日本人はどこから来たのか…カオスな世界を理解するために生まれた「人類学の本質」

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「人類学」という言葉を聞いて、どんなイメージを思い浮かべるだろう。聞いたことはあるけれど何をやっているのかわからない、という人も多いのではないだろうか。『はじめての人類学』では、この学問が生まれて100年の歴史を一掴みにできる「人類学のツボ」を紹介している。

※本記事は奥野克巳『はじめての人類学』から抜粋・編集したものです。

イギリス、アメリカ、フランスの違い

いわゆる「人類学」と呼ばれるこの学問分野は、成立の背景の違いから、国や地域によって名称が少しずつ違っています。あるいは同じ名称が国によって別の意味で使われたりしているので、紛らわしいのです。

人類学(Anthropology)は、ギリシア語の「人間anthropos(アントロポス)」と「学logy」からなり、「人間についての研究」を意味します。イギリスでは、人類学は「自然人類学」、「先史考古学」、「社会人類学」の3つによって構成されます。

まず「自然人類学」は、皮膚や眼の色、身体各部のサイズや骨格、指紋や血液型などの身体的特徴を比較分類しながら、系統関係や変化を考える分野です。理系的な分野だと言えるでしょう。「先史考古学」は、遺跡から出た土器やそれと一緒に発見された動物の骨や植物の種子などを調べて、先史時代の人間を再構成するものです。そして「社会人類学」は、文字通り地球上に存在する諸民族の社会や文化の研究を行う分野です。イギリスの社会人類学では、伝統的に家族、親族、婚姻や集団の問題に重点が置かれてきました。

これがアメリカに渡ると、これらの3つの領域の他に言語学(言語人類学)が加わります。言語学は、人間の持つ言語の能力やそれぞれの言語の特徴に関する研究です。アメリカでは、イギリスで社会人類学と呼ばれている分野を「文化人類学」と呼びます。私たち日本人にとっては、この文化人類学という言い方のほうが、なじみがあるかもしれませんね。

これに対しフランスでは、社会人類学や文化人類学は一般に「民族学」と呼ばれてきました。日本語だとミンゾクガクという同じ音で「民俗学」という学問もあって紛らわしいのですが、フランス語では民族学をEthnologie、民俗学をFolkloreと呼ぶので間違いようがありません。

人類学の起源

民族学とは自民族以外の民族(ethnos)を研究する学問で、民俗学は自民族の言語や社会生活を調査・研究する学問です。民俗学は、日本においては河童の伝説を取り上げたことで有名な『遠野物語』の著者・柳田國男によって始められた学問として知られています。

このように、イギリスやアメリカでは諸民族の文化だけではなく、生物学的なヒトの形質も含めて探究する学問が人類学と呼ばれてきました。隣接し合った学問どうしの総合化という意識を持っている研究者は、いわゆる文化人類学を中心にやっていても、自らを「人類学者」と名乗ることもあります。私自身も、そっちの範疇に入ると思っています。

人類そのものや人間の文化を扱う研究領域がどの時期に、どのようにして現れたのかに関しては諸説あります。ですが15世紀以降、ヨーロッパがそれまで経験したことがなかった規模で「外の世界」と出合ったことが契機になったのは間違いありません。

ヨーロッパで絶対主義国家が興隆し、重商主義が発展したことで、15世紀末に大航海時代が始まりました。ヨーロッパは、海の向こうの未知なる「他者」たちに出合ったのです。その意味で人類学は、その歴史の始まりからして「他者」についての学問という性格を持っていました。

人類学の起源に関して、もうひとつ重要なこととして、ヨーロッパにおける人間の本質や人間社会の成立への関心の高まりが挙げられます。

ルネサンス期後半(16世紀)から啓蒙主義時代(18世紀)にかけて、国家というものが存在しない自然の中に置かれたら、人間はどのように暮らしていくのかという、「自然状態」に対する関心が高まったのです。

17世紀を生きた哲学者トマス・ホッブズは、自然状態に近い社会では、人間の本性がむき出しになり「万人の万人に対する闘争」が起きると唱えました。そして、その状態を治めるために社会契約を結んで、国家がつくられたのだと説きます。これを「社会契約説」と呼びます。この言葉を聞いたことがある読者もいるでしょう。

一方、18世紀の政治哲学者ジャン=ジャック・ルソーは、自然状態の人間とは、自己愛と同情心以外の感情は持たない無垢な精神を持つ存在だと捉えました。

ルソーよりも20年あまり早く生まれたのが、啓蒙思想家のシャルル・ド・モンテスキューです。1721年の『ペルシャ人の手紙』は、架空の2人のペルシャ人の旅を描いている点で、後の「民族誌」の先駆けであったとも評されることがあります。1748年の『法の精神』は、政府の形態や諸国民の気質に気候が与える影響に関して、世界中の事例を用いて考察しています。

さらに連載記事〈日本中の職場に溢れる「クソどうでもいい仕事」はこうして生まれた…人類学者だけが知っている「経済の本質」〉では、人類学の超重要ポイントを紹介しています。

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