銀と銅2枚のメダルに輝いた

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 パリ五輪の卓球女子シングルスで銅、団体で銀メダルを獲得した早田ひな選手。表彰式で中国選手の頭についたゴミを取るなどして中国でも人気を集め、五輪閉幕後には中国のSNS「ウェイボー(微博)」も開設した。だが、帰国後の会見で「鹿児島の特攻資料館(知覧特攻平和会館)に行ってみたい」と語ったことが中国で猛反発を呼んでいる。
【西谷格/ライター】

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【レア写真】純真無垢な笑顔がかわいすぎる…!「早田ひな」“あどけなさ”残る地元クラブ時代

 中国では旧日本軍は絶対悪として位置付けられており、当時の日本兵は人間性を喪失した悪魔的な存在としてイメージされることが多い。旧日本軍の軍人に対し同情や共感、憐憫といった思いを呼び起こす情報は、しばしば「正しくないもの」として扱われる。

銀と銅2枚のメダルに輝いた

 会見後、人民解放軍新聞メディアセンターの情報アカウントは、以下のように述べた。

「周知の通り、“神風特攻隊”は日本の軍国主義が生み出した狂気そのものである。そんな場所でいったいどんな歴史を学べるというのか。“平和”と“特攻隊”を一緒くたにするなど、とんだ笑い話である。日本の右翼勢力が歴史の改竄や侵略戦争の美化を続けていることが、十分に見てとれる。日本の著名人がそんな話題を語ったことは、驚愕に値する」

 上海新聞広播は、かつて平和会館のある鹿児島県南九州市が特攻隊を世界遺産に登録しようとしたことを引き合いに出し、こう解説した。

「日本は長年、“神風特攻隊”を“悲劇の英雄”に位置付けようとしてきた。2014年には世界記憶遺産の登録申請を行ったが、中国や韓国などから一斉に非難され失敗に終わった」

平和会館は「鬼畜生を拝む場」

 北京日報のコラム「長安観察」は、施設を以下のように説明する。

「会館は『平和』とは何ひとつ関係がなく、歴史の歪曲と侵略の美化を行う場所であり、右翼勢力を礼賛し鬼畜生を拝む場である」

 その上で、早田の言動の背景には国家ぐるみの“洗脳”があると指摘する。

「日本の無条件降伏79年の今年、著名なアスリートがこのような言動に公然と及んだことは、彼女個人の愚鈍と無知だけが原因ではあるまい。日本の政府当局が国民に対して洗脳教育を行っていることと、密接な関係があるだろう」

 コラム筆者は日本政府が事実を無視し歴史の改変を行っていると主張した上で、こう続ける。

「ウソも千回言えば、フィルターバブルのなかで“真理”が生まれよう。今の日本では戦犯を英雄と見なし、鬼畜生を拝む場所をもって国民精神を高める場とする認識が、国家ぐるみで広められている。こうしたなか、侵略を認めて歴史を省みることは、日本国内では非常に難しくなっている」

 文末は、日本に反撃すべしとの結論で結ばれている。

「こうした問題をクリアにしない恥知らずなゴロツキである日本には、もはや信義も信頼ない。かくも頑迷固陋な日本が“普通の国”になどなれるわけがないだろう。“史実誤認”のまま、日本は泥沼にはまっている。早田ひなの発言が世論に埋もれていることが、その証左だ。歴史の警鐘の音は、ますます大きくなっている。戦犯の亡霊に取り憑かれた日本の軍国主義を見る限り、我々は常に意識を高め、容赦なく反撃を与える必要があるだろう」

「選手には国境がある」

 中華網も特攻平和会館の展示内容に疑問を呈し、次のように記述した。

「知覧特攻平和会館は名称に“平和”の文言があるものの、展示の説明文や解説は特攻隊への強い賛美と尊敬の念があふれている。施設内に掲示されている日本の来場者の言葉を見ると『感動』『同情』『崇敬』といった感情が蔓延しており、侵略戦争に対する反省や批判の声はほとんど見当たらない」

 早田の会見直後、ウェイボーでは中国代表の卓球選手たちが次々と早田の「フォロー」を外した。SNS上のつながりを断つことで早田に対しノーを表明した中国の選手たちに、中国国内では称賛の声が集まっている。前述の中華網も、

「スポーツに国境はないが、スポーツ選手には国境がある。国家の大原則のもと、中国のスポーツ選手たちは愛国心を表明したのである」

 と称えた。会見をきっかけに騒動は拡大し、石川佳純張本智和が五輪前に放送されたテレビ番組で渋谷区の東郷神社に参拝していたことが掘り起こされ、非難を浴びた。ウェイボー上には、早田を中心に批判の声が大量に書き込まれている。

「神社には行かないでください。中国ファンとの縁を保ちたいなら、行かないで欲しい。日本の神社でまつられている人々は、悪魔です。彼らは無辜の中国人の生命を奪ったのです。どうかもう少し理性的になってください。人間として、客観的に歴史を見て欲しいのです」

「あちらの英雄はこちらの強盗。(中略)張本智和が日本人として東郷平八郎を参拝するのは構わない。だが、お前が日本国籍を選択し、さらには中国人の鮮血で両手を塗られた首切り野郎を参拝するというなら、中国市場で商業的な価値を高めようなどと考えてはいけない」

「参拝したから惨敗した(因為拝了、所以敗了)」という韻を踏んだ投稿にも、1000以上のいいね! が付けられている。

 アカウントを開設したばかりの早田に対し、削除を求める声も多い。

「中日友好は無理です。お互いに立場が違うので。彼女にとっては民族の英雄かもしれないが、どう取り繕っても罪悪は消せない。先祖たちの代わりに許してやることもできない。頼むから、ウェイボーのアカウントを削除してくれ。でないと、被害者の家族が苦しむことになる」

誹謗中傷をするつもりはない。あなたは自分の神様を拝んでいるのだろう。でも、民族間の怨念を消すことはできない。誹謗中傷をする人も出てくるだろうから、アカウントを削除したほうがいい。正しい判断をしてくれ」

好感度はゼロ以下に

 会見での発言をきっかけに、中国での早田ひなへの好感度はゼロ、あるいはマイナスに達しているのが現状だ。

「なんで神風特攻隊の会館に行きたいなんて言うんだ。(中国代表の)孫穎莎の髪を直してハグしているのを見た時は感動したんだが。申し訳ないけど、国家が第一。もう好きになることはないね」

「やっぱり日本人は歴史を正しく見ることができないんだな。日本人はどうしたって日本人。最初は尊敬に値するライバルと思っていたんだが」

 中国において、歴史問題や領土問題は極めてセンシティブで注意を要するテーマと言える。日本の著名人や企業などが中国国内で一定の支持を得たいのであれば、戦争に関する話題や原発事故などの政治的なテーマには、一切触れない慎重さが求められる。仮に聞かれても「分からない、興味がない」とだけ返すほうが良い。一番安全なのは、そもそも興味を持たないことだ。

 そのほか、満州事変(9月18日)、盧溝橋事件(7月7日)、南京事件(12月13日)、抗日戦争勝利記念日(9月3日)、五四運動(5月4日)、天安門事件(6月4日)といった中国にとって“センシティブな日”はすべて暗記し、その日は喜んでいるような投稿や明るい話題の発表を避けることが賢明だ。さもないと“反省していない”と見なされ、“中国人の国民感情を傷つけた”などと非難されかねない。

タブーの多い“日中友好”

 靖国神社は言うまでもないが、中国人にとっては禁忌とされる神社がほかにも多数あるため、SNSや公の場では「神社に行った」などの書き込みもしないほうが良いだろう。また、台湾(中華民国)を国家と見なすような発言や、絵文字で台湾の国旗アイコンを使うことも避けた方がいい。

 面倒くさいし理不尽に思えるかもしれないが、「中国人の支持を得たい」のであれば、どれも必要なことと言える。もちろん、そこまでして支持を得る必要はないと考えるのも、一つの判断だ。早田ひなの今後の動向に、注目したい。

西谷格(にしたに・ただす)
1981年、神奈川県生まれ。早稲田大学社会科学部卒。地方新聞「新潟日報」の記者を経て、フリーランスとして活動。2009〜15年まで上海に滞在。著書に『香港少年燃ゆ』(小学館)、『ルポ 中国「潜入バイト」日記』(小学館新書)など。

デイリー新潮編集部