建設技能者が減少している一方、兼業や副業で大工をやりたい人は増えている。神戸市では素人向けの「半人前大工育成講座」が大人気だ(写真:西村組提供)

大工をはじめとする建設技能者不足が深刻だ。

能登半島では仮設住宅建築が全国から集まった多くの建設技能者の力で進められているが、建設技能者の減少が続けば同様の対応が難しくなる懸念もある。このままいくと10年と経たずに大工のいない自治体が出てくるという試算もある。一方で、神戸市では素人向けの「半人前大工育成講座」が大人気を博している。兼業や副業で大工をやりたい人が増えている背景を探る。

大工の数は最盛期の3分の1に

大工の数は1980年の約94万人から現在に至るまで延々と減少を続けてきた。その結果、2020年には最盛期の約3分の1にまで減少。また、大工を含む建設業就業者でみても1990年代後半までは他産業とほぼ変わらない年齢構成だったが、以降急速に高齢化が進んでもいる。人数は少なく、他産業以上に高齢化が進んでいるのが大工の世界なのである。

この減少、高齢化は住宅産業の変化によるもの。かつては地元の工務店が、消費者から直接住宅建設を請け負い、それを大工に発注して建設していたため、大工も稼げていた。

ところが、バブル崩壊後、住宅着工数が減って住宅は建てるものから建売業者から買うものにと変化していく中、2000年代には分譲建売住宅を手掛けるビルダーが市場に参入。安さを武器にする事業者も多く、そのしわ寄せは工務店、大工にきた。工務店は適正な利益を確保することが難しくなり、大工の賃金が下がっていくという流れが続いてきた。

その状態の中で発生したのが東日本大震災、アベノミクス以降の建設ラッシュである。建設業界関連職種の有効求人倍率の推移をみると、リーマンショックで一時落ち込んだ建設業全般の求人倍率は東日本大震災で急上昇。続くアベノミクスでは全職業を超えた高い有効求人倍率が続き、コロナで少し落ち込んだものの、現状は高止まり状態にある。

20年かけて減り続けてきた業界に減少数を上回る需要が発生してしまったわけで、人手が足りるはずがない。高齢化が進んでいることから近い将来に人手不足が解消される可能性は極めて低い。

ニーズがあるなら新規参入があるのでは?と思う人もいるだろう。だが、もともと零細企業、個人事業主の多い業界で立場はつねに弱い。給料も含め、働く環境は改善されない状態が長らく続いてきた。このところの建築費高騰でも資材費アップ分は施主に請求するのが一般的だが、人件費はアップされないどころか、逆に抑えようとする事業者もあったほどだ。

全国建設労働組合総連合(全建総連)が参加する建築大工技能者等検討会の調査では、雇用されている社員大工ですら、全体の53%が日給月払制で、雨で休みの日が増えると給料が減るという状況。建設業技能労働者男性平均(465.1万円)は、全産業平均給与(487.3万円)を下回る。

7人の求人に対して、採用できるのは1人

大工はさらに安くて377.7万円。週休1日制が45%を占めるなど休日も少なく、福利厚生などを整備したくても難しいという状況だ。「処遇引き上げ、就労環境の改善は喫緊の課題です」と、大工・左官などの建設業に従事する人たちの組合である、全建総連の技術対策部長・小林正和さんは言う。

国や業界団体も手をこまぬいていたわけではない。例えば、公共工事設計労務単価は年々改定されてきてはいる。だが、それと職人の給料アップがイコールかと言えば実態は極めて疑わしく、年齢、技能の熟練度を考えると相変わらず低賃金に甘んじている例も少なくない。

全建総連でも各地域の加盟組合が認定職業訓練校を運営して、若年技能者の就職と職業訓練をセットにした取り組みを進めているが、そもそも技能者を目指す若者が大幅に減少。従来行ってきた工業高校への声掛けといった訓練生募集などのアプローチだけでは訓練生確保は難しくなっており、1996年以降認定職業訓練校への進学者は減り続けている。

その結果、建設業では7人の求人に対して1人しか採用できておらず、しかも、そのうちの4割が3年以内に辞めるという結果に。製造業でも2人に1人を採用できていることを考えると、いかに若手が参入しない業界になってしまっているかがよくわかる。この減少を食い止めるためには給料を上げる一方で休みが取れるような状況にしていくことが必須なのである。

一方、大工やモノを作る仕事自体については関心のある子どもたちは少なくない。クラレの小学6年生の「将来就きたい職業」では2020年の男の子3位が大工、第一生命の「大人になったらなりたいもの」も同年の小学生男子の10位は大工だ。コロナ禍で室内での仕事に人気が集まっているものの、ものづくりという仕事自体に魅力を感じている子どもたちがいるのだ。

子どもたちが感じている魅力をどうやって現実につなげ、実現可能な建設業を実現していくか。注目したい動きがある。2023〜2024年に神戸市で開催し、多くの参加者が集まった、建築集団「西村組/合同会社廃屋」による半人前大工育成講座である。

副業や兼業で家を直せる「半人前の大工」を育成

日本では一人前に価値があるとされ、特に職人はつらい修行に耐えてなんぼといった意識が根強くあるが、この講座が目指すのは作ることを楽しみながら、副業や兼業で家を直せる「半人前の大工」だ。

主催した西村組/合同会社廃屋は、地域の空き家を次々にDIYで改修し、神戸市に複数の廃墟を改装した「バイソン」という村まで作ってしまった集団で、空き家を自分の手で再生したいという人たちには知られた存在。特に関西ではメディアにも頻出し、中心になっている西村周治さんには空き家をもらってほしいと所有者からの相談が相次ぐ。


バイソンではかつて廃墟だった茶室(写真左)を改修し、庭も整備して現在はイベントなどでも使える場になっている(写真:西村組提供)

講座は初回のテーマが「使える空き家の見分け方」だったこともあって広く関心を集め、募集開始半日ほどで15人の定員をはるかにオーバーする申込があった。以降10回の講座があり、回によっては40人を超す人が集まった。

参加者は、大工作業は初めてという人たちで男女はほぼ半々。回によっては女性が多かったこともある。年齢的には学生から高齢者まで幅広い人が集まったが、中心は30代だったそうだ。

日系アメリカ人で2016〜2019年に語学教師として京都に滞在していたスダ・ジャロッド・ゼンジローさんは京都から消えつつある町家の保存に関心を持った。再来日した2021年に神戸市の主催する「神戸農村スタートアッププログラム」に参加。市職員から西村さんを紹介され、講座を受け、現在は西村さんから譲り受けた明治時代の古民家を改修している。

「講座で実際の古民家の改修の様子が見られたのがよかった。今、手を入れているのは30年空き家だった家で大掃除に2カ月かかり、住めるようになるまでにはまだ1〜2年かかるかもしれませんが、自分で身体を動かした成果が形になっていくのは楽しく、うれしい。やりがいがあります」(スダさん)と大工作業の魅力を語る。

関西学院大学4年生の菅野佑志さんは、大学の空き家についての講義で西村さんを知り、以前からモノ作りに関心があったことから大工の世界に触れてみたいと参加。そこでモノを作る楽しさ、特にみんなと力を合わせて作業する喜び、達成感に目覚めた。

「身の回りでよく空き家を見かけますが、空き家問題は行政がやるもの、自分には手を出せないと無力感があったのですが、実際に大工作業をしてみて自分にもできる!と発見。勇気づけられました」

空き家から価値、資産を生み出せたら

菅野さんも西村さんから廃屋を譲り受け、友人たちと一緒に数年かけて改修を行い、建物を使えるようにするだけでなく、それによって地域を変えていきたいと考えている。一般に空き家はネガティブな存在として捉えられているが、育成講座を経て手を動かせるようになった彼らにとっては自分たちで変えられる余白に見えているのである。

福島県出身の菅野さんは東日本大震災で被害を受けた郷里を同じやり方で面白くできるのではないかとも考えている。

「空き家のようなマイナスと思われているものから価値、資産を生み出せるなら今は何もなくなったようにみえる福島からも新しい価値を生み出せるのではないかと思うのです」

大工の育成講座と聞くと木の切り方や工具の使い方など実務的な内容をイメージするが、参加した2人はそれ以上に精神的な喜びや学びを得ているように思える。

「講座は午前中に仕事の楽しみ、意義や地域や仲間との協業、仕事をいかに自分事にするかなどといった座学を行い、午後からは手を動かすという形式です」と西村さん。「宮大工をはじめ職人はもちろん、地域の人たちと建物を作るコミュニティ大工、自ら手を動かす建築家等さまざまな方に話をしていただき、大工修行のハードルをどう下げるかを意識しました」。

入り口はできるだけシンプルにしてやりがいや楽しさを味わってもらい、仲間と協業することで継続できるようにするというやり方である。廃屋に手を入れて使えるようにすることは自ら資産を生み出すことであり、大工仕事を自分事化することにつながる。

一般的な大工が工務店やハウスメーカーからの仕事を受動的にやっていることを考えると、自分で能動的に仕事を生み出しているともいえる。それが他人に言われてやる仕事とは違うものになるであろうことは言うまでもない。

副業・兼業の大工が増えることの意義

西村さんは手応えがあったことから、育成講座を今後も続ける計画だ。いずれはオンラインでコミュニティを作り、相談したり、助け合えるようにしていきたいとも。大工を含め、これまでの職人たちが孤立しがちな存在であったことを考えると面白い取り組みだろう。

ここで育成されるのは半人前の兼業、副業大工で、職業人としての大工ではないが、地域に大工仕事ができる人が増える意味は大きい。個人宅の改修、空き家の再生、災害時のとりあえずの復旧など、ちょっとした大工の腕が必要にされる場面は多いからだ。

働く側としても本業を持ちながら、フリーランス的に「手に職を持つ」働き方ができるのは人生や暮らしの選択肢を増やしてくれる。空き家を改修・使えるようにできれば、自宅として使って住居費を抑えられるだけでなく、修理した家を貸せば文字通り、自分の手で資産を増やしてもいける。

半人前でスタートした人がその後、本気になって修行を重ねて本職の大工となれば多少なりとも大工不足解消に寄与することもありうる。そう考えると、まずはハードルを下げて大工作業に親しむこれまでとは異なる取り組みには大きな可能性があるように思える。

(中川 寛子 : 東京情報堂代表)