わずか19室、瀬戸内の高級宿「ガンツウ」の真骨頂
瀬戸内の眺め。国内のラグジュアリートラベルでは、瀬戸内海を周航するガンツウが注目されている(写真:oku20161225/PIXTA)
パンデミックで一時は低迷した宿泊産業。しかしコロナ禍が明け、現在、ホテル業界は再び活況を迎えている。客室のほか、レストランやスパ、宴会場などを備えるホテルは、これまでも時代とともに変化し、新しい価値を提供し続けてきた。近年はインバウンドの影響により多様化も進んでいる。
今回は「サービスの最高峰」ともいえるホテルの進化と価値づくりについて、星野リゾートで旅館再生事業を経験した林田研二氏の著書『ホテルビジネス』から、一部を抜粋してお届けする。
高価格ホテルを選ぶべき理由
みなさんにも、OTA(オンライントラベルエージェント)を活用してホテルや旅館を予約する機会があると思います。OTAの1つに「一休.com」がありますが、一休の企業戦略では「高級な宿に高い頻度で宿泊しているお客様」をターゲットにしています。
利用者のデータを深く分析してみると、「年間100万円以上使う顧客」の売り上げセグメントが安定的に伸びているということがわかったそうです。月額換算で最低1泊10万円以上のホテルに毎月宿泊しているということになります。
世の中に高い値段が設定されているモノ・コトは、高級ホテル以外にもいろいろありますが、高価格には必ず理由があります。そしてそれは、そこにお金を払う人がいる理由でもあります。ホテルについても、それをしっかりと理解した上で利用していきましょう。
「ホテルの価格が高い=高い価値を提供している」ということです。
ホテルにおいては、お客様がそこで過ごす時間がレストランや店舗と比較しても圧倒的に長くなります。旅行であれば日常から離れて心身ともに休むこと、出張であれば長い1日の終わりに安らぐことという、高い期待値を持ってゲストは訪れます。
到着してスタッフに迎えられる瞬間や、家族とともに楽しむディナー、そして眠りにつくまで。翌朝目覚め、美味しい朝食を食べて出発時にスタッフに見送られるまで。
従業員が1つひとつの体験を少しでも良くすることは、お客様の満足度に直接的につながります。特にラグジュアリーホテルは、こういった価値提供に力を入れる傾向にあるといえます。
みなさんご存じの「ザ・リッツ・カールトン」に代表されるように、ラグジュアリーホテルではいくつもの伝説的なサービスが生まれています。
総じて価格の高いホテルを選択し宿泊するということは、「顧客に徹底的に寄り添い、サポートするという、ラグジュアリーホテルの普遍的な価値を体験できる」ということなのです。
美しい国の、美しい一日がある。
私が社会人になって初めての出張で行ったホテルが、建て替え前の「パレスホテル」(現・パレスホテル東京)でした。
1960年、(株)パレスホテルが設立され、パレスホテルの歴史がスタートします。1961年10月、当時としては初めてオフィスビルを併設したパレスホテルは、国内外の賓客を迎えて盛大な開業披露パーティーを開催。最新設備を備えた近代的ホテルとして誕生しました。
建築物としての評価も高く、約166万枚の信楽焼の小口タイルを使用した外壁などが認められ、1963年に建築業協会賞(現在のBCS賞)を受賞しました。また、1997年にはホテル業界で初めて、ホテル内での生ゴミを有機肥料に変える循環型リサイクルシステムを実現し、“人と環境に優しいホテル”としても知られることとなりました。
2012年5月には、「パレスホテル」から新しく「パレスホテル東京」として生まれ変わりました。
パレスホテル東京のすごさは、丸の内という好立地に甘えることなく、「ジャパニーズ・ラグジュアリーホテルのフロントランナー」という立ち位置を、明確に国内外に発信し続けているということです。
アメリカのトランプ元大統領も宿泊しましたが、これからの日本のホテル業界を語るうえで、パレスホテル東京は「日本三大ホテル(帝国ホテルル、ホテルニューオータニ、The Okura Tokyo)」以上に重要なポジションを担っています。
客室の広さは、外資系ラグジュアリーホテルのスタンダードである45平方メートル以上。同じ丸の内アリアにある東京ステーションホテルのリニューアルとは違い、完全に取り壊し新しく建て直したことにも、強い覚悟を感じます。
また、2016年に「フォーブス・トラベルガイド」のホテル部門にて日系ホテルとして初めて5つ星を獲得し、それを9年連続で維持した点は特筆すべき点です。経営陣とスタッフの並々ならぬ努力のたまものでしょう。
また、2022年には建て替えから10年を迎え、外国人富裕層のニーズが高いスイートを6室増室して18室にしました。宴会場「山吹」のリニューアルも実施し、ハード面の投資も行うなど、攻めの経営を継続しています。
高額な費用をかけリブランドする理由
ホテルのリブランドとは、ホテルのブランドイメージやターゲット顧客層を変更することです。具体的には、次のような施策があります。
・ ホテル名称の変更
・ ロゴマークやデザインの変更
・ 客室や館内の改装
・ アメニティやサービス内容の変更
・ マーケティング・プロモーション活動の変更やシステムの変更
リブランドの目的はさまざまですが、主に考えられるのは次に挙げるものです。
・ 競争力強化:競合ホテルとの差別化を図り、顧客を獲得するため
・ 収益向上:新たな顧客層を取り込み、売り上げを増加させるため
・ ブランドイメージの刷新:古くなったイメージを払拭し新しいイメージを付与するため
・ 経営戦略の変更:ターゲット顧客層や事業内容を変更するため
近年では、コロナ禍の影響で業績が悪化したホテルや、新しい顧客層を取り込みたいホテルなどが、リブランドを実施するケースが増えています。
ホテルリブランドは、多額の費用と時間がかかるため、慎重な検討が必要です。また、顧客にどのように受け入れられるかも重要なポイントとなります。下記は、ホテルリブランドの成功事例です。
OMO5京都祇園 by 星野リゾート
築100年以上の京町家をリノベーションしたデザイナーズホテル。若い世代を中心に人気を集めています。
samana hotel Yakushima
ライブキッチンを新設したビュッフェダイニング「The View Restaurant」が人気。地元の生産者から仕入れた四季折々の食材を用いたメニューを提供しています。
ラグジュアリートラベルとguntû
国内のラグジュアリートラベルとしては、瀬戸内海を周航している「guntû(ガンツウ)」がまず思い浮かびます。ガンツウは、瀬戸内海でとれる小さなイシガニの備後地方の方言です。
お乗りいただくお客様にも地元の人々にも、その小さなカニのように永く愛される存在となるように。そして瀬戸内の伝統、文化、自然を豊かな滋味として味わってもらえるようにという想いを込めて名付けられました。
わずか19室のガンツウでは、船内という限られた空間で宿泊、レストラン、アクティビティ(船外体験)のサービスを提供しています。
クルーは朝から晩まで同じ相手に接客することになるので、ゲストとの距離感がとても近くなります。瞬間的な接客ではなく、旅のお供をしているなかでの接遇サービスですので、付かず離れずといった絶妙な距離感があります。
都会から来るゲストと同じ目線で、この地の風景や文化、食材の特徴などを、それぞれのサービススタッフが伝えています。ガンツウは「船であって旅館」という位置づけの新しいスタイルかもしれません。
通常の宿泊施設同様、客室は重要なコンテンツですが、ガンツウにおいてそこは居住空間でもあります。そのため、客室でどれだけ寛いでもらえるかという点に注力しています。
客室はゲストにとって「わが家」のようなものです。そのため、ゲストの動線や備品をその位置のまま、清潔な状態を保ち、「作り上げる」「整える」「介入しすぎない」という目に見えないサービスを施しています。
まさにこれこそラグジュアリーです。
「お好きなものを、お好きなだけ」というのが、ガンツウの食事の基本スタンスです。海の上にいながら、気の向くままに食事を楽しむ。提供するのは、東京「重よし」佐藤憲三氏の思いを継ぐ料理です。
シンプルで洗練された重よしの料理を基本とし、一期一会の食材が持つ、一瞬の味わい、素朴さ、美しさをていねいに調理し、ゲスト1人ひとりの好みにあわせた献立となっています。
(林田 研二 : 株式会社オータパブリケイションズ執行役員/月刊HOTERES編集長)