JRT四国放送

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華やかなスポーツの世界を生きるアスリートたちですが、どんな名選手であっても、避けては通れない宿命が「引退」です。

サッカーやバスケのために、県外から徳島へやってくる選手は大勢いますが、その中に、現役引退後も徳島にとどまり、第二の人生を送っている男性がいます。

一体、どうして徳島に?

(元プロバスケ選手・内藤健太さん)
「無理やったらパス、パス、パス、パス、ナイスディフェンス」

ここは、初心者向けのバスケットボール教室です。

習っている子どもたちは、小学4年生から保育園の年長さんまで。

利き手じゃない、左手のドリブルもお手のもの。

驚くことに、みんなバスケを初めてまだ半年なんだとか。

様になっていますね。

(記者)
「上手いね」

(習っている子ども)
「こうやってやる」

(保護者は)
「1人1人をちゃんと見ていて、指導が優しい声かけで楽しそう」

指導しているのは、元プロバスケ選手の内藤健太さん。

2025年、徳島ガンバロウズを最後に現役を引退しました。

(元プロバスケ選手・内藤健太さん)
「じゃあ次、ちょっと難しいけど、ジャンプしながらドリブルで進む」
「弱いドリブルは今は練習せず、強くつく練習をして、ハンドリングがちょっとでも伸びるようにと考えて」

大阪出身の内藤さんが、第二の人生の地に選んだのは徳島でした。

(元プロバスケ選手・内藤健太さん))
「徳島県でもう一度プロになる夢を叶えて本当に感謝している。その感謝を少しでも恩返ししたいという想いがあって」

(実況)
「内藤に出る、ドライブで切り込んでいってシュート。決まりました!この試合のファーストポイントは内藤健太」

現役時代、内藤さんはスリーポイントやカットインからのシュートが得意な、シューティングガードとして活躍。

ガンバロウズでは、2年間プレーしました。

ただ、これまでのバスケ人生は順風満帆ではありません。

(元プロバスケ選手・内藤健太さん)
「大学卒業して、プロリーグでバスケットしていて、なかなか結果が出せずにチームとの契約が終わってしまい、その後アマチュアでプレーしていた」

当時、B2の西宮ストークスでプロキャリアをスタートした内藤さん。

4シーズンを経て契約解除となった時、時代はちょうどコロナ禍でした。

「バスケができなくなるかもしれない」。

出場機会を求めてアマチュアでプレーしていたころ、あるニュースを耳にします。

(元プロバスケ選手・内藤健太さん)
「徳島県にプロチームができるっていうニュースを見て、これ自分にとってのラストチャンス」

こうして4年前、徳島に移住し、下部組織のガンバロウズオルトに参加しました。

そこでのサバイバルに勝ち抜き、トップチームに昇格した内藤さんは、新生・徳島ガンバロウズの立ち上げメンバーとなったのです。

(元プロバスケ選手・内藤健太さん)
「(プロ生活は)たいへんはたいへんだった、常に結果を出さないといけないプレッシャーがあった」
「3ポイント打つのが役割だったが、試合出て1本目打って外すと、ヤバいヤバいと思ったり」
「逆に入ると、この試合いけるとテンションあがったり、ただあまり(表情に)出さないようにしていた」
「子どもたちに、自信持ってプレーするようにってよく言っているので、自分がやっている時は自信満々でプレーしないといけない」
「でも、内心は『大丈夫かな』と思っていた」

しかし、ケガもあり昨シーズンは出場機会が減少、ついに2025年6月に引退を発表し、17年間のバスケ人生に幕を閉じました。

(元プロバスケ選手・内藤健太さん)
「Bリーガー、アスリートのセカンドキャリアは難しい。問題視されることがある」

しかし、競技を問わず引退したアスリートを待つ第二の人生は、楽なものではありません。

年齢のため定職には就きづらく、金銭トラブルもつきものです。

悩んだ末、内藤さんがたどり着いたのは、第二のふるさと・徳島でバスケ教室を開くことでした。

写真も始めました。

SNSなどを通じて、徳島の魅力を発信しています。

目指すのは地元の活性化、そして活性化したこの地に、確かなバスケ文化を根付かせることです。

(元プロバスケ選手・内藤健太さん)
「県外から来たからこそ、こういうものが目に入ったり、こういうものが面白くて撮っている」
「自分が現役の時にファンの人が写真を撮ってくれて、それを見た時にやっぱり力をもらえた」
「写真は人を元気づける力もあると思って」

バスケ教室も写真もまだまだ手探りの日々ですが、その思いはただ一つ、内藤さんは言います。

「プロキャリア最後の地となった、徳島へ恩返しがしたい」。

(元プロバスケ選手・内藤健太さん)
「僕の目標としては、できるだけ多くの子どもたちにプロで学んだことを伝えて、その子どもたちが良いバスケットボールキャリアを歩んでほしい」
「大袈裟かもしれないが、バスケやってる子どもたちに全員一度教えたと言えるぐらい活動を大きくして、子どもたちにバスケット教えたい」

徳島で第二の人生を歩き始めた内藤健太さん30歳。

いつかは、ここを「バスケのまち」と呼ばせたい。

内藤さんのバスケ教室は、大人の部、子どもの部のほか、個人レッスンなども展開していて、内藤さんのインスタグラムで直接、受け付けています。

今回は、徳島で第二の人生を送る元プロバスケ選手、内藤健太さんをご紹介しました。