『天国映画館』清水晴木 × 『愛しさに気づかぬうちに』川口俊和 対談「大切な方を亡くされた人に読んでほしい」

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■感動的な物語を紡ぐ2人が奇跡の対談

参考:『もうじきたべられるぼく』絵本作家・はせがわゆうじインタビュー「世の中は勝手な選別で溢れている」

 天国を去る人の人生の映像を上映する“天国映画館”に、記憶を失って訪れた小野田明。自らの死を悟った小野田は、天国映画館の支配人である秋山のもとで働くことになる。小野田は映画館で観客とともに、様々な人の人生を観ているうちに、記憶と心に変化が訪れていった――。

 多くの人が涙している感動作『天国映画館』(中央公論新社/刊)の作者·清水晴木さんと、世界中でベストセラーとなっている『コーヒーが冷めないうちに』(サンマーク出版/刊)シリーズの作者にして、6作目となる『愛しさに気づかぬうちに』が刊行されたばかりの作者·川口俊和さんが対談。

 現代人の心を揺さぶる感動的な物語は、どのようにして生まれたのか。小説を書き始めたきっかけとは。話が盛り上がっていくと、清水さんと川口さんには、物語を創る原点から執筆の手法まで共通点が多いことがわかった。意気投合した2人は、お互いの趣味から創作論まで様々な話題に花を咲かせた。

■白血病になったことを機に本格的に脚本の道に

――まず、川口先生、清水先生が文章を書き始めたきっかけからお聞きしたいです。

川口:僕はもともと小説家ではなく、漫画家志望でした。演劇部に入ってから女子にほだされて、「手伝ってもらえない?」「漫画家を目指しているんだから脚本も書けるんじゃない?」と言われて、脚本を書いたのが始まりです。

清水:僕が通っていた高校では、文化祭の催しで3年生が劇をやる決まりがありました。僕は本を読んだり映画を見るのが好きで、だったら脚本をやってみたいなと思って執筆したのが最初です。みんなで何かを作るのはめちゃくちゃ楽しかったですね。しかも、劇は先生たちからの評判も良かったんですよ。

――というと、清水先生は高校生の頃から脚本家や小説家を志望していたのですか。

清水:いえ、国語の先生を目指そうと思っていました(笑)。まさか、小説を仕事にするなんて考えてもいなかったです。ところが、大学1年生までは教職の授業をとっていましたが、作品を作る側になりたいと言う思いが強くなりました。大学の中でも転部をして、放送作家やドラマの脚本などを学びました。

川口:脚本と言えば、「シナリオ·センター」には行きましたか?

清水:僕は在学中に通いましたね。脚本のいろはを学びました。

川口:おお、やっぱり! 僕は小説家になってから行きましたよ。

清水:シナリオ·センターで学んでからは、自分でもぽつぽつ脚本を書けるようになりました。僕は特に秀でた能力もなく、それまで趣味でも長く続くものがなかったのに、脚本にはのめり込めたので、これを夢にしてもいいのかなと思うようになりました。

――脚本に没頭していた清水さんが、小説を書こうと思ったのはなぜですか。

清水:大学を卒業してすぐ、白血病で入院したのです。骨髄移植もして、その後1~2年は何もできませんでした。まっとうに会社員ができないので、それなら作品作りに集中したいと思いました。そして、脚本は映像や舞台にするまでにたくさんの人の力が必要ですが、小説なら1人で完成形までもっていけると思い、書き始めたのです。

川口:演劇も脚本を書いても、役者がいないと形にならないからね。僕の知り合いの小説家も、小説はパソコン1台あれば何でもできると言っていましたよ。

■映像を最初に思い浮かべてから書く

――脚本が小説を書くきっかけであることは、川口先生も、清水先生も共通していますね。

清水:僕は小説を書くとき、まずは映像を最初に思い浮かべてから書き始めます。川口先生はどうですか?

川口:僕も頭の中に絵が出てくる感じで、まず脚本を書いてから小説にするスタイルです。バーッとセリフだけ書いて、プロットとして編集さんに渡して、検討を重ねて小説にする。『コーヒーが冷めないうちに』の1作目は舞台の脚本がベースだったから、ほぼそのやり方を踏襲しています。最近になってやっと脚本と小説の表現の違いがわかってきて、小説から書き始めることに挑戦していますが、難しいですね。

清水:脚本から作るのは川口先生ならではのスタイルで、驚きですね。でも、僕もどんどんセリフで進む物語を書いていこうと決めています。セリフを書き終えてから地の文を補強するので、作り方は似ていると思いました。

川口:僕も最初に会話を作っちゃいます。地の文は、自分が演出家だったらこんなことを言うだろうな……という言葉をつけ加える。『コーヒーが冷めないうちに』の1作目は劇みたいな小説だと言われましたが、その通りなんですよ(笑)。

――清水先生は、川口先生の作品をお読みになってどう感じますか。

清水:ワンシチュエーションの物語で、最後までいくのは凄いですよね。小説はどこまでも世界を広げられるのに、最初に制約を設けているわけじゃないですか。

川口:いや、僕はワンシチュエーションじゃなかったら書けなかったと思います。舞台でやっていたことをそのまま書いたからできたことで、いろいろな場面転換や状況の変化があったら、形にならなかったと思います。

清水:執筆中は役者さんの顔も想像しますか。

川口:僕は真っ先に顔が思い浮かびます。1作目なんて、舞台で役者がどこを見ていたのかまで覚えているくらいだから。最近の方がしんどいですよ。映像は浮かぶけれど、舞台になっているわけではありませんから。

清水:僕も登場人物に好きな役者さんを当てはめるので、映像がベースにあり、それを文字に起こしていきます。『天国映画館』も映画館が舞台ですが、シチュエーションは映画館、丘の上、喫茶店くらい。ある方から「舞台化もいけるよね」と言われました。

川口:いけます! 舞台をやっていた僕が見ても、舞台化できます! 断言しますよ(笑)!

■ハートフルな物語にしたい

川口:清水先生が小説を書くときの最初のとっかかりはどこなんですか。映画館を舞台にしたいと考えるのか、それともこういう人物を出したいと考えるのでしょうか。

清水:僕はちょっとファンタジー要素というか、何か引っ掛かりがある設定を入れたいなと考えます。今回はそれが天国の映画館という設定です。映画館があって、走馬灯のように過去の出来事を「みんなで見る」というアイディアで進めました。

――『天国映画館』の物語の軸はそうして生まれたのですね。

清水:それでいて、天国にいる人の日常を描きたいなと思い、思い浮かんだシーンを重ねていったのです。あと、川口先生の作品にあった「幸せになることを選択する」という言葉から感銘を受け、僕の小説もハッピーエンド、ハートフルにしたいと思いました。

川口:物語の着地点が似ていると感じます。

――ちなみに、天国の映画館という設定を思いついたきっかけは。昭和レトロな雰囲気の映画館のようですが、モデルにした映画館などはありますか。

清水:僕は一昔前のレトロなものに懐かしさを感じるタイプで、これまでの作品でも平成初期のことなどを書いていたりするんです。僕が子どもの頃の映画館は、お客さんが階段に座っていたり、自由にスクリーンを移動できたと聞きます。そうした懐かしさを描写したいと思いました。モデルは特にありませんが、書き終わってから調べてみたら、千葉にも「千葉劇場」という100席くらいの映画館が残っているようで、行ってみたいなと思っています。

――清水先生は、小説を書くときにこだわっている部分はありますか。

清水:これまでの作品もそうだし、今回は特に亡くなったあとの物語なので、ハッピーエンドにすると決めてから書きました。また、“救い”を作品の根底に入れたいと思っています。

川口:いいですね。今回の対談の依頼が来て『天国映画館』の1話目を読んだとき、『コーヒーが冷めないうちに』と同じで時間制限がある中で展開する物語だったから、清水先生とお酒を飲んだら楽しいだろうな、盛り上がるだろうな……と思いました(笑)。苦労した人や、後悔したり困難だった人が一歩前に進む物語は魅力的でしたし、楽しい対談になると思いました。少なくとも、喧嘩にはならないだろうと(笑)。

清水:僕自身、川口先生の作品が大好きです。僕の『さよならの向う側』を読み終えた方は、『コーヒーが冷めないうちに』を思い出す人が多いと聞きます。『コーヒーが冷めないうちに』は感動的でハートフルな小説のベンチマーク的な作品ですよね。

――お話を聞いていると、先生方に共通点が本当に多いなと感じます。

川口:そうですね。僕が『コーヒーが冷めないうちに』を書いたきっかけは、友達が癌で亡くなったことでした。清水先生はご自身が白血病になったことでしたね。僕は演劇って現場で見るものであって、形として何かを残せるとは思っていなかった。でも、小説なら100~200年後にも残り、その時代の人が感銘を受けることもあり得る。そして前を向くきっかけになれば、書いた意味があったなと思います。清水先生の本も、どこかの時代で、大切な人と死別して天国でどうなっているのか不安になった人が読んだら、幸せや救いが得られるでしょうね。

清水:僕がこの作品を通して伝えたいテーマをおっしゃっていただいたので、泣きそうなくらい嬉しいです。僕は作品の中に現代的な要素や流行を入れるのですが、何十年後に読んだ方にこの時代の空気感を感じて欲しいと思い、時代を象徴する固有名詞などを入れたりしています。

■作中に登場する映画は好きな作品ばかり

――『天国映画館』には映画のタイトルが出てきます。川口さんは映画をご覧になることはありますか。

川口:僕ね、演劇やっているくせに、そんなに映画を見ないんですよ。でも、ここに書いてある映画は知っています。『リトル·ダンサー』は見たら絶対に影響を受けると思って……見なかった。『ニュー·シネマ·パラダイス』もやっぱり影響受けると思って拒否している(笑)。物凄く、影響されやすいので。

清水:僕も影響されやすくて、ジャッキー·チェンの『酔拳』を翌日に学校で真似するような子どもでした。

川口:作中に登場する映画は、全部清水先生が好きな映画なのですか。

清水:タイトルもそうですし、作中で登場人物がしゃべっている映画も、僕が好きな作品ばかりです。『インターステラー』のように、親子のつながりや家族の関係を描いている映画が好きなんですよね。

川口:そういえば、10歳の大和くんの話は泣きそうになりましたよ。

清水:最初に思いついたのが大和くんの物語です。僕が入院した時の経験をもとに、少しでも明るくなって、気持ちを前に向けてもらい、救われてほしいという思いを託しました。大和くんは絶対に救いたいと思いながら書きましたね。『天国映画館』は、過去の人生を上映し、未来への希望を書いています。『コーヒーが冷めないうちに』も終盤に未来に繋がっていく場面が描写されています。過去だけを見るのではなく、未来に向けて、前向きな気持ちにさせてくれるのがいいなと思います。

――川口先生は、『天国映画館』を読み終えて、どんな感想をお持ちになりましたか。

川口:読んでいて悔しかったんですよ。同じ分野で、「やられた~!」「そうきたか!」と思った(笑)。

清水:尊敬する川口先生にそういっていただけるのは嬉しいです。『コーヒーが冷めないうちに』は大好きな作品ですから。

川口:いやいや、清水先生には冊数で比べてもかないませんよ。僕なんかただのオッサンですから(笑)。

■『エースをねらえ!』を漫画で読んで大号泣

――最初のお話にもありましたが、川口先生は漫画家志望だったそうですね。お好きな漫画についても、気になるところです。

川口:僕ね、漫画の話をしたら止まらなくなりますよ(笑)。9割が漫画でできていますから。清水先生はどんな漫画が好きですか?

清水:僕はいわゆる“ジャンプ世代”で、『ONE PIECE』や『HUNTER×HUNTER』は子どもの頃から読み続けています。命について描いているときは、手塚治虫先生の『火の鳥』を読んだりもしますね。親も漫画好きで、家には横山光輝の『三国志』や『水滸伝』、手塚治虫先生の『ブラック·ジャック』があり、すべて読んでいました。音楽も親の影響で、サイモン&ガーファンクルやビートルズが好きでした。

川口;清水先生の趣味は共感できますね! 僕が好きな漫画は『エースをねらえ!』です。アニメが有名かも知れませんが、ぜひ漫画で読んでください。宗方仁編と桂大悟編の両方を読んだら、めっちゃ好きになると思います。僕は21~22歳の時に読んで、大号泣した想い出があります。物語を読んだくらいでは泣かない冷たい男だと思っていたのに、俺には熱い血が流れているんだと思いました(笑)。

清水:心が動いたのはどんなエピソードですか。

川口:自分は亡くなるとわかっている宗方仁が、主人公の岡ひろみにテニスの技術を伝えていく。やっと育った岡がアメリカに行くことになった。そのとき病院で、「岡、エースを狙え」と書いて亡くなるんです。このシーンの前にも山場があるのですが、とにかくこの場面が良すぎて大号泣ですよ。

――『エースをねらえ!』はスポ根漫画ですが、感動的ですよね。

川口:僕の人生を変えました。というのも、それまでは排他的な演劇をやっていたんです。最後に全員死んでしまうとか、不幸を描く演劇が当時は流行っていたのです。ところが、無理して書いていたんでしょうね。ぜんぜん上手く書けなかったんですよ。そんなときに『エースをねらえ!』を読んで、俺はこっち(感動系)が好きなんだとわかり、主人公が一歩でも前に進む物語を書くようになりました。

清水:『エースをねらえ!』、ぜひ読んでみたいと思います。

■3作目と4作目の間にスランプになった

――清水先生の文章はとても読みやすく、内容がスッと頭に入ってくるのが特徴です。

清水:地の文も短めで改行も多いですからね。あまり本を読んだことがない人にも伝えたい、ダイレクトに心を動かしたいと思っていて、それがわかりやすさに繋がっているのかもしれません。川口先生の文章も一文が短い。もっと詰まっている小説の方が多いですよね。

川口:僕なんか地の文が全然書けなくて困りました。でも、『コーヒーが冷めないうちに』を書き始めたとき、編集者から「小説にはルールがないので、思った通りに書けばいい」と言われて、肩の荷が下りました。清水先生の作品は字面を見ていても、本当に僕と似ているなと思います。同じ道を歩んでいるんでしょうね。

――先生方は、突然文章が書けなくなるなど、スランプに陥ったことはありますか。

川口:3作目と4作目の間にスランプになって、3年くらい書けなかったな。どう書けばいいのかわかんなくなって、何を書いても面白くないと思った時期があります。

清水:『さよならの向う側』も3作目で悩んでいます。同じ設定でシリーズをやっていると、登場人物も出し切ってしまい、舞台設定の変化を入れないと書けないという状況になりますね。

川口:シリーズものは3作目が山場です。演劇でもそうですが、3作目まで順調でも、4作目が難しい劇団が多いんですよ。

清水:今度4作目に突入しますが、方向性を変えないといけないと考えています。

■川口先生の新作にも期待が高まる

清水:川口先生は違う設定の小説を書く予定はありますか。

川口:もちろん、挑戦はしたいですけれど、今のところはないんですよね。もともと小説家を目指していたわけではないし。でも、『コーヒーが冷めないうちに』の4作目を書いたときに振り切れたんです。それまでは同じ表現が多くて、同じことばかり書いているな、ネタもなくなったなと思って行き詰ったけれど、3巻の後に、1巻の続きのエピソード1.5みたいな感じで、間にある取りこぼしたものを書いていけばいいと開き直れた。物語が伝わるなら、今まで通りの方向でいいんじゃないかと思えました。

清水:読者のみなさんも、『コーヒーが冷めないうちに』の物語を読みたいと思っているんだと思います。

川口:“水戸黄門方式”と言っていますが、伝わるものがあるならそれでいいと開き直れて、4、5、6と続いています。4巻以降はスランプにはなっていないかな。ある程度、世間に認められた感も出てきたし。でも、新しいものは……そうだなあ、『天国映画館』を読んで、こういう発想があるんだなと刺激されたので、何か考えていきたいですね。

――川口先生をリスペクトする清水先生の作品から、川口先生が影響を受けています。

川口:『天国映画館』は設定が秀逸で、広がりを持たせられる物語だと思います。1日に本は200冊出るというけれど、そのなかで自分と同じ方向性の物語に出合えたのは素直に嬉しいですね。僕は本を読むのがめっちゃ遅いのですが、清水先生の本なら一気に読める。物語を忘れる前に続きを読めてしまうのが、凄くいいなと思っています(笑)。

――清水先生、川口先生、『天国映画館』をどんな人に読んでもらいたいですか。

川口:僕の本のテーマにも近いのですが、大切な方を亡くされた人に読んでほしい。人間は誰でも、大切な人と死別する機会が訪れます。亡くなった方がどうなっているのか不安に感じたり、一人で生きていく勇気をもらいたい人が読むと、希望が湧いてくると思います。

清水:僕もそういう方に読んでもらいたいと思っていますし、映画に興味があったり、本を普段読まない方にも手に取ってもらえる作品になればいいなと思っています。