和賀川・錦秋湖を眺めながら走るJR北上線。10月26日に観光列車「ひなび」による臨時快速を運行した(記者撮影)

岩手県の北上駅と秋田県の横手駅を結ぶ61.1kmのローカル線、JR北上線は1924年11月15日に全線が開通した。2024年は100周年の記念の年にあたる。田園地帯から山へ分け入り、渓谷やダム湖の四季折々の変化に富んだ絶景が楽しめるが、毎週末に「のって楽しい列車」が走る観光路線のような華やかさがあるわけではない。

全線開通100周年の北上線

起点となる北上駅はかつて「黒沢尻駅」という名称だった。北上線は全線開通当時、横手と黒沢尻を結ぶことから横黒(おうこく)線と名付けられた。ルーツは横手と黒沢尻から建設された軽便鉄道で、横手側の西横黒線、黒沢尻側の東横黒線がつながったのが100年前、ということになる。

【写真を見る】普段はキハ100形気動車が1両で走る北上線に観光列車「ひなび」が登場。全国的にもめずらしい日帰り温泉施設を備えた「ほっとゆだ駅」や、起点となる北上駅の周辺には何がある?(40枚)

1960年代の湯田ダムの建設に伴って、一部のルートが変更された。「錦秋湖」の名称で観光客が訪れるダムの底には旧線の鉄道遺構が眠っているという。1966年に北上線に改名。東北新幹線の開業前は仙台―秋田間の最短ルートとして優等列車が運行されていたほか、1996〜1997年にかけて秋田新幹線の工事で田沢湖線が1年間運休した際には、特急「秋田リレー号」が走った。

現在はキハ100形気動車が基本的に1両でコトコトと健気に走る。北上線は目玉焼きと福神漬が付いたやきそばで有名な町の横手駅で奥羽本線に接続する。北上・横手両駅を含めた駅数は15。途中には、江釣子(えづりこ)、和賀仙人(わかせんにん)、相野々(あいのの)といった変わった駅名が並ぶが、もっともユニークなのは「ほっとゆだ」だろう。

ほっとゆだは、1991年までは陸中川尻という駅名だった。西和賀町の玄関口で山小屋のような屋根の駅舎に日帰り温泉施設があるのが最大の特徴だ。その浴場の壁面には、列車の到着までの時間を青・黄・赤の色で知らせる信号機が設置されている。駅舎内には「みどりの窓口」や地元の酒などを扱う売店も健在だ。


西和賀町にある北上線のほっとゆだ駅。「全線開通100周年」を祝う横断幕が掲げられている(記者撮影)


「ゆ」と書かれたのれんが出迎える左側が日帰り温泉施設。右が駅の出入り口(記者撮影)

観光列車が沿線盛り上げ

普段の土曜日なら全線を通して走る列車は北上発横手行きが7便、横手発北上行きが6便。その北上線に10月26日、臨時列車の快速「ひなび 錦秋湖」が2往復走った。ひなび(陽旅)は2023年12月にデビューした観光列車だ。

ハイブリッド気動車HB-E300系「リゾートあすなろ」を改造した2両編成で、1号車はボックスシート中心のグリーン車指定席、2号車は普通車指定席。土休日を中心に盛岡―釜石間や八戸―大湊間などで運行している。北上線を走るのは今回が初だった。

運行当日、ほっとゆだの駅前では地元の飲食店が出店したり、郷土芸能を披露したりする「にぎわいフェスタ」が開催されており、地元の人たちが沿線で旗を振るなどして臨時列車を歓迎した。


ほっとゆだを出発し横手方面へ走り去る観光列車「ひなび 錦秋湖」(記者撮影)


北上線は普段は基本的にキハ100形気動車が1両で走る(記者撮影)

北上線の起点となる北上駅は、東側に北上川が悠然と流れ、河畔は桜の名所の「展勝地」となっていて、昭和30年代の歌声喫茶で流行した『北上夜曲』の歌碑が建つ。駅の西側には歓楽街の青柳町。市役所本庁舎や「さくら野百貨店」が入る「ツインモールプラザ北上」はその奥にある。

北上駅は1890年、東北本線を建設した日本鉄道の黒沢尻駅として開業した。合併前の旧北上市が発足した1954年に北上駅に改称。1982年には東北新幹線が開業した。現在は日中、1時間に上下1本ずつの「やまびこ」が停車する。新幹線のホームがある東口と在来線のホームがある西口は地下通路でつながる。0番線が北上線のホームだ。


北上駅の在来線側の西口。駅前には「JR東日本ホテルメッツ 北上」(記者撮影)


北上駅の新幹線側の東口。北上川はここから徒歩圏内(記者撮影)

北上駅前にホテルが新規開業

最近、駅周辺でホテルやマンションの開発が進んでいる。半導体や自動車の関連企業の集積による宿泊・住宅需要が見込まれるという。北上工業団地にはキオクシア岩手、南に隣接する金ケ崎町にはトヨタ自動車東日本というように市の内外に生産拠点が集まっている。奥州市では2025年秋、東京エレクトロンの製造子会社が生産・物流センターの竣工を予定する。


北上工業団地のキオクシア岩手の製造棟(記者撮影)


キオクシアの巨大な製造棟は東北新幹線からもよく見える(記者撮影)

北上駅の東口には2023年11月、大浴場やレストランを備えた「さくらPORT・HOTEL」がグランドオープン。1階には北上観光コンベンション協会が入り、観光案内やレンタサイクルの貸し出しをしている。ホテルに先立って賃貸マンションやオフィス棟、立体駐車場も誕生した。


北上駅東口に開業した「さくらPORT・HOTEL」(記者撮影)

一方の西口では相鉄グループが2026年秋に「相鉄フレッサイン」ブランドのホテル開業を予定する。相鉄ホテル開発の担当者は「北上エリアは東北新幹線や東北自動車道により交通の利便性が高く、駅周辺には製造業を中心とした複数の工業団地が集積しているため、ビジネス出張の需要が安定的に見込める。また、本用地は北上駅西口至近に位置しており、徒歩でのアクセスも非常によいため、出店を決定した」と説明する。


相鉄グループも2026年秋、西口にホテルの出店を予定する(記者撮影)

相鉄グループは2022年12月に九州の熊本市で「相鉄グランドフレッサ 熊本」を開業している。熊本は郊外に自動車関連や半導体企業が所在しており、北上市も「ビジネス需要が見込めるエリア」(相鉄ホテル開発の担当者)という共通点があるという。北上に出店するホテルは地上14階建てで、客室数は167を予定。東北地方では仙台に続いて2店舗目となる。

北上線も厳しい状況

JR東日本の発表資料によると、北上―横手間の2023年度の平均通過人員は1日当たり266人。北上―ほっとゆだ間が388人、ほっとゆだ―横手間が101人となっている。

また、同社が10月29日に公表した平均通過人員が1日当たり2000人未満の線区ごとの収支データによれば、北上―ほっとゆだ間の営業係数(100円の運輸収入を得るためにかかった営業費用)は2738円、ほっとゆだ―横手間は3986円と厳しい状況が続く。

北上線は本数も両数も少ないのが難点だが、沿線には東京駅からも1回の乗り換えで行くことができる。ニューヨーク・タイムズの特集記事で取り上げられた県庁所在地の盛岡市ほど外国人観光客が多く訪れているわけでもない。全線開通100周年を機に改めて注目してみるのもよさそうだ。


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(橋村 季真 : 東洋経済 記者)