有権者に毎日「100万ドルあげる」ってマジか…!イーロン・マスクがトランプを必死に応援する「本当の狙い」

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事実上の買収(違法行為)との見方も

来月5日に迫ったアメリカ大統領選(を中心とする総選挙)に向けて、世界的な実業家で大富豪のイーロン・マスク氏がなりふり構わぬトランプ支援に動いている。

今月19日には最大の激戦州であるペンシルベニア州で、マスク氏の「言論の自由と銃所持の権利」を求める請願書に署名した登録有権者の中から「(選挙の投票日まで)毎日1人に100万ドル(約1億5000万円)」を抽選で与えると発表した。

これはマスク氏がトランプ氏を支援するために立ち上げた政治団体「アメリカPAC」を通じて実施される。同日、マスク氏が出席した地元の対話集会で初回当選者の男性が明らかにされた。

米国の連邦法では、選挙における投票あるいは有権者登録のために金品を配る事は(買収行為として)違法とされている(違反者には禁固刑が科せられる可能性もある)。

しかし今回のケースでは、マスク氏(のアメリカPAC)がすでに登録を済ませた有権者の中から「言論の自由と銃所持の権利」への署名者を募ってお金を渡すことから、少なくともマスク氏やその支持者らは合法と見ているようだ。

とは言え、このマスク氏による署名活動の存在を知れば、そのためにあえて有権者登録をする人も多いと見られ、それらの人たちは恐らく共和党トランプ候補に投票することから、事実上の買収(違法行為)ではないか、との見方もある。つまり法的にはグレーゾーンにあるとされる。

スーパーPACとは何か?

ちなみにマスク氏がトランプ氏のために立ち上げた「アメリカPAC」などは、一般にスーパーPAC(Political Action Committee:政治活動委員会)と呼ばれている。この種の政治団体は、選挙に多大な影響を与えるテレビなど各種広告やキャンペーン活動のために資金(寄付)を無制限に集めることができる。マスク氏自身はこれまでアメリカPACに7500万ドル以上(ゆうに100億円以上)を寄付したと見られている。

ただし、こうしたスーパーPACはトランプ氏のような候補者、あるいは共和党のような政党とは法的に分離している(だからこそ、無制限な資金集めができるのだ)。つまりアメリカPACはあくまでマスク氏が独自に立ち上げた団体であり、原則的にはトランプ陣営とは独立して活動しなければならない。

このように実質的にはトランプ氏を当選させるために活動しているが、公式には各々が別個の団体なので、トランプ陣営とアメリカPACの間には一種「阿吽(あうん)の呼吸」による連携プレイが求められる。

しかしトランプ氏のような候補者陣営から見れば、アメリカPACのようなスーパーPACによる支援活動は自分たちで完全にコントロールできないため、両者の連携がうまく行かないと陣営が望まない広告やキャンペーンが打ち出されてしまうリスクもある。今回のマスク氏(のアメリカPAC)による奇抜な署名活動も、ひょっとしたらトランプ陣営にはそう映ってしまうかもしれない。

最初はバイデンにすり寄ったのに

それにしても何故マスク氏はそこまでトランプ支援に熱をあげるのか?

マスク氏は以前は政治にはあまり関心がなかったが、それでもどちらかと言えば(共和党トランプ氏に対抗する)民主党の支持者と見られていた。昨今の世界的EVブームを巻き起こしたテスラCEOであるマスク氏が、電気自動車や持続可能エネルギーなど環境保護を優先する民主党を支持するのは自然だ。実際、(前回の)2020年の大統領選挙でも、マスク氏はジョー・バイデン氏に投票したと公言している。

このバイデン氏が大統領に当選すると、テスラ(つまりマスク氏)は何度もホワイトハウスに連絡をとり、バイデン政権との良好な関係を築こうとした。しかしバイデン大統領はすり寄ってくる彼らを冷遇し、2021年8月にホワイトハウスで開かれたEV関連のイベントにもマスク氏をはじめテスラ幹部を招待しなかった。このイベントでは、2030年までに米国で発売される自動車全てを、EVなど温室効果ガスの排出ゼロ車とする法案にバイデン大統領が署名した。

その場に招待されたGM(ゼネラルモーターズ)やフォードなど自動車メーカーのCEOを、バイデン大統領は「米国の環境保護をリードする立役者」と賞賛した。が、この時点でこれら自動車メーカーによるEVの販売台数は、当時EV市場で先頭を走っていたテスラの足元にも及ばなかった。後にこのニュースを耳にしたマスク氏は激怒したとされる。

バイデン大統領がテスラ(マスク氏)を冷遇したのは、米国で伝統的に民主党を支持し、いまだに大きな政治力を有するUAW(全米自動車労組)に気を遣ったせいだ。テスラは自社の従業員が労働組合を作ることを禁止している。もしもバイデン大統領がテスラを優遇すればUAWからの支持を失い、次回以降の選挙で自身や民主党の候補者らが落選してしまう恐れも出てくる。

この一件を機にマスク氏は、急速に共和党支持へと傾いていった。米ウォールストリート・ジャーナルによれば、同氏は手始めに2022年の中間選挙で民主党の候補者を攻撃するネガティブ・キャンペーンに5000万ドル(当時の為替レートで65億円)以上を寄付したという。

ハイテク規制策を打ち出すバイデン政権に反発

マスク氏は自分がバイデン大統領から冷たくあしらわれたことに腹を立てただけではない。同氏とピーター・ティール、デイヴィッド・サックス氏ら、いわゆる「ペイパル・マフィア」と呼ばれるシリコンバレーの有力投資家・実業家らは、バイデン政権のハイテク政策全般に不満を募らせていた。

たとえばバイデン政権下のSEC(証券取引委員会)は暗号通貨を厳しく規制する政策を打ち出し、これが後に大手交換業者FTXの破綻や同社サム・バンクマン・フリードCEOの逮捕・起訴、そして有罪判決につながったと見られている。

また同じくバイデン政権下のFTC(連邦取引委員会)はグーグルやマイクロソフト、メタなどビッグテックに対して反トラスト法(独禁法)を厳格に適用し、最近ではAI(人工知能)やそのベースとなる半導体GPU(グラフィクス・プロセシング・ユニット)など次世代技術も規制する姿勢を見せ始めている。

これら一連のハイテク規制策にマスク氏らペイパル・マフィアは反発し、やがてトランプ支持で結束していくことになる(ただしペイパル・マフィアの中には、リード・ホフマン氏らいまだに民主党を支持している有力投資家も残っている)。

ティール氏らはトランプ陣営やそれを支援するスーパーPAC等に巨額の政治資金を提供する見返りに、ティール氏自身が育て上げたベンチャー・キャピタリストであるJ.D.ヴァンス氏を副大統領候補として送り込むことに成功した。

掌返しのトランプがシリコンバレーの支持を奪取

トランプ氏は2016年に大統領に初当選してからしばらくは、当時のフェイスブック(現在のメタ)やツイッター(現在のX)に対し「保守派の意見を抑圧している」などと批判していた。

特にフェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEOに対しては、名指しこそ避けたものの「選挙詐欺を働いた者を刑務所にぶちこむ」などと暗に脅したとされるが、最近ではこれらハイテク企業の高まる政治力を認め、彼らを懐柔する姿勢へと転じた。

一方、暗号通貨に対しても、かつてはビットコインを「詐欺」と断罪するなど厳しい姿勢で臨んでいたが、最近ではその姿勢を180度転換して「自分が大統領に再選された暁には、アメリカを暗号通貨王国にする」などと宣言している。

トランプ氏はまた、AI技術を基本的に規制しないという方針を打ち出している。最近では反トラスト法訴訟の有罪判決で企業分割の危機に晒されているグーグルについても、世界市場における米国企業の競争力を維持するために「自分が大統領に当選したらグーグルは分割させない」とする旨を表明している。

これらのことから、ペイパル・マフィアなど有力投資家・実業家らは「バイデンに比べればトランプの方がまだマシ」という見解で一致した。これまで選挙広告が有権者に与える影響についての分析等では民主党やそのスーパーPACに軍配が上がると見られてきたが、彼らシリコンバレーのハイテク事業家・投資家たちはITを使った世論分析などを駆使して共和党の優位性を確立しようとしている。

中でもマスク氏は2022年に440億ドルという巨額の買収で手に入れた「X(旧ツイッター)」をフル活用して選挙戦に臨んでいる。今年7月に民主党の大統領候補がバイデン氏からカマラ・ハリス氏に切り替わると間もなく、ハリス氏が自身を「究極の人種多様性候補」と自虐的に呼ぶディープフェイク映像をマスク氏がX上で拡散させるなどして物議を醸した。また翌8月には、マスク氏がX上でトランプ氏をインタビューして世界的な話題となった。

マスク氏に買収されて以降のXは広告主の離反を招くなどして黒字化の目途が立っていないが、マスク氏はもはや事業を度外視して、Xを自分やトランプ氏の声を有権者に届ける政治的な拡声器として割り切って使っている感もある。

地獄から天国への脱出を賭けて

こうした中、本来の実業家としてのマスク氏は現在様々な困難に直面している。

まずマスク氏自身がCEOを務めるテスラは、その「オートパイロット」や「FSD(Full Self Driving)」など運転支援(自動運転)機能の関与が疑われる死傷事故を理由に、多数の訴訟や米NHTSA(国家道路交通安全局)など規制当局による厳しい調査の対象となっている。

また同じく自身がCEOを務めるスペースXは、2020年12月に実験用に打ち上げた再利用可能な宇宙ロケット「スターシップ」が着陸時に引き起こした爆発事故などからFAA(Federal Aviation Administration:連邦航空局)の厳重な監督下にある。環境保護団体からは「ロケット打ち上げ基地が周辺の森林や生態系を破壊する」との指摘も出ており、これへの対応も迫られている。

さらに同社は「スターリンク」など衛星通信事業も営むことから、使用できる周波数帯についてFCC(連邦通信員会)の許可が必要であり、その監視にもさらされている。

このようにマスク氏(の会社)とバイデン政権の間には摩擦が山積している。マスク氏はこれらの監督や規制が自動運転の進捗や宇宙開発などを遅らせていると不満を募らせている。

これに対しトランプ氏は、自身が大統領に再選されればマスク氏を(新設する)政府効率化委員会(government efficiency commission)のリーダーに抜擢すると公言している。実際にそうなれば、マスク氏はこれまで自分を締め付けてきた政府機関や規制当局を今度は自分が監督・指揮する可能性が出て来る。つまり立場が完全に逆転するのだ。マスク氏がトランプ氏を当選させようと躍起になるのも無理はない。

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