「速さは予想より差はない」F1ウィリアムズ育成の松井沙麗(13歳)が踏み出した世界への挑戦「ヨーロッパのレースのほうが楽しい」
今年からイギリスのF1チーム・ウィリアムズの育成ドライバーとしてヨーロッパで本格的なレース活動を開始している松井沙麗(さら)選手。
現在、中学2年生の13歳は「ヨーロッパでのレースも生活も本当に楽しい。このままヨーロッパで戦い続けたいです」と語っている。
インタビュー後編では、今シーズンの目標や将来の夢について、松井選手と彼女の活動を支えてきた父の広史さんに聞いた。
ウィリアムズの育成ドライバーに選出された13歳の松井沙麗
ーー今年1〜3月、ウィリアムズの育成ドライバーとして初めて海外のレースを経験して、どのように感じましたか?
松井沙麗(以下、沙麗) 北イタリアに住んで、イタリアを中心に開催されたカートシリーズ「WSKスーパーマスターシリーズ」に出場していました。デビュー戦で2位に入って表彰台に上がりましたが、そのあとはトラブルや自分のミスがあって、あまりいい成績は残せませんでした。でも、たくさんの経験を積むことができました。
ヨーロッパのレースは環境や進め方が違いますが、ドライバーも日本と異なり、接触するのが当たり前という世界でした。最初はビックリしましたが、みんながぶつけるのであれば、私もぶつけて大丈夫だな、と(笑)。意外と楽しく適応できました。
速さは予想していたほど差はなかったです。決勝に残れるか不安だったんですが、案外、行けました。海外が合っているのかなあと思いました。
父・広史(以下、広史) 昨年のイタリアとアビダビのレース後、「ウィリアムズ・レーシング・ドライバー・アカデミー」への加入が12月下旬に正式に決まりましたが、年が明けてすぐに1年間の活動日程が送られてきて、いきなり1月の頭にイタリアに来てくれ、と。しかも3カ月間(笑)。そういう流れでした。
ーー今年はメルセデスのトト・ウルフ代表の妻で元ドライバーのスージーさんがマネージングディレクターを務めるF1アカデミーがサポートするカートシリーズ「チャンピオンズ・オブ・ザ・フューチャー・アカデミー」とFIAカート世界選手権がメインになるのですか?
広史 そうですね。今年はウィリアムズがプログラムを組んで、活動スケジュールや参戦するクラスを決めています。「チャンピオンズ・オブ・ザ・フューチャー・アカデミー」はフル参戦して、空いている週にFIAカートのヨーロッパ選手権や世界選手権に出場するという形です。もうレース三昧です。ヨーロッパの子どもたちはどうやって学校に行っているのかなあと思います。
幼少期から父・広史さんとともにレースを続けてきた
ーー沙麗さんは中学2年ですが、学校はどうするのですか?
広史 今、沙麗が通っている学校は課外スポーツ活動に理解があって、イタリアに住んでレースに出ていた3カ月間(1年3学期)を丸々公欠にしてくれました。
ですがウィリアムズの方と話して、ヨーロッパの学校に入らないとビザが取れないので、1年間ずっとヨーロッパに住んでほしいと言われています。現地での学校選びをしていかなければなりません。
ーー日本の学校の友だちは、沙麗さんがF1チームの育成ドライバーになったということで話題になっていますか?
沙麗 全然です(笑)。日本ではモータースポーツはあまり知られていないなと感じます。学校でもカートをやっていると言っても、「何それ?」と言われます。F1も知らない人ばかりなので、そこから説明しないといけません。
練習の合間、笑顔でインタビューに応じる松井
広史 これが今の日本における現実なのかなあと思います。モータースポーツをわかってくれる人は、すごいと言ってくれるのですが......。
私たちもあまり実感がなかったのですが、今年のF1の日本GPでパドックに入って、育成プログラムの担当ディレクターと話をする機会がありました。鈴鹿のパドックに入った瞬間、ああ、これはすごい世界に来たんだなあとようやく実感しました。
沙麗 私も同じです。日本GPでF1のパドックに入って、マシン、ドライバー、設備など、見るものすべてがすごかった。いつかここで走りたいと思いましたし、ちゃんと結果を出さなくちゃとプレッシャーも少し感じています。
4月、富士山麓のサーキットで練習に励んでいた
ーーところで沙麗さんは昨年、ホンダのドライバー育成プログラム「ホンダ・レーシング・スクール鈴鹿(HRS)」のカートクラスに参加していました。ホンダのドライバーとしてステップアップしていこうという考えはなかったのですか?
広史 私の気持ちとしてはこのままHRSでやりたかったので、HRSのプリンシパルを務める(佐藤)琢磨さんに相談しました。HRS終了式の時に「ウイリアムズから育成プログラムに参加しないかという話が来ており、どうしようかと迷っています」と伝えると、「沙麗の気持ちはどうなの?」と本人に聞いてくれました。
すると沙麗は「ヨーロッパでやりたい」と答えていました。本人がそういう気持ちであって、ウイリアムズから話があるのであれば、ヨーロッパに行くべきだと話してくれました。
沙麗 単純にヨーロッパのレースのほうが楽しかった。それが一番の理由です。ヨーロッパでは参戦ドライバーが多いので競争が激しいですし、バトルも接近戦です。前を走る選手に追いついたら、何も考えずに抜くというスタイルです。
逆に日本は頭を使った戦いです。1位や2位を走っていたら、バトルをせずに後続グループを引き離そうとすることが多々あります。
5歳からレースを始め、6歳の頃にはプロになりたいと思っていたという
広史 日本は、お父さんがレースをしてしまうんです。私も沙麗に「勝ちたかったら余計なバトルするな。レースの展開を考えて、ポジションを守って逃げきれ」とアドバイスをしたことがありますが、最後のチェッカーの時に前にいればいいんだと日本では考えます。
でもヨーロッパでは、ポジションがどこだろうととにかく前の選手を抜け、というスタイルなんです。
ーー日本とヨーロッパのスタイルの違いはどこから来ているのですか?
広史 向こうではカートはフォーミュラカーに乗るための勉強の場だと徹底されています。日本のように結果を出してチャンピオンになるのも大事ですが、戦い方やドライビングを覚える場として位置づけられていると感じます。
だからカートでもドライバーの動き方はF1と一緒です。ドライバーはヘルメットを持ってサーキットに来て、レース直前にレーシングスーツに着替えて走って、終わったらもう帰ってもいい、という世界です。マシンの整備や後片付けはしません。あと、ヨーロッパは世界中からお金持ちが集まるので、とにかく設備がすごい。カートでもF1のような大きなモーターホームがあります。
沙麗 日本のトップドライバーでもヨーロッパのレースではなかなか決勝に残れません。やっぱりレベルはヨーロッパのほうが高いと思いますので、そこで挑戦してみたいです。あと、ヨーロッパの生活が合っていると感じます。私は日本では人見知りなのですが、ヨーロッパでは向こうから積極的に話しかけてくれますので、友だちができやすいんです。
日本のレースでは同じクラスに女性ドライバーはほとんどいませんでしたが、「チャンピオンズ・オブ・ザ・フューチャー・アカデミー」では4分の1は女性。最近はお父さんがミカ・ハッキネンさん(※1998、1999年のF1世界王者)のエラ(12歳)ともあいさつする仲になれました。できることならずっとヨーロッパでレースをしたいと思っています。
ヨーロッパ生活のため英語を勉強中。「最近は英語のドラマを常に流して耳に慣らさせるようにしています」
ーー今シーズン、ウィリアムズからどんな結果を求められているのですか?
沙麗 ウィリアムズからはとくに何も言われていませんが、まずは「チャンピオンズ・オブ・ザ・フューチャー・アカデミー」でシリーズチャンピオンを獲りたいです。それが一番の目標ですが、カートの世界選手権でも決勝に残りたいと思っています。
広史 ウィリアムズには、ある程度の伸びしろは見ていただけているのかなと思っています。育成プログラムはきめ細かく、フィジカルトレーニングはもちろん、栄養士から食事に関してもアドバイスを受けています。今後はメディア対応のトレーニングやメンタルトレーニングも入ってくると思います。
ーー最後に将来のドライバーとしての夢を教えてください?
沙麗 これから最低3年くらいはカートをやることになるので、そのあとに四輪を目指していきます。できるだけ速いマシンに乗りたいので、F1やインディカーに乗れたら最高ですね。ルマン24時間レースがあるWEC(世界耐久選手権)でもいいですし、速いマシンには全部乗ってみたいです。
そのためにも、まずはF1アカデミーでチャンピオンを獲りたい。それが当面の目標であり、夢ですね。F1アカデミーで頂点に立てば、F2やF1の道も開いていくと思います。
あと日本のモータースポーツをもっともっと盛り上げたいです。サッカーや野球並みにメジャーにするのは難しいかもしれないですが、友だちにカートやF1と言っても通じるぐらいになってほしい。もっと頑張らなければならないと思っています。
「マシンが速ければ速いほど楽しい」と松井。今後の活躍が楽しみだ
終わり
前編<F1ウィリアムズ育成に13歳・松井沙麗が大抜擢 「ノリと勢いで何とか残れて」幼少期から厳しい父と二人三脚>を読む
撮影協力/オートパラダイス御殿場
【プロフィール】
松井 沙麗 まつい・さら
2010年、東京都生まれ。父親の影響で5歳からカートを始め、6歳でレースデビュー。2024年1月にウィリアムズのドライバー育成プログラム「ウイリアムズ・ドライバー・アカデミー」の一員に抜てきされた。2024年は、ウィリアムズから委託を受けるイタリアのカートリパブリック(KR)のワークスチームからFIAカート世界選手権や「チャンピオンズ・オブ・ザ・フューチャー・アカデミー」などに参戦する。