1993年6月9日、皇太子殿下(現・天皇陛下)と雅子さまはご成婚された。奇跡のように前夜からの雨が上がり、沿道を人々が埋め尽くすなかオープンカーのパレードが華やかに行われた。ご結婚に先立ち、雅子さまを天皇家の親族に紹介す…

1993年6月9日、皇太子殿下(現・天皇陛下)と雅子さまはご成婚された。奇跡のように前夜からの雨が上がり、沿道を人々が埋め尽くすなかオープンカーのパレードが華やかに行われた。ご結婚に先立ち、雅子さまを天皇家の親族に紹介する夕食会が開かれた。その日のメニューはフランス料理のフルコース。天皇家に入る雅子さまを歓迎するやさしい心遣いが込められた料理であった。今回は、皇太子妃となる雅子さまを親族にお披露目するための、美しい料理の物語である。

バラの花びらのように美しい皇太子妃

31年前のご成婚の日は、夜半から土砂降りの雨であった。沿道には、朝から続いた「結婚の儀」「朝見の儀」を終えたお二人を一目見ようと、およそ19万人もの人々が詰めかけていた。やがて、パレードが始まる直前の午後4時すぎに、まるではかったかのように雨が上がったのである。

雨上がりのやさしい日差しのなかを、皇太子浩宮さま(現・天皇陛下)と皇太子妃雅子さまを乗せたオープンカーはゆっくりと走る。雅子さまは白バラのようなドレスに身を包み、人々の歓声に手を振って応えられた。ドレスの襟元の花びらが初夏の風に揺れ、夢のような華やかさだ。その笑顔の美しさに、国民は魅了された。

乾門

夕食会に集まった、そうそうたる顔ぶれ

ご婚約の記者会見がすんだ2月8日、赤坂御所である夕食会が開かれた。それは、皇太子浩宮さまが婚約者の雅子さまを親族に紹介するために、天皇陛下と美智子さまが主催された夕食会であった。

これはたいへん異例なことだった。皇太子殿下の母である美智子さまは、初めて一般の家から天皇家に入られた。しかし、美智子さまがご婚約してのち、昭和天皇と良子(ながこ)さまが美智子さまのご両親である正田英三郎さん・富美子さん夫妻と会食する機会は一度もなかったという。天皇家と一般の家は、今では想像もできないほど遠い存在であった。美智子さまは、息子の嫁にはご自分が味わったような体験をさせたくないと思われ、親族が顔を合わせる夕食会を実現させたのかもしれなかった。

夕食会の出席者は33名。一般の人とはいっても、そうそうたる顔ぶれである。

若葉

招待されたのは、婚約者の雅子さま、雅子さまの父・外務事務次官の小和田恆(ひさし)さんと母・優美子夫人、妹の東京大学大学院在学の節子さん。

美智子さまの兄・日本銀行監事の正田巌さんと淑(よし)夫人、皇后弟・日清製粉社長の正田修さんと泰子夫人、皇后妹の恵美子さんと夫・昭和電工常務の安西孝之さん。

天皇陛下(現・上皇陛下)の姉・厚子さんと夫・池田牧場経営の池田隆政さん、天皇妹・プリンスホテル顧問の貴子さん(元・清宮さま)と夫・ソニー取締役の島津久永さん、長男・英語教師の禎久(よしひさ)さん。

紀子さまの父・学習院大学教授の川嶋辰彦さんと和代夫人。

さくら銀行金融法人部副部長の東久邇(ひがしくに)信彦王と吉子夫人、王妹の文子さんと夫・名鉄百貨店取締役の高木代々吉さん、王弟の第一ホテル副社長の壬生基博さんと幸子夫人、王弟の伊藤ハム中央研究所の東久邇真彦さんと賀鶴子夫人、王妹の優子さんと夫・伊藤忠商事の東作興(ひがしさくおき)さん。

これほどの人数が招待されるのは、それまでにない「開かれた天皇家」のあらわれでもあった。

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「ハート型のサーモン乗せホタテ貝のムース」が彩る夕食会

招待者は、まず赤坂御所の「檜の間」で食前酒のもてなしを受けた。そこに皇太子浩宮さまが雅子さまご一家をお連れして、グラスを片手にしている一人ひとりに紹介された。その日の雅子さまは、エメラルドグリーンのドレスに、パールのイヤリングとネックレスをつけた装いである。

「小和田雅子でございます。よろしくおねがいします」

緊張気味の雅子さまは深々と一礼し、豊富な話題でやりとりされた。上品で控え目な物腰は、天皇家の方々から好感を持って受け入れられた。

親族への紹介がすんだところで、東山魁夷の「日月四季図」の壁画が飾られた「日月(じつげつ)の間」に移動。午後7時より夕食会が始まった。

関山(カンザン)

夕食会のメニューは、フランス料理のコースである。

前菜は、スモークサーモンが乗ったホタテ貝のムース。
ポタージュスープとサラダ。
メインディッシュの魚料理は、白身魚とカキのフリッター。
肉料理は、チキンソテー。
デザートとして、メロンとイチゴババロアにコーヒー。

最初の料理は、ハート型にカットされたピンク色のスモークサーモンがホタテ貝のムースの上に愛らしく乗っていた。天皇陛下と美智子さまが、雅子さまをあたたかく迎え入れようとされるお心が感じられる一皿。初々しい婚約者たちをお祝いする、粋な演出であった。

「日月の間」には丸テーブルが6卓置かれ、出席者は5〜6人ずつに分かれて着席した。上下の隔たりをつくらない配慮だったのだろう。主催者からの挨拶も乾杯もなく、会はごく自然に始まった。動物好きの雅子さまは、池田夫妻が経営する牧場に興味津々で、会話が弾んでいた。天皇陛下と美智子さまのテーブルで会話を楽しんでいたのは、雅子さまのご家族だった。

部屋を移してのコーヒータイムは予定を大幅に過ぎ、別れを惜しむように続いた。夜も更けた10時過ぎにすべての親族を見送ってから、雅子さまは帰宅された。

美智子さまは、長年の間、陛下とともに「あたたかいホーム」をつくろうと努めてこられた。家族親族が集まって、息子の嫁となる人を囲んでの食事会は「あたたかいホーム」の実現であった。大切に育てた娘を嫁に出すお相手の両親の気持ちを慮った、まさに心和む食事会であったことだろう。このときから30余年がたち、今、天皇陛下と雅子さまはご自分たちの「あたたかいホーム」を築いておられる。(連載「天皇家の食卓」第18回)

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文・写真/高木香織

参考文献/『美智子皇后と雅子妃 新たなる旅立ち』(講談社)、『美智子皇后 みのりの秋(とき)』(文春文庫)、『天皇家の姫君たち 明治から平成・女性皇族の素顔』(文春文庫)以上、渡辺みどり著、『新しい時代とともに――天皇皇后両陛下の歩み』(宮内庁侍従職特別協力、毎日新聞社)

高木香織
たかぎ・かおり。出版社勤務を経て編集・文筆業。皇室や王室の本を多く手掛ける。書籍の編集・編集協力に『美智子さま マナーとお言葉の流儀』『美智子さまから眞子さま佳子さまへ プリンセスの育て方』(ともにこう書房)、『美智子さまに学ぶエレガンス』(学研プラス)、『美智子さま あの日あのとき』、『日めくり31日カレンダー 永遠に伝えたい美智子さまのお心』『ローマ法王の言葉』(すべて講談社)、『美智子さま いのちの旅―未来へー』(講談社ビーシー/講談社)など。著書に『後期高齢者医療がよくわかる』(共著/リヨン社)、『ママが守る! 家庭の新型インフルエンザ対策』(講談社)。