母親の介護資金までつぎ込み…1700万円を大損!男性の告白「私が株で地獄を見た」意外な背景

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長く続きそうな円安だが、一方で株価が上昇しているため新NISAなど株式投資が注目されるようになった。だが、経済のことを知らない素人が株に手を出して損をする危険性は高まっている。

東京都港区に本社があるIT企業の課長・安原さん(仮名・50歳)は、小・中学校の頃から母親の手ほどきで株を始め、経済に関し全く素人というわけではない。10年ほど前には金融関係者との交流会に参加し、株の勉強も行っていた。一時中断したものの昨年、株を再開。会社を早期退職した後、独立するための資金作りを目的としたのだ。

ところが安原さんは株で大損をすることになる。一時は1700万円もの損失のせいで、貯金が底を突き、さらに母親の介護資金も補填につぎ込んでしまうなど地獄を見たのだ。

独立開業の予定を変更せざるをえないだけでなく、補填にあてた介護資金も取り戻さなければならない状況に立たされてしまった。

安原さんはなぜ株で大きな損失を生んでしまったのか。その原因を調べていくと意外なことがわかった――。

いっぱしの「株少年」

安原さんは小学校6年生の時に、母親から株の手ほどきを受けた。『会社四季報』を手渡されると株価が1000円以下のものを選ばされ10銘柄を購入して、20万円ほどの利益を得たという(以下、発言は安原さん)。

「中学校の頃に購入した鉄鋼株で儲けて株投資のうまみを知り、バブル景気の営業で1000円株が10倍に跳ね上がったのを経験して、ワクワクしました。その頃はいっぱしの『株少年』で、下校するとラジオたんぱ(現・ラジオNIKKEI)で株式の実況放送を聞いていましたね。午後3時ごろになると株にまつわる喜怒哀楽をMCが俳句で詠んだりと、人間ドラマを感じた。夕方にはテレビ東京の『株式ニュース』を見ていました」

ところがバブルが崩壊すると、1000円で買った株が半分以下まで下落。株に対する気持ちが冷めてしまったという。

「その頃、競馬やゲームといった別のものに夢中になったせいもあるかもしれません」

社会人になってから、再び株に対する意識が芽生えた。まず野村證券で口座を開設して、八十二銀行など、手堅いものを購入していたという。

「’05年ごろにITバブルの影響もあって、株の専門家など外部の人たちと交流するようになりました。デイトレーダーなどが参加している交流会で勉強したりと人脈を広げようと思いました」

ところがちょうどその頃から仕事が忙しくなり、残業が続く日が増えると株の関係者らとの交流会から次第に足が遠のき、人脈も途絶えてしまった。

再び株式投資を始めたのが’23年の4月。きっかけは脳梗塞で倒れた父の他界による遺産相続だった。

「父が他界すると、遺産相続で自分は1500万円受け取り、さらに母の介護代として私が1700万円を預かることになったんです。母が少し認知症気味だったからですね」

50歳を目前に、好きな競馬で事業を始めることを目指した安原さんは、開業資金を増やすため、遺産相続で得た資金を元手に、再び株式投資に熱意を注ぐようになった。

「最初はファンドラップ、つまり資産運用のアドバイスや株式の売買注文などを一括して提供する資産運用サービスを利用しました。500万円だけファンドラップに投資して、ゆうちょ銀行や大和証券の株を購入しました。800万円から1000万円くらいに増やしてもらいたかったんです。他に自分で株を始めました」

「後悔しています」

’23年4月から開始した安原さんの株式投資は、まさに天国から地獄へと、めまぐるしく株価が変動していった。

「リミックスポイント社の株を購入したのは’23年です。きっかけの一つは、前職の人材紹介事業の営業で、’07年にリミックスポイントに採用のニーズの有無をヒアリングしたくて訪問しました。エネルギー企業にしては、華やかな印象でしたね。勢いも感じられたので、信用取引で10万株を購入しました。リミックスポイント株は240円から270円に上昇。10%上がったら売却しようと思っていました。

ところが’23年5月に社長が交代してから、株価が220円に下がった。240円に戻ったら売ろうとしたんですが、そのまま下がり、200円を割って162円になったんです。制度信用取引をしているので、6ヵ月で決済しなければならなかったんです」

信用取引とは、現金や株式を担保として証券会社に預けて、証券会社からお金を借りて株式を購入したり、株券を借りてそれを売却する取引のこと。少ない資金で株を購入する場合は有利だが、株価の変動に左右されることもある。

「リミックスポイントが240円に上がるときが2回あったので、その時に売却していました。でも全部売却せずに20万株ほど所有していたので、4000万円の赤字です。後悔しています」

安原さんはその原因を、ユーチューバーを信用していたからだと吐露する。

「話題性に富んだ株で、上がると言っていたユーチューバーもいたからです」

さらに安原さんを追い込んだ株があった。ディスコ株だった。

「’24年3月末で3400万円あったのが、1700万円に下落。1700万円も損失を出しました。最初は5万6000円で購入したんです。5万7000円まで上がると見込んだのですが、4万7000円に急落したんですよ。株式投資には、母親の介護資金と自分の貯金を併せて2000万円をつぎ込んだので、これはヤバいと……。毎日が地獄でした。とにかく他の株を売って、補填しなければならない。焦りましたね」

電通や小林製薬などの株を購入して、利益が出たら売却して、リミックスポイントを損切にするなど、あらゆることをやった安原さんだが、小林製薬の株でも270万円の損失が出たという。

「開業資金どころではないです。結局、会社に在籍するという道を選ばざるをえなかった」

どん底を味わいため息をつく安原さんだが、不幸中の幸いというべきことがゴールデンウイーク後に起こった。ディスコ株がV字回復をしたのだ。株価が5万6000円まで上がったので、1700万円の損失を大幅に回復でき、トータルで5月末までの損失は500万円になった。皮肉なことに開業資金を500万円と想定していたので、「開業は難しい」という現実を思い知らされたという。

「情報をうのみに」

株式投資によって地獄に突き落とされるなどアップダウンを経験した安原さん。開業資金を失い人生の転機を逃す原因となった株式投資の問題点は何だろう。

「株は持ち続けると上がるという母の教えがあったのですが、実際にやってみるとそうではないことがわかりました。またプロに頼むという方法がわからず、ユーチューバーの情報をうのみにしてしまったことですね」

ディスコ株が上がると言っていたユーチューバーの、チャートを使った説得力のある話し方をつい信じ込んでしまったという。安原さんが信じたのは、登録者数が15万人にものぼる「R」など。投資であるからには、株にはリスクも伴う。ユーチューバーを信じるということもリスクの一つと言えるだろう。

「信用できるプロがいなかったという一言に尽きるかもしれません。プロに任せたいけど、誰に何を依頼すればいいのかわからないんです。これまで証券会社や銀行、郵便局などの提案をもらいましたが、結局は自己判断になるんですよ。

ファンドラップはプロが投資して増やしますが、それ以外の手段だと国債を買いませんかとか、過去の傾向からこれだけ儲かりますと勧めるばかりで、結局のところ自己判断となる。海外の場合は、投資家に依頼するのが当たり前の世界かなと思いますが、日本は責任を取らないというか、アドバイザーや情報提供はあるが投資は自己判断ばかり。となれば自分でやるしかないわけですよ」

日本の投資はあくまでも自己責任。厳しいスタンスの中、信頼できるプロに出会えずに、損失を繰り返す人は少なくないだろう。ただ、高額の投資であるにもかかわらず、ユーチューバーの情報をうのみにすると、リスクが倍増する危険がある。それは安原さんの経験からよくわかるだろう。SNSで信頼できる人や情報を選ぶには、「裏を取る」つまり信用できるかどうかをしっかりと見定めることが必要とされる時代なのだ。

取材・文:夏目かをる
コラムニスト、小説家、ライター。秋田県出身。立教大学文学部日本文学科卒。2万人以上のワーキングウーマンの仕事、恋愛、婚活、結婚を取材。女性目線のコラム「”賞味期限”が女を不機嫌にする」(現代ビジネス)や映画コラムも。ルポ「同窓会恋愛」(婦人公論)、「高学歴女性の貧困」(サンデー毎日)など。「戦略的に離婚しない女たち」(週刊朝日)などで夫婦問題にも言及。「33歳女の壁その後」(朝日新聞社telling)では40万以上のPVを獲得。2020年4月日刊SPAの記事でYahoo!ランキング総合第1位に。連載小説「眠れない夜」(WOMe)ランキング第一位。2007年10万人に1人の難病・ギランバレー症候群を後遺症なしに完治。