67歳、藤原美智子さん「好きだった服が似合わない」と感じたら。潔く処分したアイテム2つ
年齢を重ねると、「好きで着ていた服が似合わなくなった」と寂しく感じることも。 42年にわたってヘア&メイクアップアーティストをしていた藤原美智子さん(67歳)もそのひとり。けれど、過去にとらわれず、「今」の自分に似合う服を着るようにしているそう。そんな藤原さんに、大人のファッションとの向き合い方を伺いました。
※ この記事は『何歳からでも輝ける秘訣』(主婦の友社刊)より一部抜粋、再構成の上作成しています

ずっと好きだった服が「似合わなくなった」と感じたとき
ときどき、「若い頃に好きだった服が似合わなくなって寂しい」という声を聞くことがあります。私も同じように思うことがあるので、気持ちはよくわかります。でも、それは時計の針を巻き戻せないのと同じように、どうしようもないこと。
食事や運動、美容皮膚科で施術を受けたりして、時計の針を遅らせることはできるかもしれません。それでも若い頃にまとっていた服と、現在の体や皮膚感はズレていきます。もちろんこれは私の主観であり、すべての人がそうだというわけではありません。
40代後半の頃、それまで好きで着ていたのに似合わなくなったと気づいたアイテムがあります。膝小僧が見える丈のスカートです。
これは20代の頃からの私のアイデンティティーのようなアイテムであり、それをマニッシュに着るのが自分らしいと思っていました。それなのに、突然そのアイテムと自分にズレが生じていることに気づいたのです。
そのときの寂しさは、ひと言では言い表せません。でもそれ以上に、鏡に映っている自分を見て「無理して若ぶっているように見えるかも…。だったら、そっちのほうが嫌かも」と思ったのです。それ以来、スカート丈は膝小僧の少し下が私の定番の丈となり、ミニスカートは処分することにしました。
服は似合ってこそ価値がある
もうひとつ処分したアイテムがあります。それはノースリーブの服。この原因はハッキリしていて、二の腕のつけ根の皮膚にハリ感がなくなってきたからです。それらの服は単にデザインが好きだったから着ていただけだったので、わざわざ自分の衰えをアピールすることもないと、あっさり手放すことができました。
このように書くと、「そんなに人の目を気にする必要はないのでは?」「好きな服を好きなように着ればいいんじゃない?」と思う人もいることでしょう。たしかに、そのとおりでしょう。
でも私は、服は似合ってこそ価値があるし、だからこそ自分に自信をもてたり、自分を好きになったりすることができる。それが洋服の役目だと思うし、だから、わざわざ似合わなくなった服を着る必要はないと思うのです。
他者にも心地よく映っているか意識することが大切
そしてもうひとつ。大人の装いはほかの人のためでもあると思っています。もちろん家の中であれば好きな格好をしていいでしょう。でも外に出るということは、公共の場に出るということ。それは自分の装いが景色のひとつになるということです。
他者から見て、いい景色となっているだろうか。ひとりよがりのファッションではなく、ましてや「なんだかなぁ」とほかの人から思われるものではなく、自分にも他者の目にも心地よく映っているだろうか。そうしたことを意識するのは、大人の装いの役目のひとつだと思うのです。
たとえば大人がカジュアルな服をおしゃれに着こなしていると、若い人の目には「カッコイイ! 私もあんな大人になりたい」と映るようです。そうしたアイコンに当てはまる人といえば、アメリカのファッションブランド「ラルフ・ローレン」のデザイナーであるラルフ・ローレンの愛妻、リッキー・ローレンでしょうか。
彼女のカジュアルな姿には清潔感はもとより、品性と凛とした美しさを感じます。だから格好よく見えるのでしょう。とはいえ、もう少しくだけているほうが今っぽいとも思うのですが、いずれにしろ清潔感と品性と凛とした美しさは、大人のカジュアルにはマストだと、彼女の写真を見るたびに気づかされます。
服は「今の自分」をすてきに見せるラッピング
さて、冒頭の「若い頃の服が似合わなくなった」に対する私の考えは、「その服を手放して、今の自分が無理なく似合うスタイルを再構築しましょう」です。
「それができるなら苦労はしない」と言われそうですが、後ろをながめているよりも「しょうがないことは、しょうがない」と割りきって、スパッと前を向いたほうが精神的にもラクチンです。それに自分にではなく、無理に服に合わせようとするのはナンセンスなことのように思います。
服は、今の自分をすてきに見せるラッピング。それが合わなくなったなら、違うラッピングにすればいいだけのことなのですから。
