それは発達障害ではない…「ミスが多い」「空気が読めない」人間関係のトラブルを作り出す意外な要因
■仕事でミスの多い自分に困って、心療内科に相談すると…
東京都の30代女性のJさんは、IT関連の企業に勤務しています。しかし、打ち合わせの内容を細かく覚えられない、ミスが多い、といったことで悩んでいました。人とのコミュニケーションもぎこちなく、うまく空気が読めずに、そのことを上司や取引先からも指摘されることがあります。書店などで目にする「発達障害」の本や、ネットでの記事を見ると自分のことのように思えてきました。
あるとき、意を決して心療内科を訪れ医師に相談してみました。
医師の診断の結果は、「発達障害については、どちらとも……」という感じ。「強いていえばグレーゾーンということにはなりますが……」と曖昧な回答でした。
「じゃあ、私の悩み、生きづらさの原因は何なんだろう?」とJさんは途方に暮れてしまいました。
このJさんのように、自身が発達障害ではないか? とご不安になる方は珍しくありません。
私が担当するクライアントでも、自身が発達障害であると疑い、私が「たぶん大丈夫だと思うので必要ないですよ」「調子の悪いときに下手に検査を受けても結果がわかりませんから」とお伝えしても、発達検査を受けて確かめようとする方も少なくありません。
■発達障害に似た症状を抱える人が増えているのはなぜか
心理学の実験で占いの結果をランダムに伝えても、多くの人が「自分に当てはまる」と答えた、というものがありますが(「バーナム効果」として知られています)、発達障害にまつわる情報を見れば、誰もが当てはまりそうで不安になりますし、どうしようもない生きづらさを説明、診断するために、発達障害が拡大適応されてきた面は否めません。
特に、先天的であるとされてきたはずの発達障害の認定件数が急増している点について、医師や研究者からは疑問の声が上がっています[例えば、杉山登志郎『子ども虐待という第四の発達障害』(学研プラス)など]。
そして、現場からの報告、愛着(子どもが養育者との間で形成する絆)やトラウマについての研究などから、幼少期にストレスを受けることで発達障害と酷似した症状が生じることが明らかになっており、そうしたトラウマによる生きづらさや症状のことを指して「愛着障害(アタッチメント症)」「第四の発達障害」あるいは、「発達性トラウマ障害」と呼ばれています。
■「発達障害」と「発達性トラウマ」の違い
ここで一度整理しておきたいのは、「発達障害」と「発達性トラウマ」の違いについてです。
実は、近年、発達障害自体が遺伝など先天的なものというとらえ方から、環境を原因とする考え方が主流となりつつあります。例えば、医師の岡田尊司氏は『自閉スペクトラム症 「発達障害」最新の理解と治療革命』(幻冬舎新書)の中で近年の研究動向に触れ、先天的であるとされてきた発達障害について環境要因の関与を示す割合が増え、「(環境要因の関与は)もはや否定しきれないところに来ている」と述べています。
簡単に言えば、発達障害も、胎内で受けた環境因子のストレス(化学物質や妊娠中のストレス)への暴露や、晩婚化の影響、分娩時のトラブル、出産後の不適切な養育など後天的なストレスの影響こそが問題では? と指摘されるようになってきたのです。
発達障害とトラウマとは、どこの時点で区切りを入れるか? やその内容の違いはありますが、いずれもストレスによるダメージという点が共通すると考えられます。
発達障害は、バイオマーカー(生理学的な指標)が存在しないため、発達検査などのテストでも、両者を本当に区別できているか? というと、必ずしも区別できているとは言い切れないのです。
では、「発達障害」という捉え方に意味がなくなっていくのか? 区別できないのか? といえばそうではありません。
■区別は難しいが、診断をつけたほうが楽に生きられる場合も
特に現場でクライアントと接していると、明らかに「この方は発達障害ととらえたほうがよい」と感じるケースはあります。後天的な要素が強い方と、いわゆる発達障害の方とは、現場で接したときの感覚が異なるのです。加えて、生育歴をしっかり聴取し、経過をフォローできれば見通しはつけやすくなります。
これは、あるていど経験のある精神科医やカウンセラーであれば同じように感じている方は多いのではないかと思います。
もう一つ、両者を区別するために重要なポイントは何かというと、「どちらの診断(見立て)をつけたほうがその方は楽になるか?」という視点です。
他の悩みへの見立てでも同様に大切な視点ですが、神様が降りてきてどちらか答え合わせをしてくれるわけではありませんから、あくまでその方が生きやすくなる方向で見立てたものをとりあえずの“正解”とするのです。
■「愛着の不安」や「トラウマの影響」が生きづらい状況を作り出す
発達障害と診断したほうがその方にとって生きやすい状況を作れる、サポートやケアにつながるという場合はそのようにし、愛着やトラウマの問題としたほうが良い場合にそのようにする。もちろん両方の問題が生じているという場合もあります。
わからない場合は、発達障害との診断は一旦脇に置き、愛着やトラウマのケアから入る、というのが臨床、そして当事者にとっても一番合理的です。
「発達障害=発達凸凹+適応障害」[杉山登志郎『発達障害のいま』(講談社)など]と表現されるように、少なくない医師や専門家が、発達障害の問題とは遺伝的に決定されるのではなく、「愛着の不安」や「トラウマの影響」が及んだ場合に生じる、としています。
つまり、発達障害か否かいずれにしても、環境からもたらされる「発達性トラウマ(愛着不安)」こそが問題をもたらしていると考えられるのです。仮に発達障害の傾向が強くても、トラウマの影響が少なく、愛着が安定していれば人格者として慕われたり、才能として力を発揮するということは少なくありません。
■焦燥感や不眠、フラッシュバック、過緊張から対人関係に問題も
では、トラウマはどのような影響を及ぼすのでしょうか?
トラウマとはまずは「ストレス障害」としてとらえられます。脳や自律神経にダメージが生じます。うつ症状、不安といったこともそうですが、焦燥感や不眠、フラッシュバック、過緊張といった問題。不注意やミスが増えます。対人関係もうまくいかなくなります。落ち着いて環境に合わせたり、対応したりということができなくなります。
特に問題なのが「自己の喪失」という問題です。自分というものが失われてしまう。自信や自尊心の欠如もそうですが、自分が明確ではないことは、仕事でのパフォーマンス低下などといった問題とも密接に関わるのです。
これらが、発達の凸凹によってレンズのように拡大し、生きづらさとなって現れるのです(先ほど、「愛着やトラウマのケアから入る、というのが臨床、そして当事者にとっても一番合理的」と述べたのはこのためです)。
■「他人に気を遣って周りに合わせすぎてしまう」という過剰適応
トラウマが作り出す行動上の問題は様々ですが、典型的なものとして「過剰適応」が挙げられます。
過剰適応とは、簡単に言えば、「他人に気を遣いすぎてしまう、周りに合わせすぎてしまう」ということです。トラウマを負った人は、いろいろなことを先回りして考えることが当たり前になっています。相手の感情や考えを過度に忖度(そんたく)してしまう。相手の雰囲気やちょっとした表情を読み取って、相手が怒らないか、気分を害さないか、と考えてしまうのです。多くの人が集まるような場面であれば、いろいろな段取りに過度に気を回したり、お世話しようとします。
しかし、本当の意味で相手の気持ちを汲めているわけではありません。むしろ、相手の意識下の不全感を忖度し、巻き込まれてしまうことも少なくありません。先回りして相手の気持ちを察しようと下手に出てしまい、相手に軽んじられたり、ハラスメントにさらされたり、といったこともしばしば生じます。
■気を遣いすぎて余裕ゼロ、逆に「空気が読めない」と思われる
過剰に気を遣うということは、余裕が失われ適度さがなくなるということでもあります。過緊張もそうですが、過剰適応も常に脳(コンピューターで例えればCPU)や交感神経が働いている状態です。そのため、脳のエネルギーを使い果たし、低血糖のようにボーッとした状態になることもあります。気を遣って動き回っていたかと思うと、エネルギー切れを起こして固まって、表情もなくなり、気を遣えなくなってしまうことも起きます。エネルギーが余っている状態でも考えすぎて逆に動けなくなる、気を遣いすぎて空回りしてしまうこともあります。
そのため、内面では気を遣っているにもかかわらず、人からは「あいつは気を遣えない」として誤解されることもあるのです。
過剰適応による空回りは、「空気が読めない」という結果となり、発達障害かも? と疑われてしまう原因にもなるのです。
■トラウマによって生じた状態を心理療法で治療できる?
冒頭のJさんのように、ミスが多いなどで仕事がうまくいかない、人間関係がうまくいかないといったことを改善する方法はあるのでしょうか? もちろんありますので安心してください(発達障害かも? と思われるくらいにお困りの場合は専門家のケアを受けることが必要なケースが多いです)。トラウマをケアするために様々な心理療法が開発されています。
心理療法には、大きく2つのアプローチ方法があります。それはトップダウンとボトムアップです。
トップダウンとは、思考や認知からアプローチする方法です。理性の働きを取り戻し、情動を整え、記憶を処理していきます。代表的なものとして認知行動療法などがあります。
もう一つはボトムアップです。ボトムアップとは身体からアプローチする方法です。身体の活動を整えて、情動を落ち着かせ、記憶を処理していきます。ヨガ、マインドフルネス、ソマティック・エクスペリエンシングなどがあります。
■過去のフラッシュバックに悩まされている場合も治療できる
過去の嫌な出来事のフラッシュバック(嫌なことが蘇ってきたり、反省をしたり、シミュレーションをしたり、など)でお困りの場合は、TSプロトコール、FAP療法など自分でも簡単に行える方法もあり、書籍も出版されていますので、そうした方法を試してみることも有効です。
セルフケアの手段として最も有効なのは、ヨガやウォーキングなどの有酸素運動です。私もクライアントには、週に2、3回30分程度歩くだけで良いので、有酸素運動をお勧めしています。
自分は発達障害かも? と捉えることは、つまりは「自分の悩みは治らない」と誤解してしまうということでもあります。
近年はトラウマについての臨床や研究は(発達障害についても)近年急速に進展しています。ぜひ、正しい知識に触れていただければと思います。
----------
みきいちたろう公認心理師
大阪生まれ、大阪大学文学部卒、大阪大学大学院文学研究科修士課程修了。在学時よりカウンセリングに携わる。大学院修了後、大手電機メーカー、応用社会心理学研究所、大阪心理教育センターを経て、ブリーフセラピーカウンセリング・センター(B.C.C.)を設立。トラウマ、愛着障害、吃音などのケアを専門にカウンセリングを提供している。雑誌、テレビなどメディア掲載・出演も多く、テレビドラマの制作協力(医療監修)も行なっている。著書に『発達性トラウマ 「生きづらさ」の正体』(ディスカヴァー携書)、『プロカウンセラーが教える 他人の言葉をスルーする技術』(フォレスト出版)がある。
----------
(公認心理師 みきいちたろう)