競泳ニッポンのニューヒロインとして、ひときわ輝きを放つ選手がいる。女子200メートルバタフライ日本代表の19歳・三井愛梨だ。彼女は法政大学に通いながら、将来を見据えた国際分野の勉強と競技生活の両立を貫く"文武両道"。3月に行なわれたパリ五輪代表選考会では、派遣標準記録(2分7秒95)を上回る自己ベスト(2分6秒54)で1着となり、自身初となる本戦への切符を獲得した。

 そんな三井だが、普段は穏やかでおっとりとした雰囲気で、普通の女子大生。年々、着実に力をつけ、一気に五輪の舞台へと駆け上がった原動力はなんなのか。これまでの競技経歴を振り返りながら、意外な一面も探りつつ、パリ五輪に対する彼女の気持ちを聞いた。


トレーニングをしている横浜サクラスイミングスクールでインタビューに答える三井愛梨 Photo by Takahiro Idenoshita

【文武両道の道を選んだ理由】

――水泳を始めたきっかけを教えてください。
 
 水泳は5歳の時に始めたんですけど、それより先に新体操を習っていたので、その体力づくりのためにプールへ通わせていたと親からは聞きました。そこから小学5年生の時に、競泳の全国大会の決勝まで残ったので、そのタイミングで新体操は辞めて競泳一本に絞ることにしたんです。
 
――小学・中学ではすでにバタフライで全国優勝を重ねていますが、なぜこの種目を本格的に練習するようになったのでしょう。
 
 私、じつはこれまで1度もスタイルワン(自分の専門種目)が変わったことがないんです。どうしてかと聞かれたら、気づいたらバタフライをやっていたとしか......(笑)。でも楽しくやれていたんだと思います。
 
――三井選手といえば、高校から英語の勉強に力を入れはじめ、文武両道というイメージがあります。その頃から将来の自分を見据えていたのですか?

 そこまで考えていたわけではないんですけど、ずっと海外への憧れがあったので、そのためには英語のスキルは必要かなと思って勉強に取り組むようになりました。競技者としてはもちろん、プライベートでも行けたら楽しそうだなと。

――留学を必修としている法政大学の国際文化学部へ進学されたのも、海外への憧れが理由のひとつとしてあるわけですね。

 はい。進学する前から、留学期間がパリ五輪の直後だということがわかっていたので、タイミング的にもちょうどいいかなと思ってこの学部を選びました。留学先はオーストラリアに決めたんですけど、これまでの海外遠征で5回ほど行ったことがあるので、親しみもありますし、とても過ごしやすいところなので、また行こうかなという感じです。

――留学先での練習環境についてはいかがですか?
 
競泳の練習ができる環境が整った場所に行く予定なので、それについては問題ないです。

【緊張をほぐすための2つのルーティン】

――競技と勉強を両立する原動力はどこにあるのでしょうか。

 両立できているかはわからないですけど、練習にしても課題にしても、とにかく「やらなきゃ、やらなきゃ」という思考でいつも向き合っています。でも全然、メンタルも強い方ではないと思うので、妥協しちゃうこともよくあります(笑)。

――インタビュー直前に約7,000メートルもハードなトレーニングをされていたので意外です......。ご自身の性格はどう分析されていますか?

 他人からどう見えているかはわかりませんが、意外と真面目だと思います。けっこうサボるし、適当な性格をしていると思っているんですけど、そのわりには真面目に頑張っているところもあるかな、みたいな。そういう感じです。

――メンタルは強くないと仰っていましたけど、レース本番までの気持ちの持っていき方が気になります。何かルーティンはありますか?
 
 これは昨年の世界選手権の選考会からなんですけど、レース前にタオルで顔を覆って変顔をするようにしました。というのも、その大会直前にけっこう緊張していて、自信がなかったわけではないですけど、不安を感じていたんです。

 その時に帯同してくれていたトレーナーさんから「ちゃんと口角をあげるんだよ」と言われて、私が「やるなら変顔とかがいいですかね」って返したら、「お、変顔いいじゃん!」みたいな話の流れになって(笑)。それで実際にやってみたら、多少落ち着いたというか、ちょっといいかなと思って続けています。

 それに加えて、3月のパリ五輪代表選考会の女子200メートルバタフライ決勝の時、スタート台に前に来て、笛が鳴る前に「大丈夫、大丈夫」と小声でつぶやいたりもしていました。
 
 これに関しては昔からやっていて、高校生ぐらいまでは心の中で喋っていたんですけど、最近は隣のレーンの選手に聞こえない程度の声量で声を出すようになってきました。心を整えるじゃないですけど、自信を取り戻すために自分に言い聞かせてからレースに臨むようにしています。

【「五輪に出たい」という憧れを現実に】

――そのパリ五輪代表選考会では実際に1着となって出場権を獲得し、自己ベストも更新されました。あらためてその時のお気持ちをお聞かせください。

 まず、レースを終えて電光掲示板に表示されたタイムを見た瞬間、「あぁ......」という感じで、喜びより悔しさの方が先に出てしまいました。タイム的には2分05秒台を目指していましたし、泳いだ感覚からしてももっといいタイムが出ると思っていたので。

――「2分05秒台」はどんな世界なのでしょう?

 2分05秒台を出せば、ラップタイムの世界ランキングでひとつかふたつぐらいは順位が上がりますし、競泳にとっての「1秒」ってすごく大きいので、きっと、泳ぎ切った時の景色は変わってくるんじゃないかと思っています。目標は達成できませんでしたが、代表選考会の時の感じでいけば、次は上回れる自信はあります。

――その瞬間を楽しみにしております! パリ五輪出場が決まったことについてのお気持ちはどうですか?

 五輪は小さい頃からずっと夢見てきたので、素直に嬉しいです。けど、思い描いていたほどの実感がないというか、喜びの感情がそこまで湧き出ていないのが本音です。あまり五輪の舞台をイメージしきれていないからだと思うんですけど。

 ただ、すごい憧れはあります。2016年リオデジャネイロ五輪の時、小学6年生だったんですけど、ちょうど全国大会の決勝に残って結果が出始めていた頃だったので、それも相まって五輪に対する憧れの気持ちが強くなりましたから。

――その憧れを現実にされたわけですね。ちなみに、パリに行ってレースを終えた後に行ってみたいところはありますか?

 エッフェル塔や凱旋門、ルーブル美術館といった観光スポットを回りたいです。一眼レフカメラを持参しようと思っているので、たくさん綺麗な写真を撮りたいなと思っています。

――それをご自身のインスタグラムに投稿したり?

 いえ、ただの自己満です(笑)。

【もっと鍛え、自信をつけてパリ五輪へ】

――オフの時にしていることはありますか?

 とくに趣味といえるものはないのですが、オフの時は友達と遊びに出かけたり、おうちでゴロゴロしながらYouTubeを見たりしています。なかでも食べ物を作るショート動画にハマっていて。それこそ2月から約4週間行っていたメキシコ合宿の時とか、その後の代表選考会までの間にも時間があればずっと見ていましたね。

 そうしたら、なんだか自分でも作りたくなっちゃって。普段は料理しないんですけど、代表選考会を終えたあと、ベーグルとクッキー、レアチーズケーキを作ってみたんです。慣れないので朝から1日中立ちっぱなしの作業になっちゃいましたけど(笑)。ベーグルはあまりうまく作れませんでしたが、ほかのお菓子は上手にできました。

――お菓子やスイーツ系が好きなのですか?

 そうですね。1番好きなのは抹茶です。スターバックスでいうと、抹茶フラペチーノも好きですが、私は抹茶ティーラテ派です。抹茶パウダーはカスタマイズで必ず増量します。オフの時にしか飲みませんが、楽しみのひとつになっています。

――ぜひ、パリ五輪後にも美味しい抹茶ティーラテを飲んでいただきたいです。最後に、本戦に向けて意気込みをお願いします。

 パリ五輪ではメダル獲得と、日本新記録更新を目指して頑張りたいです。今シーズンのラップタイムの世界ランキングでは5位ぐらいに位置しているんですけど、本戦が始まる頃には決勝ラインぎりぎりの順位になっている可能性があります。海外の選手もコンディションを上げてくると思うので。でも私も、それまでにもっと鍛えて「自分もやってきたんだ」という自信をつけて、パリ五輪を迎えたいなと思っています。

【Profile】
三井愛梨(みついあいり)
2004年6月12日生まれ。新体操のための体力作りではじめた競泳で頭角を現し、中学時代には全国中学校水泳競技大会に3年連続で出場し、中学2年で100mバタフライ優勝、中学3年で200mバタフライ優勝。桐蔭学園高等学校に進学後も、2022年ジュニアパンパシフィック水泳選手権の100mバタフライで2位、200mバタフライでは優勝と輝かしい成績を残し続けてきた。法政大学進学後の2023年日本選手権の200mバタフライでは派遣標準記録を上回り初優勝。自身初となる世界選手権代表へと内定。そして、今年3月に行われたパリ・オリンピック代表選考会で派遣標準記録を上回り優勝。晴れて日本代表入りを決めた。