました。
■寺本至孝さん
「150機余りのB29が熊本の空を行ったり来たりして、立ち去りませんでした。やがて火のついた焼夷弾が大雨のようなザーッと音を立てて斜めに降り注いできました。焼夷弾は建物や地面に当たるとバーンと大きな音を立てて爆発し、火のついた油が飛び散ります。『ここは危なか。早よ逃げよう』」
当時8歳だった寺本さんは、乳母車に目の不自由な祖父と4歳の妹を乗せて、6歳の弟の手を引き逃げたということです。
集いを主催する平和憲法を活かす県民の会は、記憶の継承に役立てようと、2024年から熊本空襲を撮影した白黒写真のカラー化を進め、9枚が完了しました。今後は、空襲に関わる新たな資料の探索や証言の聞き取りを続けるということです。

