陸上・女子100mハードル
田中佑美インタビュー後編

◆田中佑美・前編>>「『怖い』よりも『楽しい』。パリは『自分の大会』だった」
◆田中佑美・中編>>「ラッキーで決勝に行けたとしても、それはそれでよくない」

 パリでの戦いが終わったあとも、田中佑美(富士通)は立て続けにレースが続いた。

 そして今季の最終戦となった9月23日の全日本実業団対抗選手権では、女子100mハードル日本歴代2位となる12秒83をマークした。ようやく長かったシーズンを終えて、田中は束の間の休息期間を迎えた。

 来年は、東京で世界選手権が開催される。飛躍のシーズンを終えた田中に今後の展望を聞いた。

◆田中佑美・パリオリンピックを終えて〜「私服」スタジオ撮影オフショット集>>

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田中佑美はこのオフ、どう過ごす? photo by Sano Miki

── オリンピックが終わってからもレースが続きました。

「オリンピックが終わってすぐに山梨で試合があって走り、次の週は福井で試合があったんですけど、福井のレースは台風でなくなってしまいました。

 そのあとはクロアチアに飛んで(世界陸連の)カテゴリーAの試合に出場。帰国して今度は全日本実業団対抗選手権に出て......と、けっこう忙しく過ごしていました。

 2月の頭から海外のインドアのレースに出ていたので、今年のシーズンはかなり長かったです。やっと終わったっていう感じですね」

── 全日本実業団では自己ベストをマークしました。

「自己ベストを一応出したんですけど、ここ2年間は雨とか風に恵まれないレースが多かったですし、自分が今まで競り合ってきた選手の持ちタイムを考えると、外的コンディションが整えば今の自己ベストよりもいい記録がポンと出るんじゃないかなって思っていました。

 少なくとも私は、日本選手権で12秒7台を出さなければいけなかったと思っているので、それぐらいは出したいって思っていました。なので、自己ベストを出したことに関しては、『これだけか......』っていう気持ちが先にきました(※6月の日本選手権の記録を0秒02だけ更新した)。

 あとは、早くシーズンオフしたいと思っていたので、『やっとシーズンが終わった!』っていう気持ちが強かったですね。自分の記録に関しては、薄い感想しか出てきません(笑)」

【がんばりすぎず、コントロールしながら】

── 新しい技術も試されていると言っていました。どんな点を改善されているのでしょうか。

「ハードル種目は、ハードル間の距離が決まっているので、そこをいかに速く3歩で進むかというのが、ひとつのカギになります。

 速く進むにはどうしたらいいかというと、脚を速く回せばいいって思うじゃないですか。私もこれまでは、そう思っていました。

 でも、速く回す意識だけだと、スカスカって上手に地面を捕まえられず、トータルで見るとスピードが上がりきらないんですよね。そこで、脚を回しながらもしっかりと(前に)進ませる技術を習得できるように練習しています」


田中佑美に来季の目標を聞いてみると... photo by Sano Miki

── シーズンを通して、アベレージが上がっています。パリオリンピックもありましたが、今季はどんなシーズンでしたか。

「大崩れしたレースが少なくて、シーズンを通して落ち着いた状態で試合に出られました。記録も安定していて、悪くはないシーズンだったんじゃないかなと思います。

 でも、次の段階では『一発』がほしいんですよ。一発屋でもいいので(笑)。ほかの選手や記者の方からは『一発があって苦しんでいる人がいるよ』と言われるんですけど。それが爆発力につながってくると思っています。

 とはいえ、一発って狙って出すものではない。自分が今、課題としていることに対して継続的にアプローチをし続けて、すべてが噛み合った時に記録が出ればいいなと思っています。がんばりすぎず、自分が心地よくできる範囲を、時にはわざと越えつつも越えすぎないように、コントロールしながらやっていきたいと思います」

── 今後についてお聞かせください。

「パリオリンピックの準決勝で感じた12秒5台の選手との技術の差が、もしかしたらオリンピックで一番印象に残っていることかもしれません。今後のモチベーションになるのも、そこだと思っています。

 なので、今やりたいことは、そういった技術をしっかり習得して、試合で再現することです。それでコンディションが噛み合った時に、いい記録を出したいです」

【オフもアスリート的思考が頭をよぎる】

── 世界選手権の参加標準記録が、パリオリンピックの12秒77から12秒73へとさらに引き上げられました。

「正直、上がるだろうなとは思っていました。12秒73という参加標準記録に関しては『12秒6台に入らなくてよかった』くらいに思っています。

 でも、参加標準記録が上がったからではなく、自己記録を上げていくことは、今後目指していくべきことだと思っています。


東京開催の世界選手権への想いは? photo by JMPA

 戦略としては、パリの時と変わりません。パリオリンピックは39番目の出場で、総合18位でした。自己記録が遅くても、シーズンを通していい記録を出していなくても、やっぱりスタートラインに立つことが大事だっていうのをあらためて感じました。

 そのための戦略として、(ワールドランキングでの出場に必要な)ポイントを稼ぐことが有利に働くのであれば、そうしていきたいです」

── 世界選手権が東京で開催されることに、特別な思いはありますか。

「いちアスリートとして、東京だからといって(ほかの世界大会と)大きく変わりません。でも、陸上競技に携わる者として、オリンピックでスポーツが注目されているなか、東京で世界選手権が行なわれることは見逃せないことだと思います。

『自分が満員の観衆のなかで走りたい』というよりも、『国立競技場が満員になるくらい陸上競技の価値が上がればいいな』と思っています」

── 長いシーズンを戦い終えて、試合がない今の状況はどんな感じでしょうか。

「日常生活のなかで一瞬、アスリート的思考が頭をよぎるんですよね。『そろそろ寝ないと明日の練習に差し障るな』とか、食べる物でも『これ油が多いな』とか。そういうのが一瞬よぎったあとに、『今は移行期間だから何をしてもいいんだ』と切り替えてすごしています」

── トレーニングも今はオフ。

「今はトレーニングをしていません。リフレッシュ期間です。1週間は何もせずにすごして、次の1週間で少しずつ冬季の計画を考え始めようと思います。さらに次の週からジョギングをしようかなっていう感じです」

【溜めに溜めまくったストレスを緩和】

── 意外に短いオフのような気がしますが、何をしようと考えていますか。

「昨日はクロワッサンを焼きましたし、明日は会社の同期のアスリートと買い物に行きます。オフ期間は怠惰になるのが仕事なので、溜めに溜めまくったストレスを緩和していきます(笑)」

── 多少の不摂生もOKでしょうか。

「OKです。電車に乗っている時間に、オフ期間のやることリストを作っています。ファーストフードに行く、とか(笑)。ふだん食べていないので、食べに行きます。でも、この時期って期間限定メニューが月見バーガーしかないんですよね......(笑)。大きな遊園地に行っても、いつもハロウィンの時期ですし。そこらへんには不満はあります(笑)」

<了>

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【profile】
田中佑美(たなか・ゆみ)
1998年12月15日生まれ、大阪府出身。中学から100mハードルを始め、関西大学第一高ではインターハイを連覇し、第9回世界ユース選手権に日本代表として出場する。立命館大学では関西インカレ4連覇、2019年には日本インカレ優勝。2021年4月より富士通に所属し、2022年の日本選手権で3位、2023年世界選手権(ブダペスト)日本代表、2023年のアジア大会で銅メダルを獲得する。パリオリンピックでは準決勝に進出。Instagram→Tanaka Yumi(@yu____den)