石破氏の頬張るものは

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 石破茂自由民主党総裁が首相に選出された。では、石破が首相に就任したいま、中国側は石破という人物をどう捉え、どう対処しようとしているのか。対する石破も中国とどう接しようとしているのだろうか。実は21年前、石破は中国の“接待攻勢”にあった過去がある。【相馬勝/ジャーナリスト】

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 石破は防衛庁長官だった21年前の2003年9月、中国を公式訪問した。中国側は北京での歓迎晩さん会で、豪華な中華料理に加えて、いつものメニューにない「カレー」を用意していた。カレーが石破の大好物との情報を事前に仕入れていたのだ。石破はこの中国側の配慮について、いまだに驚きとともに、感謝の言葉を口にしている。

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将校の列が

 この歓迎晩さん会では、もう一つサプライズがあった。当時の中国人民解放軍のナンバー3だった曹剛川・中央軍事委員会副主席兼国防相が、中国の銘酒であり、度数が53度もある茅台酒で、石破と乾杯を重ねたことだ。曹は当時すでに67歳であり、5杯目ですでに酩酊状態だった。その様子を見ていた梁光烈参謀総長が部下の将校に命じ、石破との“乾杯合戦”に参加するよう指示。石破の前には数十人もの中国軍将校の列ができていた。

石破氏の頬張るものは

 石破は「数ではかなわないが、ここは一番、負けるわけにはいかない」と思ったらしく、次々と中国軍将校と乾杯を重ねて、70杯以上の茅台酒の杯を飲み干した。それでも、石破は酔っぱらわなかったという。「中国では酒に酔って醜態をさらすのは恥」という文化があり、石破は当時、46歳とまだまだ元気で、無理がきく年齢だったこともあり、かなり“頑張った”ようだ。

角栄にあんぱん

 石破は2007年に中国共産党機関紙「人民日報」の「海外版日本月刊」編集長のインタビューを受けた際、お土産でもらった茅台酒について、「いまでも1日2本は飲めますよ」と語った。実は北京の歓迎晩さん会の主催者だった曹剛川は、東京の中国大使館に勤務する武官から、「石破は酒好きだが、いまは防衛庁長官で公務が忙しく、酒を控えているらしい」との情報を得ていたのだ。曹ら中国側はこの情報をもとに、石破に“乾杯合戦”を挑んだらしい。

 かつて田中角栄首相が1972年に訪中した際、北京の釣魚台迎賓館に泊まり、朝起きると部屋のテーブルに、田中の好物だった木村屋のあんぱんが置かれていたという有名な話があるが、これほど中国側は相手側のことを調べ尽くしている。

 石破は晩さん会の翌日、当時の温家宝首相と曹国防相と会談。両者とも当時国会で審議中だった「有事法制」関連法案やBMD(Ballistic Missile Defense=弾道ミサイル防衛)システム整備計画、イラクへの自衛隊派遣について懸念を表明したが、石破は一つ一つ丁寧に中国を対象にするものではないことなどを説明し、両者から「理解した」との返事をもらったという。

穏健でバランスが取れている

 では、中国はいま石破をどうみているのか? 在京の日中外交筋は「中国は自民党総裁選でタカ派の高市早苗氏でなく、石破さんが当選したことで胸を撫でおろしたでしょう。正直、石破さんが当選するとは予想していなかったのでは。それは、石破さんが当選したあと、中国メディアの論評がほとんどなかったことからもうかがえます」と指摘する。

 実際、中国メディアのなかで石破の当選を論評したのは人民日報傘下の国際問題専門紙「環球時報」くらいのもので、同紙は「石破氏は保守派に属するものの、政策主張は相対的に穏健的でバランスがとれている」として「中国側との防衛対話や交流を通じた信頼醸成と疑念払拭も望んでいる」などと報じ、中国側もそれなりに冷静に分析して、好意的な見方もしているようだ。

 中国外務報道官にいたっては「我々は選挙結果に注目しているが、日本の内政であるので中国としての論評は控える」と前置きし、「中日関係の長期的、健全かつ安定した発展は、両国の人民の根本的な利益に合致し、唯一の正しい選択である」と強調。そのうえで「日本側が歴史から学び、平和的発展の道を堅持し、中日四政治文書に定められた原則とコンセンサスを守る」ことを要求。日本が中国に対し、客観的で正しい理解を確立し、積極的で理性的な対中政策を追求することを求めた。さらに、報道官は「(日本が)全面的な戦略的互恵関係の発展を実際に進め、中国とともに正しい方向へと歩み続け、中日関係を健全かつ安定した発展の軌道に乗せていくことを望む」と指摘した。

 極めて常識的なコメントだ。

2027年に台湾侵攻

 しかし、こと台湾の話題となると、トーンが変わってくる。報道官は石破が今年8月、台湾を訪問して頼清徳総統と会談したことについて「中国は日本の政治家が台湾を訪問することに一貫して反対している」と強調しており、石破の台湾寄り姿勢については警戒していることがうかがえる。

 一方の台湾外交部は「石破総裁の指導の下で、(日本が台湾との)全方位の関係を推進し、インド太平洋地域の平和と安定を守っていくよう期待する」との声明を発表。歓迎の意を強調しており、中国の反応とは対照的だ。

 中国の習近平最高指導部は再三、中台統一を主張しており、今年1月1日の新年の演説でも、台湾について「祖国統一は歴史の必然であり、台湾海峡両岸の同胞は手を携え、心を合わせ、民族復興の偉大な栄光を分かち合うべきだ」と強調している。

 こうした流れを受け、米インド太平洋軍のアキリーノ司令官は今年3月20日の米議会証言で、中国は第2次世界大戦以来の規模で軍備と核兵器を増強しており、全ての兆候は2027年までに台湾侵攻の準備を整えるという野望を中国が持ち続けていることを示している」と指摘した。

 同司令官が言及した「2027年」は中国人民解放軍建軍100周年に当たっており、27年8月1日が建軍記念日だけに、いまから3年もない。そのときも石破が総理の座にいることは十分に考えられる。その際に、どのような対応をとるのか。今、中国は得意の情報戦で石破のパーソナリティーを徹底調査していることだろう。対する石破の対中政策が、今後の日本の命運を握ることは確かだ。

相馬勝(そうま・まさる)
1956年生まれ。東京外国語大学中国語科卒。産経新聞社に入社後は主に外信部で中国報道に携わり、香港支局長も務めた。2010年に退社し、フリーのジャーナリストに。著書に『習近平の「反日」作戦』『中国共産党に消された人々』(第8回小学館ノンフィクション大賞優秀賞受賞)など。

デイリー新潮編集部