(撮影/相馬ミナ)

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東京の三軒茶屋(世田谷区)は住むのにも遊ぶのにも人気のエリア。そこにスウェーデン人モデルのアントンさんが約1000万円で購入し、セルフリノベーションした築86年の古民家があります。アントンさんのセルフリノベーションの様子は、YouTube動画でもリノベーション前後の劇的な変化が話題になりました。ボロボロの古民家が、むき出しの屋根裏や梁に日本家屋ならではの歴史を残しつつも、明るくナチュラルな北欧テイストを取り入れた洗練された空間へと変身したのです。

2019年に日本に移住したアントンさんがこの家を手に入れたきっかけや、自らリノベーションした経緯について伺いました。

モデルとして活躍しつつ、一軒家をセルフリノベーション

リビングは吹抜けにして光を取り込む。筋交いや階段に使われた木材がアクセント(撮影/相馬ミナ)

スウェーデン出身のアントン・ウォールマン(Anton Wormann)さんは、2019年に日本に拠点を移し、モデルや俳優、YouTuber、TikTokerとして活躍しています。日本でのセルフリノベ―ションについて発信する日本語YouTubeチャンネルは、登録者12万人を超え、英語のチャンネルに至っては登録者数61万人を超える人気ぶりです。また2024年には海外に向けて、日本でのセルフビルドやリノベーションの秘訣をまとめた書籍『Free Houses in Japan』(Anton in Japan Media、2023/11/9)も自費出版しました。

彼がリノベーションしたのは、木造2階建てで約90平米の家。再建築不可の旗竿地、築86年という古さもあって、三軒茶屋エリアでは破格の約1000万円で手に入れました。しかし、当初は前の住人の家財がそのまま残り、内装もかなり経年劣化した状態だったよう。

Before:昭和の雰囲気が漂うリノベーション前の家の様子(写真提供/アントンさん)

「DIYでリノベーションする前提だったので、家の状態は気にならなかったですね。気にしたのは立地と日当たり。それさえ良ければ、他はリノベーションの力で何とかなるんですよ。

スウェーデンでは、家をセルフビルドする文化が根付いていて、学校でも必修科目で木工作があるくらいです。僕も父親から基礎的なDIYの技術を教わりながら育ちました。その経験があったから、日本でもセルフリノベーションしてみようと思えたのです」

スウェーデンでは、多くの人が別荘を持っており、夏休みの約2カ月間を別荘で過ごしながらDIYを楽しむのが一般的。アントンさんの家族も例外ではなく、幼いころからDIYに親しんできたそう。

「僕の実家も古民家を親がセルフリノベーションした家だったので、同様の体験をしたかったというのもあります。2019年に来日してすぐに日本が気に入り、移住しようと決めました。僕は日本に永住するつもりなんです。

そのために、自分の気に入ったエリアで家を手に入れて、リノベーションするのは自分には自然な流れでした」

アントンさんいわく、三軒茶屋エリアはにぎやかさと静けさのバランスが良いとのこと。以前からこの近くに住んでおり、愛着を持っていました。

「初めて日本に来たとき、モデル事務所が所有する六本木のマンションに住んでいましたが、にぎやかすぎて少し落ち着きませんでした。

三軒茶屋は都会的でありながら、ローカルな雰囲気も残っていて、魅力的な場所です。飲食店が多く、自転車で移動できる範囲に多くの文化的施設がある点も気に入っています」

リノベーション中のアントンさん(写真提供/アントンさん)

日本と北欧スタイルを融合したジャパンディ・スタイルを形にしたかった

元の家の雰囲気を残し、旅館風に仕上げた寝室。たんすも前の家にあったもの(撮影/相馬ミナ)

アントンさんにとってセルフリノベーションの醍醐味は、理想の住環境を手づくりできることだそう。

「インテリアには日本とスウェーデンの良さを取り入れることにこだわりました。日本と北欧のテイストを融合したインテリアはジャパンディ・スタイル(JapanとScandinaviaを融合させたJapandiという造語が由来)として、世界的に人気なんです。

この家は僕流のジャパンディ・スタイルを実現したものです。ナチュラルな木材を多く使用し、床を取り払って、吹抜けをつくることで採光を確保しました。北欧は冬が長く日の光が貴重なので、日当たりにはこだわりがあります」

タイル張りの明るいキッチンとダイニング(撮影/相馬ミナ)

キッチンとリビングは一体型にし、開放的な空間に。こういった間取りはスウェーデンでは一般的なスタイルで、飲んだり食べたりしながら家族や友人と一緒に過ごすための設計とのこと。

「スウェーデンでは、家族が集まる場所としてキッチンが重要視されます。その文化を取り入れることができて、満足しています」とアントンさん。

また、新品ではなく、廃材やセカンドハンド品(※)を使ってアップサイクルを実現することで、エコフレンドリーな家づくりをするのも北欧流。アントンさんの家も近所の材木屋で余った木材を階段に使ってポイントにしたり、窓サッシはネットオークションで展示品落ちのものを安く買うなど、リユースした材料を多く使っています。
※中古品

「日本ではあまり古いものを活用する文化がないのですが、スウェーデンでは古いから悪いという感覚はないんです。

空き家も同様です。築古の家は価値が下がると考えるのかもしれませんが、海外では皆、古い家に住んでいますし、築古だから安いという発想はないのではないでしょうか。スウェーデンでも、私が昔住んでいたニューヨークでも、都心で空き家が放置されているという例はほとんどないと思います。

だから『日本には空き家が余っている』というと、外国人からすると信じられない思いでワクワクするんですよ」

アントンさんの英語版YouTubeチャンネル『ANTON IN JAPAN』では、日本の住宅DIY事情などの日本文化を発信中。各国から書き込まれる「今度日本に物件を探しに行こうと思う」「あなたと同じように日本で空き家をリノベーションすることが夢です」などといったコメントから、海外における日本の空き家リノベーションに対しての関心の高さがうかがえます。

中庭には露天風呂を設置(撮影/相馬ミナ)

メインの浴室は、もともとあったタイルを利用(撮影/相馬ミナ)

洗面所はカラフルなタイルを張ってポップに(撮影/相馬ミナ)

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再建築不可物件のリノベーションでの注意点

しかし築古とはいえ、三軒茶屋で物件価格1千万円は破格です。その理由はふたつあります。ひとつはアントンさんが自力で探してオーナーに交渉したということ。もうひとつは、道路接地面が狭く、再建築不可の物件だったということです。

「空き家が放置されていると言いましたが、日本でも状態や立地などの条件がよい空き家であれば、メインストリームの流通に乗ってしまえば、あっという間に買い手がつくことが多いです。だからリーズナブルに空き家を手に入れるにはいかに早い段階で情報にアクセスするかがポイント。僕のようにオーナーが知り合いで直接交渉できるケースはまれだと思いますが、足を使って住みたい場所の地元密着の不動産屋さんをめぐってみるなど、多くの人の目に触れる前に購入できるといいですね」

空き家が放置されている背景には、権利関係が複雑だったり、持ち主が高齢で売りに出す手間をかけられなかったり、また家財の搬出や解体に費用がかかったりといったような事情があります。そういった問題点がない空き家は、値段も高くなってしまいがち。安く家を手に入れたいなら、ある程度の問題点を自ら引き受けて解決するバイタリティーが必要になりそうです。

Before:リノベーションの際には使いようのない廃材が多く出る。その廃棄のための費用がかかる(写真提供/アントンさん)

「再建築不可の物件なので、建物の基礎を再利用するのですが、耐震性アップや躯体部分の補強のために、日本の大工さんの力を借りました。僕は日本の建築技術をリスペクトしているので、日本の大工さんとの共同作業は興味深く楽しいものでした。これからセルフリノベーションをする方には、基礎の部分にはプロの技術を活用することをアドバイスしたいと思います。

また僕の家は敷地延長、いわゆる旗竿地のため、荷物を運ぶには大きな道路につけた車まで、狭い私道を通って運ぶ必要があります。資材の搬入や廃材の搬出がとても大変でしたね。

また家財や廃材の廃棄にもお金がかかります。僕の場合は50万円程かかりました。リノベーションする際には、購入費用の他にもいろいろとコストがかかることは頭に入れておいた方がいいでしょう」

手間がかかってもアントンさんが築古住宅をリノベーションするのは、安さだけが理由ではなく、古い物件をリノベーションすることに面白さや意義を感じているから。

「象徴的な出来事なのですが、リノベーションの途中、屋根裏から金槌が出てきたんです。90年前にこの家を建てた職人が残したものです。家の歴史が込められた金槌には、とてもロマンがありますよね。この家をリノベーションする意義を感じて、胸が熱くなりました」

日本の古民家の特徴を残している2階のベッドルームは、前の家にあった引き戸やたんすがそのまま使われていたりと、歴史が感じられるしつらえです。”日本風”ではなく、本格的な日本のアンティークを継承しているところに、アントンさんならではのジャパンディ・スタイルがうかがえます。

2階は和の雰囲気を残す落ち着いた寝室と客間がある。吹抜けで1階とつながっていることで風通しがよくどこかモダンな雰囲気に(撮影/相馬ミナ)

セルフリノベーションだからこそ大事な、近所付き合い

工事にあたっては近所に、大なり小なり影響が出るもの。今後もその場所に住むことも考えあわせると、普通以上にトラブルに気を遣う必要がありそうです。

「このあたりは家が密集しているので、工事音を我慢してもらったり、搬入搬出の際に協力してもらったりする必要がありました」とアントンさんは振り返ります。

再建築不可の物件は、古くからの住宅が密に建て込んでいる地域にあることが多いので、ご近所付き合いも大切です。アントンさんはコミュニティを大事にすることが、リノベーションを成功させる鍵だと感じています。

「近所の人々とのコミュニケーションがうまくいくことで、必要な材料を手に入れたり、困ったときに助けを借りたりすることができました。住み続けていくなかでも、建築時に培った人間関係が役立っていますね」とアントンさんは語ります。

二軒目のリノベーションに着手!かっこいい家をつくれば、お金は後からついてくる

(撮影/相馬ミナ)

アントンさんの家はYouTubeを中心としたSNSで話題となり、国内外から注目を集め、2024年春には海外に向けて、日本でのセルフビルドやリノベーションの秘訣が書かれた書籍『Free Houses in Japan』を上梓しました。彼の活動は、日本でも古い家に価値を見出す人々を増やしつつあります。

「僕の活動が古いものを見直してDIYで暮らしを豊かにするヒントになれば嬉しいです。これからもクリエイティビティを発揮して、かっこいい空間をつくり上げていきたいと思っています」とアントンさん。

現在、彼は東京都中野区で新たなリノベーションプロジェクトを進めています。

「中野区の一軒家プロジェクトは、完成したら撮影スタジオやマンスリーマンションとして活用する予定。僕はビジネスファーストではなく、まず自分が好きな空間をつくることを楽しむのが信条です。その結果かっこいい空間ができれば、自然にビジネスにもつながると考えています」

空き家が問題となって久しいですが、アントンさんのような視点を持った人々が増えることで、日本の住宅市場にも変革がもたらされるのではないでしょうか。

「日本の古い家にはまだまだ多くの可能性があると思います。それを見つけ出し、新しい価値を与えることができれば、社会全体がもっと豊かになると思います。今後は日本の工務店などとコラボレーションして、セルフリノベーションに関して、技術面からも発信できれば嬉しいですね」

アントンさんの情熱とバイタリティは、スウェーデンの文化や教育の賜物でもあります。彼が日本で古民家再生を実践しその過程をシェアすることは、空き家の活用を考える人だけでなく、自分の暮らしを自らの手で作っていきたいと願う人にとって、大きな刺激となるでしょう。

●取材協力
Anton Wormann(アントン ウォールマン)
スウェーデン出身、日本を拠点に活動するモデル、俳優、YouTuber、TikToker。CMや多数の雑誌、広告などに出演。自身の日本語YouTubeチャンネルは、登録者12万人を超え、英語のチャンネルは登録者数61万人を超える。著書に『Free Houses in Japan』(Anton in Japan Media、2023/11/9)がある
YouTube:ANTON IN JAPAN
アントンチャンネル


(蜂谷智子)